8.見えない糸



「いやあ、ようこそようこそ。こんなところによく来たよく来た」


 目の前でテンションを挙げているのはオウマで研究を始めて数年というフェロー氏だ。フィールドワークの護衛の依頼を出しっぱなしにしている人の一人で、ジェイがオウマの集会所から持ってきた依頼になる。

 オウマに出張してきているのは教会と伐採者協会、神晶国の担当者数名。パッと見たところでは法務、外務、内務、商業関連から派遣されてきているであろう人員がいた。

 ということは思ったよりも価値のある遺跡なのかもしれない。既に人が入れる状態なのにこんなにいるのかという印象だった。


 そこから依頼書にあった大型テントに出向いてみればこの歓待だ。ちなみにナツはオウマの集落を見て回ると言って離れた。

 確かにここに来てからの情報収集は僕たちの役割だが、依頼人への挨拶は顔合わせを兼ねてついて来るべきだろうに。相変わらず勝手な奴だ。


「依頼を受けてくれる人達なんて何年ぶりだろうか、いや、本当に何年振りか」

「えーと、この辺りは研究者の方々がある程度自由に調査を進めることが出来ているという話でしたが」

「うんうん、そうだねそうだよ。ただし、ただしだよ? それは解放区画があるというだけで、遺跡群全域が安全という訳では無いんです」


 曰く、このオウマで発見された遺跡のうち、中腹にある神殿内部、麓で発見された施設群跡地、その周辺。それ以外は未だに妖鬼が多く、中でも神殿の奥、山の上から時折降りて来る怪鳥型妖鬼に関しては被害が多いらしい。


「研究者たちも命が惜しいからね、研究できなくなるのは耐えがたい苦痛ではあるのだけど、命あっての物種といいますから。大人しく麓で研究を続けているんですよ。時折護衛依頼を受けてくれた伐採者たちが神殿までの護衛を受けてくれたり、神殿周辺からサルベージしてきたものがある場合は、オウマにいる研究者たちが集まって研究対象をくまなく調べたりするんです」

「なるほど。もしかして、この集落に生活感が無いのは、オウマの集落そのものが研究者の方々の持ち出しによるものだからですか。より研究をスムーズに進めるため互いに協力して」

「うんうん、そうなんだそうなんだよ。あ、集会所だけはこの国が支援してくれたし、発見した遺物に関してはこの国の取り扱いになるのがほとんどなんですけどね。仕方ないね、この国の歴史に関するものだからね」


 ちらりとジェイを見る。

 ジェイはナツの遺物を知っている。そしてその効果も。その上で明らかに欲しているが、この国の人間じゃないのはもうわかってるし、ジェイとローザも俺がそれに感づいていることを知っているだろう。どうするつもりなのか。まさか俺に見逃せと言ってくるとは思えないが。

 ジェイは俺の視線に気づいて頷いた。え、何の頷き?


「えっと、この遺跡群からは実際どのくらい遺物が発見されたんでしょう」

「遺物? ああ、アーティファクトですね、うんうん。これまで発見された数は50を超えるけど、そのどれもが生活に便利なもの、もしくは儀式に用いられたであろうモノだという結論が出ています。そのうえで、ここで発見されたもののほとんどは一度王家に献上されます」

「ほとんどということは発見者に返ってくるということもあるのか」

「はい、ええ、ええ、そういうこともありますね。まあその贈与先も教会でしたが、ええ」

「贈与ですか」

「ええ、はい。遺物とは異なりますが、絵が」


 遺物というよりは何らかの加護が掛けられた絵画があったらしい。それを王家から教会へ贈与するという形で教会が所有することになったらしいが。


「教会の人間が遺跡から絵画を発見したという事ですか?」

「ええ、ええ。はい、そうなります。見事に綺麗な状態を保ったままの巫女の肖像画でした、ええ、本当に見事でした」

「へえ、そうなんですか」

「ええ、ええ。いずれ皆さんの目に映ることになれば、きっと私どもが抱いた感動を皆様と共有できるでしょう」


 少し前に巫女について思うところのあったジェイも単純に興味があるように見える。


「ではフェロー氏。依頼の話に移ろう。遺跡群の調査するための護衛ということだが、具体的な場所はどこになるのだろう」

「はい、護衛依頼を志願してくださった伐採者が来た際には、中腹にある神殿、その周辺の調査をしようと考えておりました」

「ではこちらは貴君の調査の間、周辺の外敵の間引きを行えばよいという事か」

「はい。神殿内は比較的安全ですので、時折休憩をとりながら行いましょう」

「ふむ。期間はどの程度だ」

「はい、一先ずですが、明朝出立し、中天の頃に神殿に到着。そこを起点として周囲を麓に向かって半周、一度起点に戻りさらにその外周を一周、何か発見があればその方向を重点的に。時間との兼ね合いを見ながら臨機応変に進めていければと考えています」


