6.遺物



「ん? んんーんーんん!」

「口開かなかったのはお行儀いいけど、食ってるもん呑み込んでから喋ろうな」


 彼女がどういう存在であれ、一応助けてもらったことは事実だ。

 僅かな時間しか一緒に居なかったが細かいことは気にし無さそうな部分があったし、お礼を要求するタイプではないと思うがこういうのは忘れないうちにやっておくのがいい。

 僕は仮にも教会所属であるからして。


「この間、と言うには少し時間が経っているが、助太刀ありがとう。礼を言うのを忘れていた」

「んっ! んーん、ん。別に気にしないで」


 僕のオラクルが返した答えは【星読み】。結局彼女がどんな手段を用いてあの男を倒したかは明らかになってはいないが、事の真相くらいは話ておいた方がいいだろう。


「君が倒した男だが、ここより南東にある港町、ルセルビアの教会所属の元破砕部隊の人間だったらしい」

「へえ」

「ルセルビアは神晶国の東の玄関と言うこともあって人やしがらみが多く、いろんな問題の起こる場所でね。一時期増加した棄教者の対応に失敗したらしい」

「んー、犯罪者で溢れたって認識でいい?」

「大体あってる。そこで自身も瘴気感染していたらしいあの男がある程度の数をまとめて疎開する、と言っていなくなっていたらしいんだが」

「が?」

「何であそこにいたかはわからないってさ。本人は盗伐とかするような人じゃないとか言われていたらしいけど」

「ふーん」


 あんまり興味なさそうだな。まあ彼女からすれば妖鬼だろうが棄教者だろうが労力は指一本で変わらないという事だろうか。


「とりあえず君、あー、身分証とかある?」

「あるよー。伐採者証明書ライセンス

「一応、俺が共同対応者ってことで受け取ってはいるんだけど、いる? 報奨金」

「お金? 別にいらないかな」

「……、あー、報奨金なんで受け取ってくれると嬉しいんだが」

「でもあんまお金使わないんだけど」

「教会関係者ってことで俺が預かってるけど、それを持ち続けてるのがまずいんだよ」


 実際そういう指摘を受けている。だったら渡すなというものだが、あちらとしても既に報奨金は支払ったということにしておきたいのだろう。

 そもそも現場にいたのは僕と彼女だけだったわけだし。

 ああ、彼女と言えばもう一つ。


「君、?」


 道中に僕が見たことのある男の亡骸が転がっていた。最初に僕を囲んだ男たちのうちの一人。

 その男は胸に大きな風穴を開けていて、恐らく目の前の女に殺されたのであろうことは想像がつく。


「さあ? そういうのっていちいちカウントするの?」


 わかっちゃいたが、こいつはちょっとぶっ飛んでるな。


「覚えてたらね」


 小脇に抱えた包み紙から再び串を取り出し豪快に喰らう女。今度はキノコ串だ。


「ていうか、お兄さん」

「オットーだ」

「お兄さんさ、聞いてほしいことがあるんだけど」


 いや、コイツ本当に何なんだ。人の話は聞かないけど人には普通に情報寄越せと?

 いや待て、こういうのはまともに相手する必要ない。


「どうぞ」

「他に人が多い町ってどこ?」

「ここ以外にですか? 伐採者協会に簡易的な地図があったと思いますが」

「地図じゃわかんないじゃん」

「それこそ国内にネットワークのある伐採者協会で話を聞けばいいのでは?」

「んーそうじゃないんだよなあ。がいる場所を探してるんだよね」

「僕のような人、ですか?」


 教会関係者? いや、教会は大きな町ならどこにでもあるし、それこそこの国は島国だから回ろうと思えば数年ですべて見れるはずだ。


「そう。他にもいると思うんだけどなあ」

「正直ピンと来てないんですが、どういった人を探してるんです?」

「ん」


 口の中に放り込んだキノコ串の残り物を咥え、串で僕を指す女。自由か。


「えーっと」

「ま、いいや。お兄さん、ちょっとこの国案内してくれない?」

「はい?」


 いや、なんか今すごい面倒臭いことを頼まれた気がする。

 え。観光案内をしろと? と言うか


「私もやる事あるんだけど、それだけじゃ物足りないからね。ちょっと旅して見て回ろうかなあって」

「そうですか。でしたら伐採者協会でパーティーメンバーを探すのが良いと思いますよ」

?」


 いいえ、と返せなかった。

 以前会った時もこういうことがあった気がする。

 いや、これもしかして【星読み】か? 元々占いによる意思決定を促すものだ。彼女がその占いに従っているからこそ、この突拍子もない言動をしている可能性がある。


「……何故、僕なんでしょう?」


 そんな、何かありますみたいな笑みを浮かべて言われたところでこちらが喜ぶとでも思っているのだろうかこの女は。思ってないね。思ってないからそういう言動になるのだろうし。


