1章 幼馴染が俺のことを好きすぎる(2)
「だれ?」
ゾクゾクっとするような凄みを感じさせるのは、俺の背後にいるこはるだ。
どんな表情をしているかは知らない。
振り返ってはいけない気がするからだ。
「おーい。黒田せんぱーい」
そんなことはつゆ知らず、ドアをドンドンと叩く後輩。
こいつはこいつで、深夜なのに元気だな。
もう少し遠慮があってもいいのに。
そして、そんな2人に挟まれて焦る俺。
「だれって後輩だよ後輩」
そうこはるに伝え、俺はドアノブに手をかける。
「ふんだ」
こはるはそっぽを向いて、頬を膨らませている。
嫉妬してんのか?本当にただの後輩だぞ。
そう思いながら玄関のドアを開けようとしたその瞬間。
俺の危機管理センサーが反応する。
いや、待てよ。側から見たら、七瀬こはるが俺の家にいるって事になるよな?
俺に取っちゃただの幼馴染だけど。
これって大事になるんじゃ...?
そう思い、俺はドアノブから手を離す。
これはダメだ。後輩を説得しよう。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今日はもう遅いから帰ろう、な?」
慌ててドア越しの後輩に呼びかける。
すると、ドア越しの彼女はムッとした声で言う。
「えー、わざわざ来てあげたのにー。可愛い可愛い後輩が、深夜に来たのに追い返すんですか?」
ああ、こいつもこはると一緒のめんどくさいタイプだった。
お前が勝手に来たんだろうが。
と、言いかけたが流石に言わない。
それに、こんな深夜に追い返すのは確かに忍びない。
忍びないのだが、ドアを開けるわけにはいかない。
そう葛藤していると、背後から殺気が更に近づいてくるのを感じた。
そしてこはるが、俺の耳元でぼそっと言った。
「そんなに私に合わせたくない人なの?彼女?」
ゾクゾクっとする。
なんだこの冷徹で、心臓を後ろから掴むような言い方は。
こはるはこはるで、訳のわからない嫉妬をしている。
「はやくドア開けなよ。彼女さん待ってるよ」
こはるが追い詰めるような言い方でそう言う。
だから彼女じゃないって。
いや、てかお前。自分が今、世間の話題の中心にいる事を忘れてるな!?
開けたらこはるも大変な事になるぞ?
「いや、そうじゃなくて...」
弁明しようとしたその時だった。
ガチャ
こはるが俺の脇の下から手を伸ばし、ドアを開けた。
あ、やべ。
俺は咄嗟にもう一度ドアを閉めようとしたが、もう遅かった。
ドアが開いた先には、小柄で、ツインテールとも言い切れない淡いオレンジ色をした髪を二つに結んだ女の子がいた。
俺のサークルの後輩、早川ゆずだ。
ゆずとは、俺が所属するボランティアサークルの新歓で意気投合し、それ以来の仲だ。
俺が大学2年で、ゆずが1年だからまだ半年ほどの仲だ。
半年にしては確かに仲が良いが、こはるが疑っているような仲ではなく、共通のゲームを趣味に持つ友人だ。
「やっと開けてくれたよせんぱーい。なに?女の子でも隠してるの?」
うん。正解だ。
俺はドアを閉めることができなかった代わりに、必死に背伸びをしてこはるを隠していた。
それを見て、ゆずがイタズラっぽく笑いながら言う。
「背伸びなんかしてー。やっぱり女の子隠してるの?にしし、まぁ、先輩のことだからあり得ないか!」
満面の笑みでゆずがそう言う。
いや、あり得るんだなこれが。
不本意ながら。
そう心の中でツッコミを入れている間に、ゆずが続けて言う。
「今話題の黒田翔也先輩、可哀想なので会いに来ました!七瀬こはるの引退映像見ました?きっと同姓同名の人を羨んで地団駄踏んでるだろうなと思っ...て....」
そう俺を揶揄っている途中だったが、ゆずはまん丸な目を更にまん丸にして、手に持っていたバッグを地面に落とした。
俺は咄嗟に後ろを振り返る。
なるほど。
ゆずの視線の先には、伝説のアイドル七瀬こはるがいる。
俺が必死になって死角を作っている事に気がついたこはるが、無理やり横から顔を覗かせていたからだ。
「え、え、え、ええ!?え、えええ?」
ゆずは声にならない声で叫ぶ。
こはるはそれを見て、勝ち誇ったような顔でゆずを見つめ返す。
今にも、ふふん。と言い出しそうな顔だ。
「ふふん」
ほら言った。
「ちょ、え、ちょ?先輩?」
ゆずは盛大に混乱している。そりゃそうだ。
世間の話題の中心人物が、友人の家に居たら誰でもそうなる。
「え、テレビで名前出てた黒田翔也って人、本当に先輩だったの?この無造作ヘアーとは名ばかりの、ちょっと寝癖のついた、冴えない吊り目男が?」
悪かったな。
何も間違いはないが、だからこそこれは事実陳列罪だろ。
そして、こはるがゆずの発言を聞いて言い返す。
「分かってない!分かってない!この寝癖と吊り目が可愛いんじゃん!」
こはるはやれやれと呆れた顔をする。
いや、状況を分かってないのはお前だ。
有名アイドルのセンターに転生した幼馴染が、俺のことを好きすぎる件 バーゲンナッツ @bargainnuts
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