 ん? なんだ、このちょっとした違和感。


「日数はどうする」

「皆様方の都合で構いません」

「だそうだ。どうする、オットー」

「え、あ、はい。そうですね。一先ず3日程見ていましたが、そちらは?」

「ふむ、まずは1日やってみてと考えていた」

「ではそうしましょう。フェロー氏、中腹の神殿周辺はどうなっているんでしょう。主に生活環境的な意味で」

「ええ、ええ。神殿から少し離れたところに川が流れる谷があります。ですので水については大丈夫だと思います。あ、ただし暑い時期以外はローブを用意しておくのが良いでしょう」


 こう、しっくりこない。いや、情報に齟齬があるとかそういう違和感じゃない。

 目の前の研究者が、どうにもふわふわしすぎているというか、落ち着きが無いというか。

 しゃべり方に文句をつける気はないが、どうにも研究者というイメージから想像される人と乖離がある。

 いや、まあ俺の勝手な想像に過ぎないと言われればそうなのだが。


「ローズ、野営の準備はこちらでも出来ているな?」

「ええ、もちろん」

「オットーはどうだ?」

「ナツが分かりません。自分の分は問題無いのですが」

「ええ、ええ。集会所の伐採者協会で道具の貸し出しはしていたはずです、大丈夫でしょう」

「なるほど、了解しました」


 俺は借りるのに問題がありそうだけどな。


「ジェイさん、話詰めてもらっておいてもいいですか? 俺、ナツに伝えて用意させてきますんで」

「了解した、ではフェロー氏。明日以降の予定を話そうか」


 三人に会釈して中座した俺は、特に見るもののないオウマの集落へと飛び出した。


 飛び出したのだが、ナツが見つからない。

 集会所にも周辺のテントに声をかけてもそれらしい人影の目撃情報は無かった。

 いったいどこに行ったんだと集会所へ戻ってきた時、ようやく山の方の入り口から戻るナツを見つけた。


「おい、流石に一時的にでも離れるなら誰かに伝えてから行けよ」

「二人は?」

「……はあ、まだフェロー氏依頼人と話してるか、自分たちのテント広げてるんじゃないか?」

「そう。というかお兄さん、あの二人と一緒に居たの?」

「は? そりゃそうだろ。仮にも一緒のパーティーなんだから」

「はあ……」


 肩を竦めてやれやれといった表情であからさまに落胆して見せた。なんだコイツ。

 なんか俺が気を利かせずに悪いことをした、みたいなことを目の前の女に言われている気がする。


「で、単独行動してたお前はどんな成果を得たんだ?」

「今日のご飯」


 そう言って例の鞄から無造作に取り出したのは絞殺したのか、首が折れ頭をだらんと下げる鳥だ。


「……お前、保存食持ってないとか言わないよな?」

「持ってるけど、好んで食べるもんじゃないでしょ、アレ」

「だから現地調達ってか? いや、まあそれも伐採者のやり方ではあるんだが」

「それに、私とお兄さんは多分あの場では邪魔だったよ」

「……何?」


 鳥を鞄にしまい込んでてくてくと町の中で歩みを進めるナツ。

 山の中に分け入ったはずなのに、頭のフードの天辺からブーツの爪先まで一片の汚れも無い。ナツがあの得物を使ったなら聞こえてくるであろうあの号砲が無かったということは、別の方法であの鳥を仕留めたということで。

 いや、音が聞こえないような武器を持っていると考えたほうが正しい気がする。あの細腕で鳥を捕まえて首をへし折るとかは出来なさそうに見える。いや、本人の性格上出来るとは思うが少しも汚れずにというのは無理だろう。


 それよりも、だ。

 何故そこにいなかったお前が、全て知っているかのように話すことができるのか。

 こいつは以前にもそういった言い回しをすることがあった。

 こいつには何が見えているのか。【星読み】とはそんなに優れたオラクルだったか?