「ちなみに拒否権は?」

「ん」


 肩を動かして荷物を背負いなおすような動きを見せる。

 あーはい。完全に脅迫ですね。彼女はただ肩を動かしただけだけど、俺はそのカバンから必殺の魔弾が放たれるということを知っている。


 正直彼女を脅迫の罪で治安維持機関へ突き出すことは可能だ。可能だが、彼女に褒賞を渡してない現状、こちらの方が分が悪い。お礼拒否して脅迫の保険にするとか汚ねえなコイツ。


「はあ……、まあいくつか条件を呑んで頂けるなら、その提案を受けましょう」

「いいよー。その怪我はあとどれくらいで治るの?」

「まあ10日はかからないでしょう。その後でいいですか?」

「いいよー。じゃ、またそのうちここで」

「ちょっ」


 座っていた広場の一角からぴょんと飛び出し雑踏に紛れる女は、振り返ってこう言った。


「私はナツっていうの。よろしく、お兄さん」


 そうして黒と白の少女は溶けるようにして雑踏の中に解けて消えていった。




 治療期間中、教会所属と言うこともあって部屋の一つを間借りしてお勤めの補助をしていた。

 元々判定士と言う存在は数が少なく間違いなく稀少であると言えるが、【判定】のオラクルの実態が明らかになった後は教会がほぼ独占するような体制だった。

 もちろん例外はある。それが貴族家や有力な商家、傭兵の一部にもいる。基本的にはオラクルの神聖性を守ろうとする教会と、相手のオラクルを見破るための【判定】要因として抱えている集団組織という間柄。

 考え方として対立している以上これについて仲が良くないのは確かだが、【判定】で見通された程度で握られる弱みを見せるほど教会も愚かではないし、相手もそう易々と判定士の存在を明かさない。

 なのでまあ。僕としてはこのまま教会に所属しても問題は無いが、判定士としての仕事があるかと言えば、実は無かったりする。

 ここストウィッチに関して言えば数が足りているのもあるが、何より判定士自体は基本的にオラクルを見通すくらいしか役割が無いから、何処かに所属して食い扶持を稼ぐしかないのだ。そうでなかったらオラクル関係なしに稼ぐ手段を用意しなければならない。

 と言う訳で判定士という仕事はその稀少性の割には身の置き場の無いオラクルだと言えよう。


 【剛力】のような荷運びに特化したオラクルもあれば、【調合】といった薬師、料理人御用達の、これ一つで食いっ逸れないオラクルもある。

 逆に【歓声】系オラクルなんかは【判定】並みに、本当に限られた場所でしか使われていないし、【補助】なんていう岩塩を海に溶かしたようなスキルもある。


 え、どういう意味かって? あっても無くても変わらないって意味だよ。

 【歓声】系オラクルは声が通るようになるってだけで、素で大声の人より声が小さかったなんて言われたりするからな。

 ただ、これは秘密だけど、声が出せない子供にこの【歓声】系オラクルが宿ると声が出せるようになった、なんて逸話もある。

 だからこそ輝石信仰の奇跡オラクルなんて呼び方がされるわけだし。


「そんなの私に話していいの?」

「まあ俺も自分の意思で離れる分には何も言われないからな」


 正直、僕なんて一人称、教会のメンツが無ければ使ってない。

 ついでに言えば俺自身、開拓村には自ら志願して赴任した経緯がある以上、出戻ってきた俺に対する教会関係者の視線はものすごく微妙なものだ。

 天変地異のため致し方ないと思う人もいれば、その上でここでの役割を俺に食われることを憂慮している者もいた。


「開拓村の一部は別の村へ移動したりするからそれを支えると言えばあちらも異議は無かったようでね」


まあほとんど嘘みたいなもんだが、俺が離れると言えば安心する様子を見せた者もいる。それについて言いたいことが無い訳じゃ無いが、恨みは買わないようにするに越したことはない。


