第3話 陰謀と日課


「お兄様! それは、どういうことですの!?」

 焦ったように真っ先に声を上げたのは茶色い髪を揺らす少女。ヤスミンの髪を無残なスタイリングをした彼女は、第二王妃の娘である第八王女のリリーだった。


「今説明した通りだ。この中にいる誰かが輿入れする」

「それじゃ、分かりませんわ!」


 怒りに任せてなのか、パチパチッと彼女の周りを電気が走る。どうやら、彼女の能力・・が迸ったようだ。


「リリー。聞き分けが悪いのは、淑女としてよくないよ。目に余るようなら、母上に言いつけるからね」


 にっこりと嗜めるエンディミオンに、顔を青くしたリリーはすぐに口を閉じる。第二王妃の実兄妹の二人ですらこれなのだから、ヤスミンを含む他の王女たちはただ静かに口を噤むしかない。


 ようは、遠回しに「これ以上深入りするな」という牽制か。

 私たちの知らないところで、第一王子が無闇に口に出せない事態が起きている。

 しかも、隣国関係なのだろう。

 そこまで、分かればほとんど答えは出ている。


 そうか、遂に祖父こくおうを殺すのか。

 不思議そうに首を傾げるリリーを除く、他の姉たちの顔は真っ青に染まっていた。


 我が国はようやく、敗戦するのだ。

 そして、隣国とのなんらかの和平条約の生贄あかしとして、王女を嫁がせる。


 選ばれた者にとっては、敵国行き——針の筵に投げ込まれるような、酷く険しい茨の道だ。


「まあ、私も鬼ではない。先方からは、『何もなければ、こちらの意向に沿う』と言われている。こんな可愛い妹達を手放すのは悲しいので、しばしの猶予もある」

 第一王子は優しい笑顔からわざと悲しげに眉を八の字に下げ、白々しい言葉を並べる。


「だから、君達と存分に語らい、その中で答えは見つけようと思うのだ」


 要は、売られたくなければ、必死に賄賂やら後ろ盾やら、第一王子に対して有利な条件を持ってこいということか。

 静かに他の姉たちの視線が、ヤスミンへと突き刺さるのを感じる。それはもう、お前に決まったと言わんばかりのものだった。



 城の建物から出ると、いつの間にか外は暗くなってきていた。外に鳴り響いていた爆発音も止まり、戦争も世界条約のため夜の一時休戦しているのがわかる。夜の冷たい風を受けながら、メイド長と共にヤスミンは馬小屋に帰ってきた。


「ありがとうございます」

「いえ、第一王子からの命でございますから。あと、出来れば、城の自室へとお戻りいただきたいのですが……」

 メイド長の含みある言い方に、ヤスミンは静かに頭を横に振るう。

 城の中は、他の兄姉達がのさばっている。逆に彼らは城の庭を含む建物の外に出たことはないはずだ。


 なにせ、今は戦争中。酷い時は、城下町まで爆弾や砲弾、矢の被害が広がっているのだ。危ない場所に、わざわざ子供を出す馬鹿はいない。

 母親に疎まれている私以外は。


「ここのが遙かに安全なので」

「左様ですか」

 

 メイド長は静々と頭を下げて、静かに消えた。思えば、メイド長の能力の一つは、『忍び足』だったとふと思い出す。


 能力か。

 この世界の人達は、生まれつき二つの能力を持つ。基本的に種族や血縁関係による能力と、神から与えられた無作為な能力。それは、王族達も民達も皆同じである。

 そして、保持する能力を確実に調べるためには、教会にいる特別な神官たちに診断してもらうしかない。

 勿論中には生まれてすぐから、火を噴いたり言葉を話したりなど、能力が顕著に発現する場合も多い。

 けれど、中には『牢獄』や『飴細工』など、一見分かりづらい能力も存在する。


 だから、大体の子供は五歳から十歳ほどで神殿にて連れてこられ、将来的に価値があるかどうかを勝手に見極められてしまう。

 なんとも残酷なやり方ではあるが、それだけ国には子供を守るほどの余裕を失っていた。


 しかし、ヤスミンだけは他の人たちと違う。

 自分の能力が、診断されておらず、未だに判明していないのだ。


 本来なら王族というものは、特権として優先的に能力の確認ができる。でも、何故かヤスミンは人生で神官に会ったことがなかった。しかも、気づけば何故か勝手に「能力なし」として、全員から烙印を押されていた。