「また【星読み】かって?」

「っ!?」


 まただ。こいつは、


「私が知っている訳じゃ無いけどね。お兄さんも自分をよくよく見て見たら? そうすれば」


 傾きかけた夕暮れのオレンジに馴染む白い絹糸のカーテンの奥に、透き通るような蒼眼がこちらを見抜く。


「少しは分かるかもね?」

「……意味深な言い方しか出来ねえのかテメエ」

「ふふ。まあ実はあの二人の関係性を疑ってるだけなんだけどね」


 それはある。というか年の割に町娘のようで嫌だが、最初に見た時は普通に恋人関係かと疑ったものだ。

 しかし、それはジェイとローズの関係性を見て改めた。もっと上下関係のあるものだ。


「……ま、いいや。とりあえず明日は協力するから」

「一緒のパーティにいる時は基本的に協力するのが前提なんだよ。あんま勝手なことすんなよ?」

「はーい」


 そう言ってはにかむナツ。

 調子のいいその返事に俺は深い溜息をつくのだった。




 翌朝。

 ジェイは人足を雇うつもりだったようだが、そう都合よく【剛力】持ちは現れず、それぞれが荷物を背負うことになっていたのだが。


「ナツ、それは収納庫と呼ばれる鞄ではないのか?」

「なにそれ?」

「国や地域によっては次元庫や異界穴などと呼ばれる、見た目以上にものが収納できる能力を持った鞄のことです」

「神晶国は基本的に【剛力】持ちが人足となることが多いけどな」


 その言葉にナツはうーんと首を傾げ、徐に鞄に手を突っ込み引き出す。

 そうして何やら引き抜いた手には黒鉄のような筒の魔法武器が握られていた。


「おお、おお! 正しく、正しくです! 明らかにサイズ以上の品が出てきました! であれば」

「悪いけど、これそこまで便利じゃないんだよね」


 そう言ってそれを鞄に突っ込み、再び引き抜いた手には先ほどの魔法武器を何本も束ねたような巨大な魔法武器が出てきた。


「この鞄を含めてアーティファクトなんだよね」

「鞄を含めて、ですか?」

「そ。言ってしまえば、この鞄はなんだよね」


 曰く、この中には銃が収められているという。神晶国内では聞いたことの無い武器だ。

 つまりはそれがあの光の速さで跳ぶ魔弾を撃ち出す武器なのか。

 まあ、だからと言って昨日の鳥がどこにしまわれ、どこから出てきたのか知ってる俺からすれば、もうちょっと融通の利くものだと予想は出来る。

 ナツからのアイコンタクト。はいはい、黙ってるよ。


「聞いたことあるか? ローズ」

「いえ、寡聞にして存じません」

「はい、はい、聞いたことがありますとも。悪魔の遺産ですな」

「悪魔? それは穏やかではないな」


 フェロー氏が知るところによると、世界各地に点在する遺跡の中に片手で数えられる程度出土したと言われる魔法武器らしい。

 魔力を込めて弾丸を撃ち出す武器らしく、片手で扱える飛び道具であるとの事。


「それらの魔法武器が出土した遺跡も、元は悪魔や魔物の巣窟となっていて、過去厄災と呼ばれた魔物の住処になっていたという話から、悪魔の遺産と呼ばれるのです」

「それは、ナツが持つ魔法武器以外の、剣や槍といったものもか?」

「はい、そうでございます。触れたものを溶かす魔剣、風より軽く金剛石より硬い魔槍、射たものを土くれにする魔弓。それらと並んで目に見えぬ速さで相手を撃ち抜く魔弾、それを撃ち出す武器が魔銃。そのように云われております」


 世界にはそんな武器があるのか。まあこの国は森や山の資源よりも先に対処すべきが結晶であり、結晶を砕くのに適したハンドアックス以外の人気はそれこそオラクルでもないと持たれない。


「ふむ、つまりナツの遺物は」

「私は魔銃庫ガンケースって言ってるけどね」

「先ほど見せて頂きましたが、いくつも種類があるものなんですか?」

「うん。用途に合わせていくつか。ただし、持ち出せるのは一つだけ。皆に貸出するのは無理だね」

「ああ、ああ、はい。なんと、ああ、おお」

「あ、あの、フェローさん……?」


 ローズが声をかけているが心ここにあらずといった具合だ。快晴の天を見上げて今にも崩れ落ちそうになっている。


「ま、きっと。さ、それより行こうか」

「……それもそうだな。では、参ろうか」


 フェロー氏の発するどんよりとした空気とは裏腹に、朝から抜けるような快晴で、俺たちは目の前に聳える中央山脈に挑むのだった。


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