7.信仰
ストウィッチとフォルテラ、オウマの間は比較的ながらかな地形で、東以外に視界を遮るものも無く、道が整備されているために長閑な風景が続いている。
まあその三つの街を西の中央山脈と東の森林が囲んでいると言っても良くそれ以外は視界には映らないため只管平野が続いているような、何もない場所のようにも見える。
位置的には島の北東部にぽっかりと開いた平野、そこを僕たちはのんびりと歩いているわけだ。
「やはり馬を借りるなり、護衛依頼を受けた方がよかったか?」
まあこの何も無い道を徒歩で抜けようとすると2,3日かかる。馬なら割と簡単に辿り着く道なのだが。
「北の開拓村の連中が各地へ散らばるので依頼は多数あったんですが」
伐採者協会にあった依頼はその多くが各地へ向かう旅人の護衛で、それ以外だと開拓村跡地のサルベージだ。
前者は単純な依頼だが伐採者の階級は信頼度が重要視されることもあり、海外からやってきた腕利きでもこの国のシステムを理解していないと結構もめることが多いため、少なくともナツがいる現状でそう言った連中に絡まれるリスクは減らしたい。
後者は単純に難易度と目的が向いてない。そもそも俺のただ登録だけしてあるライセンスではサルベージの許可は下りないだろう。
「護衛依頼はいろんな思惑が渦巻く策謀の坩堝ですからね」
敬虔な輝石信者だと瘴気を避け、妖鬼を避け、妖鬼を討伐した伐採者を避ける。どうするかと言えば、都市間の物資の運搬に専属の者を当て自身とは触れ合いにならないようにする。
監視の目が無いと運搬者が物資を横流ししようとする。それを防ごうと依頼元は監視役を護衛とは別に雇用する。運搬者も馬鹿ではないから自らの護衛を秘密裏に雇用する。
そこで行われるのは疑心暗鬼の末、血で血を洗う壮絶なパイの切り取り勝負になる。頻繁に起こることではないが、港町に向かう護衛依頼に限ってはこういった流れになることがあると聞く。先ほどの連中の中に自国に持ち帰りたいと思う伐採者もいるからだ。
「お二人は護衛依頼の経験は?」
「あるぞ。確かにかなりピリついていたが、そうか。あれはお互いに向けたものだったか」
「ですね。専属というシステムもあるんですが、流通拠点から離れたこの辺りだと中々ありませんね」
「オットーさんは何故この手のことに詳しいのですか?」
「教会関係者は伐採者以外にも町の商工会や貴族様方ともお話しする機会がありますから」
俺が直接話さずとも聞こえてくる話は多い。
それこそストウィッチにいた僅かな間でも寄進に来た商人や貴族関係者の話は聞こえてくるし、なんならちょっとした策謀は耳に届いてしまうのだ。
「じゃあ情報収集はオットーに任せるか」
「ええ、それは構いませんが」
大きい町なら教会でも集まるし、小さい村でも村長から話を聞くといったことは叶うだろう。
ただどちらかと言えば二人にはそれ以外の理由がありそうだが。
「……ナツもこっちで預かりましょうか」
「そう、そうだな! そうしてくれるとありがたい!」
「ええ、ぜひ。何卒、手綱は緩めることの無いようにお願い申し上げます」
何したんだあの女。めちゃくちゃ警戒されてんじゃん。
「なにー? 私の話ー?」
「ああ、村に着いたら俺と情報収集な」
「いーよー」
「それはどっちなんだ」
「
「だそうで。お二人はどうされます?」
「一度様子を見て決めたい。そちらが行かないような場所はこちらで受け持ちたいが」
「そもそもオウマに行かれたことは?」
「実は無い。行く機会はあったのだが、どうもな」
「折り合い悪くと言う訳では無いのですが、ストウィッチへ来たのもほとんど無計画だったので」
「無計画?」
「フォルテラからルセルビアに行けばよかったのですが、ストウィッチだけ行かないのももったいないと、ジェイが」
「ははは! 他の街は王都から寺院まで一通り見て回ったのでな!」
そういう迂闊なことしないでくれんかね。
この国の人間なら首都のことは神都と呼ぶし、寺院ということは僕たちの言う聖地へと行ったという事だろう。うん、見事に西から反時計回りに回ってきたコースだ。
ルセルビアから先の航路を聞けばどこの出身かはわかりそうだが、ここは聞かなかったことにしておこうか。
「これまでの旅で何か面白いものはありましたか?」