 そして、何度周囲に抗議しても、立場もあって覆すことはできなかった。


 状況的には神殿に行けたらいいのだが、仮にもヤスミンは王族の子供である。下手に外へと出て誘拐された挙げ句、いらぬ火種になる可能性だってある。厳しく監視されている城壁の警備をかいくぐり、神殿にいくのは現状では不可能。

 どうにか神殿にいけたら。もどかしい気持ちがぐっと喉奥を焼きつつも、今は出来ることをやり続けるしかないのだ。


 そう。今は、落ち込むよりも……。


 今朝もぬけの殻だったねずみ取りを、もう一度確認する。

 なんと一匹のトカゲが、ねずみ取りに引っかかっていた。今もうごうごと、罠から逃げようとするトカゲを、ヤスミンは罠ごと持ち上げる。


「あら、いらっしゃい、トカゲさん。丁度いいわね」


 彼女の顔は、満面の笑みを浮かべていた。



 馬小屋の地面に敷き詰められた藁を、ヤスミンは手でどかす。藁の下からは赤黒いインク・・・・・・で描かれた、複雑な紋様の魔方陣が姿を現した。紋様はそれなりの大きさであるが、決して綺麗に整ってはおらず、上から何度も書きなぞったかのように汚く滲んでいた。

 罠に掛かったままのトカゲと小指の先程まで短くなったロウソクを、汚い陣の中心に置く。


 そして、藁の中に手を突っ込み、隠していた一冊の黒くて厚い本を取り出した。

 表紙も紙も異様にボロボロで、本のページには何かが挟まっており、山なりに不自然に膨らんでいる。

 ヤスミンは、浮いたページの間に指を入れ、手慣れたように本を開いた。

 一本の銀色のナイフが、馬小屋の床にある魔方陣と同じものが描かれたページと共に姿を現す。


「本、よし」

「魔方陣、よし」

「肉ある生贄、よし」

「あとは……」


 ページに書かれた準備するリストを読みながら、用意したものを一つ一つ確認しつつ、ヤスミンはナイフを手に取った。本を床に置くと、自分の服の袖を捲る。


 美しかっただろう白い肌には、おびただしい数の切り傷が刻まれている。肉が盛り上がり、なんとも醜い痕で埋め尽くされていた。

 しかし、彼女は手に持ったナイフで、容赦なく腕の皮膚を切った。


「我、これより、悪魔召喚を行う」

 赤い血が、たらりと、トカゲの頭を染め、陣の中心から外へと広がっていく。今度はその血だまりに手をつけ、魔方陣をなぞり直しはじめた。

 もう何度も書いたのだろう、一切迷いのない動き。

 黒かった魔方陣が、見る見るうちにおどろおどろしい赤さを取り戻していく。


「我が願いは、この世界で最初かつ最強のアイドルプロデューサーになること」


 そして、最後の一筆を終えた時、彼女は陣の前に跪き、血の染まった両手を合わせ祈った。


「さあ、悪魔よ、私の魂と契約をしよう」


 陣を彩るどろりとした血がぶくぶくと沸騰し、次の瞬間大きな赤黒い炎が噴き上がる。


 現れたのは、恐ろしいほど醜い怪物。黒い角に赤い艶やかな肌が特徴的な、まさに悪魔と呼ばれる存在だった。

 悪魔は呼び出したヤスミンを一瞥すると、ぐっと顔をしかめた。


「また、貴様か! 諦めの悪い女だ!」

 悪魔の表情は、怒りと呆れに満ちていた。


「ええ、言ったじゃない。魂の契約をしてくれる悪魔を見つけるまで、何度だってやってやるって」

 ヤスミンが淡々と言葉を返すと、悪魔は頭が痛いのか額に手を当てる。

 そう、ヤスミンによる悪魔召喚は、これが初めてではない。


「コレで何度目だと思っている」

「数えてないから知らないわよ」

「二日前に教えただろう! 前回で百九十九回目、今日で二百回目だ!」

「あら、キリがいいわね」


 ちりも積もれば山となる。

 悪魔召喚の本を城の中で見つけてから、生贄を捕まえる度に悪魔召喚を実施していたせいか、いつの間にか三桁は余裕で超えていた。


 では、何故ヤスミンは三桁も繰り返しているのだろうか。



「お前とは、どんな悪魔も契約しない! 何度だって話しているのだが、天使のように優しい憤怒の悪魔である我が輩が、もう一度説明してやろう!」


 そして、これまた二百回目の悪魔による説明が始まった。


 

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