「でも判定士って人気の職業なんでしょ? どこかに所属するっていう手もあったんじゃないの?」


 俺を案内役に指定したナツ、君がそれを言うのか。

 まあ、もちろんそれだけが理由じゃない。


「良いんだよ。俺は俺でゆっくり次の住処を探すさ」

「ふーん」


 俺自身訳アリの身だ。彼女に対する詮索はマナー違反だと思う部分もある。

 しかしどうしても見逃せない部分もある。それがあの魔法武器だ。


「ああ、あれ? アレ、対人類武器」

「は?」

「鞄自体が遺物アーティファクト。この鞄の中を探せば目的に合った武器が出てくるの」

「何と恐ろしい……」

「そんなことが可能なんですね……」


 今更だが、ナツという女は意外と用意周到だったらしい。ナツと僕以外に男女一名ずつを伐採者協会から探し出してきたようで、ストウィッチから南にあるフォルテラまで同道する人を誘ってきたらしい。

 嫌味の無いイケメン剣士で性格もやや天然が入っている以外は温和で付き合いやすい男ジェイと、生真面目が服を着たようなシュッとした美人のローズ。付き合っているような素振りは無いが深い関係性を匂わせる二人からはオラクルの反応がほぼ無い。つまりは海外から来た人間だということだ。

 ついでに言えば、ジェイは隠す気があるのか無いのか、何処か気品のある立ち振る舞いをする。仕草の端々にそれが見えるものだから、なんとなく予想がついてしまうのだ。


「お二人さんはフォルテラの後はどうすんだ?」

「一応この国も一通り回ったからな。帰りに何か気になる依頼や仕事が無ければ一度故郷くにに帰ろうと思っている」

「元々今回の遠征はそこまで長期間を想定したものではなかったので」

「ふうん。?」


 ナツの言葉に苦笑いを浮かべる二人。ああ、何か狙いはあったけどナツに看破されたって感じか。まさかこれも【星読み】の効果か?


「一応それらしいものはな」

「とはいえ遺跡関連の依頼は目についたものから受けるつもり。ですよね?」

「ああ」

「じゃあフォルテラ行く前にオウマを経由していくか?」


 オウマはここから南西、中央山脈の麓にある集落で、山脈の中腹と近くに遺跡があるのが特徴だ。

 元々オウマ自体がそれら遺跡群の調査拠点として開拓された場所なので、集落と言う割にはが整っている土地でもある。

 遺跡狙いならそちらを経由してからフォルテラに言っても問題はないと思うが。


「私は良いわよ」

「……だそうだけど?」

「なに? お兄さん、私に何か言いたいことでもあるの?」

「いいえ何も」


 完全に我が道を行くを地でいってそうなこの女が他人の事情を勘案する? 慮ることができるタイプだとは思いもしなかった。


「お前人の事情考えることが出来たんだって顔に書いてあるけど」

「そうだが」

「失礼ねー。私だって考える頭くらいあるわよ」

「そいつは失礼した」

「お二方は随分気の知れない間柄に見える。付き合いが長いのか?」

「一月くらい前に私に助けてもらったんだよねー?」

「別に。名前を知ったのは数日前だ」

「んん?」


 正直仲良くしているつもりも、仲良くなった実感も無いが、この女が何故か俺に目をつけている。正確には俺のような人間に。ということはジェイとローズにも、ナツ的には何かあるのかもしれない。

 そもそもの話、俺が懸念しているのはこの女がイマイチ信用しきれないという点。

 あれだけ容易く、あれだけ簡単に人を殺害するコイツの常識とか、良識とか、そう言った部分が信用しきれない分、一先ずこいつが下手に暴れないように気にかけている、というのが一番正確だろうか。

 こいつが何か騒ぎを起こすようなら、恐らく直近で共に活動した俺がやり玉にあがる可能性があるし。

 自然と破砕部隊をこの女が退けると直感しているが、実力云々より彼女の躊躇いの無さが気になっている。


 それに俺も、どうも一所ひとところにいるのがあまり好きではない。


 だからこそこれから旅をする、案内役を致せと言った女王様ナツの提案を素直に受け入れたのだが。


「え、えっと、つまり?」

「んー? 私のガイド役?」

「俺のボディガードでしょ」

「ははは、そなた等は不思議な関係性だな」


 あなたもせめて隠そうとしてくださいよ、海外の貴族様お偉いさま


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