「やはり寺院は見ごたえがあった。輝石、といったか。その輝きが荘厳な寺院の奥から光を放っているのが外からでもわかった。確かにアレは人々の拠り所足り得るものだったな」
「ふふ、あの光で時折不眠になるものも出るそうですよ」
笑い話として有名な文句だ。実際窓から差す輝石の輝きによって昼夜の感覚がおかしくなってしまうものが時折いるらしい。
「真に賞賛すべきはそんな文句が気軽に口に出せるその在り方だな。教えを強制せず、しかし敬虔な信者を敬いすぎることも無く、ただ民と共にある。ああいった宗教はまず無いぞ」
「流石に言い過ぎだとは思いますが、まあ、そうですね」
「一つ疑問、というよりいっそ反対すべきと考えるのは、巫女だ」
「なるほど、巫女が選ばれたのを見ましたか」
顔を顰めながら頷くジェイ。
巫女とはその通り【巫女】のオラクルを持つ者だ。
そもそも巫女というのは輝石信仰におけるその神聖性を担保する一つでもある。
巫女の役割は人身御供。聖地ロクローの大輝石へ祈りを捧げるために、聖地の背後、中央山脈の南端山頂にある霊地コクガンにて厳しい修業を積んだ者たちのことだ。
修行を完遂した者は例外なく頭部から角のように大きく長い結晶を伸ばし、巫女の
修行の詳細は明らかになってはいないが、聖地勤めの巫女が厳しい生活を送っているという話は聞いたことが無い。ただ、年老いた巫女というのは見たことが無いのも事実だ。
「クリスティアンが持つ結晶はその大きさを増す度に強い力を持つが、肉体への影響も大きいと聞く。アレは良くない」
「教会所属の者としては耳が痛いですね」
「いや、責めている訳では無い。しかし、輝石の力というのは彼女たちがいなければ成り立たぬものなのかと、疑問を持ってしまってな」
「関連性を明らかにするべきだと?」
海外から来た者らしい意見だ。だからこそ、教会関係者は危険だと思っているのだろう。
「輝石が与えるオラクルに差がある事はどう考えますか?」
「私は根本的に同じ力だと考えている」
「……なるほど。根拠は?」
「同じオラクルでも人によって違うからだ」
つまりは、オラクルの種類や強度の差は人間的特徴によって変化するということか。
中々的を射ている意見だと思う。
「では輝石が与える力の正体は」
「魔力」
これここに来てから考えたことか? 結晶をエネルギー変換器と考えた海外の人間と同じ発想じゃないか?
ああ、いや。魔力と瘴気に対するアプローチが違うのか?
「では巫女が魔力を持ち、結晶を通し輝石に祈るという行為を何と考えますか」
「島全体、国全体への魔力の循環だな。そもそも、この国で生まれた人間全てに結晶を通して輝石が力を与えるという図式が、海外ではなかなか考えられん」
「神が力を与える、といった宗教があるようですが?」
「あるな。まだそっちの方が私は理解できる」
「そうですか? 私としては神という存在は輝石に人格を与えたような存在だと思ってしまうのですが」
俺が教会に所属しているのは何も輝石を信仰しているからではない。判定士だから所属しているのであって、輝石を妄信するほどの信者になった覚えが無い。
だからこそ役割や立場を得るに留め、俺自身上手く生活できるように立ち回っていただけだ。
生まれを思い出す。あの頃はどちらかと言えば辛い事が多かった気がする。生まれに、環境に文句を言う気はない。むしろ感謝すらしている。だが、良いとは言えない。結局俺は自分自身が現状を打破し、よりよい明日のために教会を利用しているだけに過ぎない。
「ふ、む。そういう考え方もあるか」
「ちなみにどっちもハズレだから」
「はあ?」
一人前を歩いていたナツがこちらを振り向いていた。後ろ向きで歩きながら指を教鞭のように振る。
「輝石は魔力を通していない。神はシステムであり、生きた神は神という名の存在でしかない」
「じゃあ俺たちは何の力を通してるんだ」
「そもそもエネルギーの区切り方が違う。魔力や瘴気の認識がね」
「ふむ。輝石の力の循環というのはあっていると?」
「そっちは大体合ってそうだけど、巫女の認識はどうだろ? 私は蓋だと思うけど」
「蓋?」
「いや、待て。ナツ、君はどうしてそのようなことを知っているのだ」
その手の質問をコイツがきくとは思えない。
案の定目の前の女は煙に巻くように微笑んだ。
「秘密」
それっきり、ナツは前を向いたままこちらを振り返ることは無かった。
