第4話 お誘い
「ごめん、待った?」
「うちも今さっき来たばかりで待ってないよ」
「そこに路上駐車してるから」
と道路を挟んだ少し離れた正面にハザードランプを点けている車を指差して健が言った。
栞は目の前に止まったのにも、まだ明るい空を見上げていて気付かなかった。
二人で横断歩道を渡って、車に乗り込んだ。
「この車はどうしたの?」
「親父に借りた」
わざわざ、出かけるために司も健も父親から車を借りてくれたことをありがたいと思った。
車で何処かに出かけるのは、家族以外では滅多に無いことだった。
女友達も車は持っていないし、毎日ではないにしろバイトであまり出かける時間もなく、サークルにも入っていないので車に乗って友達と出かけること自体が栞は稀であった。
「お父さん帰り早いの?」
「このコロナのご時世だから、寄り道がなくなって帰宅するから18:00過ぎには家にいることが多いんだ」
「なるほどね」
栞は、単なるお月見もバイトや車の調達などあれこれ偶然が重なってできるんだと改めて思った。
「普段もよく車を借りるの?」
「サークルで車が足りない時に都合がつけば、親父に借りることがあるよ」
「じゃあ、運転は大丈夫ね」
「毎日じゃなく、週に1回あるかな。家族の買い物の荷物持ちに駆り出された時にもたまに運転まですることがあるよ」
栞は、自分は買い物に付いて行っても同様に荷持ち運びだが運転することはほとんどなく、友達とは買い物などに連れ立って出かけるが車は使わないので、自分が運転するすることはほとんどなかった。
「運転ってほとんどペーパーだから、いざ運転することになると怖いかも」
「慣れた道を混んでない時に運転してみると、次第に自信がつくんじゃないかな」
健は的確なアドバイスをくれるなと、栞は思った。
「今度、チャレンジしてみる」
「目的なく走るとぼんやりして危ないから、買い物に行くとか学校まで来たら帰るとかした方がいいよ」
普段の街中は多くの車が往来しているが、みんな何かしらの目的があって走ってるんだなと、当たり前のようなことを栞は改めて思った。
「今日は遠出はしないで、近場でいい?」
「もちろん、どこでもありがたいわ」
栞にとって、夜に健と出かけることと大好きな夜に、この前見た少し欠けた月を観られることは想定外でやはり現実になったデートでも幸運を感じた。これって二股かなと自問するが、そこまではっきりした気持ちは司にも健にもなかった。
「この先に駐車場があって、腰かけられる場所があるんだ」
「へぇー、学校の近くにそんな場所があるんだ、知らなかった」
栞が出かけるのは、学校周辺は食事やお茶くらいだったので、案外学校周辺のことを知らなかった。
「そろそろ着くよ」
「ほんとに近いね、ちょっと意外だった」
「お月見って言われたから、空が見えるとこを考えてみたらここら辺りが良さそうかなって」
そこは、住宅街の空き家や空き地がぽつぽつあって少し先に公園が見える高台だった。
「ここなら駐車代もかからないしね」
同じ学生で、駐車代もバカにならないと栞も思った。
知らざる人の家の前だが、車が離合できる幅を確保して公園に横付けした。
「そこらのベンチでいい?」
「もちろん、どこでもいいわ。ブランコならなんかドラマ見たいね」
健は、車が正面に見えるベンチを意識して向かっていた。
栞も健の後を追うようにベンチに向かって歩きながら、ブランコの方に目を向けた。
「陽が暮れるのが短くなったけれど、まだちょっと明るいね」
「でも、ほら月はもうしっかり見えてるわ」
栞は、まだ薄明るい夜空を見上げて月を見ながら言った。
「ほんとに。満月じゃないけど十分明るいのはまだ早いからかな」
「それもあるだろうけど、今夜は雲がほとんどないから」
栞が太陽の明るさを気にする様子がなく、月を見上げているのを見て、健も安心した。
二人はベンチに座って、夜空を見上げた。
だんだん暗くなる中で、月は輝きを増し、二人はしばらく黙って月を眺めた。
「お月見がしたいのは何か理由があったの?」
栞は、流石についこの前、司とドライブに出かけて月を眺めたことは言えなかった。
「この時期って、だんだん風流って感じが強くなるでしょ」
「月が好きだったんだって、単純に思ったよ」
健は素直に栞の希望から思ったことを伝えた。
「もちろん、月を見るのは好きだけど、毎日眺めたりするわけじゃないわ」
「ふーん、で今夜の月はどうですか?」
栞は少し考えてから、答えた。
「今夜の月は、少し黄色く見えるかな」
「ふーん、黄色く見えるんだ。僕には満月が少し欠けた明るい月に見えるな」
色について特に聞いてこないのは、黄色は多くの人が感じてるからかもと栞は思った。
「月の色が違って見えることはないの、健君は?」
自分だけ感覚的にそうなのか、確認もしたくて栞は聞いてみた。
「こんな大きかったけとか、なんかちょっと暗いなとかはあるけど、色を特別普段と違うように感じることはないかな」
栞はやっぱり自分が色が違うように見えるだけで、大きさや暗さなど違うことを人それぞれ感じるんだと思った。
「そもそも、大人になってから月を眺めることがなくなったと思う」
健は、自分がそうである一般的な傾向をそのまま言葉にした。
栞もたまたまお月見が続いたが、月を見るだけの時間は珍しいと思った。
「でも、子供の頃って満月とか三日月とか言葉を覚えて、親に自慢げに言ってた気がする」
健は月を見ながら、懐かしそうに言った。
栞も自分が似たようなものだったと思った。
「いつも気に留めてないけど、たまにこうやってゆっくりした時間を過ごすのもいいね」
健は、栞に微笑みながら言った。
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