なだらかな丘陵地帯に生えた草が風になびいて緑の波を形作っている。中央山脈から吹き下ろされる風によって時折強い風が吹くが砂埃が巻き上がるようなことも無い。
ストウィッチとフォルテラの間は簡易的ではあるが道が整備されていることもあり歩きやすい。馬車がすれ違えるほどの道幅であることから時折馬車の行列がすれ違うが、余計なトラブルを避けたいなら道から外れれば良い。
東側の森の手前まで行くのはやりすぎだが、伐採者からするとそちらの方が都合が良いのかもしれない。そもそもこの道は周囲の街へのアクセスが容易なこともあって意外と人通りが多い。
ちなみに過去の歴史からストウィッチとフォルテラ間だけでのことで、ルセルビアやネルヴェッタとは違う行政区分なのでその二つ都の都市は森と海で境界域が存在している。
実入りが全く違うからというのもあるだろう。二つとも港町であるうえで、同じ東部湾内の都市でそれぞれ主となる産業が違う。ルセルビアは水産業、ネルヴェッタは観光業になるが、町単位でどうにも折り合いというか人の相性が悪いというのはよく聞く。
フォルテラはルセルビアとネルヴェッタの両方とうまく付き合いながら、背後の都市であるストウィッチとは融和策の一つとして境界線をオープンにして道路の整備すらしてある。
とまあ、街を差配する権力者たちの勢力図を説明したところで僕たちが特に気を付けるようなことは無い。出身を言わなければ特に何かを言われたりすることも無い。逆に割と出身地いじりがあの手の街のコミュニケーション手段だと割り切れるのなら話しやすい町だと伐採者の話に聞いたことがある。
「となるとあの看板の多さはそういうことか」
ストウィッチとフォルテラの中間地点、オウマへ行く際の経由地でもあるここは町や集落というよりはテント村か屋台村というような様相を呈している。
そこにある店には自分たちがどこから来たのか、見せている品はどこのものかということを表しているが、その品揃えにもジェイは驚いているのだろう。
「どちらかと言えば在庫処分とかが多いみたいですけどね」
「そうなのか?」
「ええ。あとは、そうですね。オウマの遺跡に詰めている人たちが買い出しに来るので、そういった人たち向けの者が多いでしょうか」
遺跡内に生えている菌類に反応する塗料だとか、抗菌仕様の布地、洒落た細工の刷毛、ツルハシやシャベルは伐採者向けのものも揃っている。
「我らもここで買って行くべきか?」
「いえ、必要ないかと。オウマの遺跡は伐採者も立ち入り可能ですが基本的には研究者が調査済みです。今残っているのは専門家による専門調査が時折あるくらいで」
「む、では遺物を発見するのは難しいか」
「まあ遺跡からは難しいかと。ただオウマという拠点が出来て今も稼働しているのには訳がありまして」
「ああ、まだ調べるべきことがある、と。それもそう簡単に終えられぬものが」
「はい。中央山脈の麓から中腹にあった遺跡を考えると、広い範囲に遺跡群があると考えられていまして。オウマ周辺の狩猟や妖鬼の間引きの依頼なんかは頻繁に出されているんですよ」
「そういうことなら専属の伐採者などもいそうなものだが」
「いると思いますが、オウマの麓は基本的に研究者たちが用意した施設がほとんどですので、伐採者が楽しく過ごせるような場所は少ないんですよ」
「酒場や宿もか?」
「あるとは思いますが、必要最低限でしょうね。学者は語らいこそが娯楽のような面もあります。特にオウマに来るような者たちは極まってますから」
だからこそこのテント村がたまの癒しになる訳で。
オウマに長い間いる研究者はそういったものに関心が無いことが多く、最低限の食事やベッドがあれば後の時間と金は全て研究に使うという連中ばかり。一部はパトロンを抱えていると思うが本当に極一部だろう。
「ううむ。行くかどうか悩んでしまうな」
「護衛の依頼もあるとは思いますが、研究者っていうのはある意味我慢がきかない人種ですからね」
徒労になるかどうかは行ってみないと分からないが、ジェイは行くという決断を下した。
もちろん、自らに必要になるだろう嗜好品を購入した上でのことだ。
お気楽だなと勘違いしていたのは僕だけだったようだが。
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