5.魔法



「何て?」

「いや、何でもない。それよりも」

「ひいいいいいぃいぃいぃっ!!」

「うるさっ」


 大槌が目指してきたのはやはり僕。

 動かすだけでも痛む腕をそのままにステップバック。彼女はと思い視線を向ければ彼女も安全圏に逃れていたが、こちらを見て不満そうにしている。


「お兄さんが近いから巻き込まれたんですけど」

「ホントすいませんでした!」


 いや待て。近づいてきたのは彼女では? 話しかけてくるために僕の方に寄って来てたよね?

 これは僕が悪いのか?

 いや、でもこの戦いに関係の無い彼女が狙われ、最悪命を落とすことになったら申し訳が立たない。

 いやでもさ、こんな状況になってるのにのこのこ近づいてくんなよ。


 一言言い返そうかと思い口を開きかけるも、彼女は倒木に寄り掛かって冷静に観戦の構えだ。

 いや、まあ、そうかも知れないけどさあ。


「見ててあげるから頑張れー」

「ああ、もうどっか行ってくんねえかな」


 なんだこの女。え、もしかして今までの全部計算か? 普通に性格がクソなだけか?

 というか何だこの状況。さっきまで命のかかった危険な状況で切羽詰まった危険な状況だったよな?

 奇声を上げながら大槌を振り回す男と、それを必死に回避してまわる片腕がボロボロの僕と、それをなんとなく眺めている女。

 あの少女は居合わせただけだが、そもそもこんな状況だぞ? そもそも警戒して迂回するなり注意深く様子を見て隠れるとかそういった方法だってあっただろうに。


「いけー! そこだー! やれー!」


 酒場で起こった喧嘩騒ぎを囃し立てるような野次馬根性を見せてきた女にイラつきながらも、僕はどこか先ほどと違い思考に余裕を持たせることに成功していた。


 もしかしたら彼女もあえてこちらを煽っているのかもしれない。

 それくらい、魔女呼ばわりは彼女に対する誹謗中傷甚だしいものであった可能性があるからだ。


 曰く、魔女は黒い女だったという。

 黒い髪と、既存のオラクルや海外の魔術外法とは全く違ったものを使うのだと本に示されていた。

 歴史の古い町にある教会で説く教えの中には、子供たちを大人しくさせるために魔女の話をすることだってある。

 曰く、魔女は人の命に価値を見出さず、宝に意味を見出さず、星を得るために全てを犠牲にするのだという。宝と星が逆だったかもしれない。


 大槌を振る男の動きに大きな変化はない。ただ、ほんの少しずつほころびのようなものが見えてきていた。

 僕自身が慣れてきただろうということと、明らかに精度や狙いに甘さを感じるのだ。

 先ほどまでの大槌はこちらの足場を崩し、2振り3振りとこちらを追い詰めるような駆け引きは、確かな戦闘経験に裏打ちされた巧さを感じた。

 しかし今ではそれがどこか途切れ途切れになっているような印象がある。錆びきって開閉の度にキイキイと音を鳴らす蝶番のような不具合が生じているように、相手の攻撃の間に、こちらが大きめに回避できるような時間的な余裕、隙とも言えぬ隙が出てきているのだ。


 とはいえ大槌を振るう速度が極端に落ちたわけでもなければ、【破砕】の脅威は依然としてそこにある。

 痛みに耐えながらステップを踏んでいると、騒ぎ立てていた女の声が聞こえなくなっていることに気付く。

 ちらりと視界に入れればこれ以上ないくらいつまらないものを見るように足と腕を組んでこちらを見ていた。


「お、?」


 ニヤニヤと輝くようないい顔でピンポイントに嫌なところを聞いて来るなコイツ。本当に性格悪い。

 ただその疑問の形をした指摘も的を射ており、このまま負けないようにするのが精一杯だ。

 そもそもの話にはなるが、犯罪者や棄教者を討伐する教会の部隊が破砕部隊と呼ばれるのは、表向きには刑罰の執行という意味合いが強い。

 輝石信仰は強制されるようなものではないにしても、輝石が結晶を通じて授けた奇跡オラクルの力を悪用することは、信仰の透明性や神聖性から考えても許して置けるものではない。

 だからこそ、オラクルを利用した犯罪行為に対して、また暴力的な行為をした者に対する抑止力が必要だった。それを担うのが破砕部隊だ。


 そしてその部隊にいたであろう者がこうして目の前にいるというのが問題だ。

 もちろん表沙汰になっていない問題もしっかり存在するのだが。


「負けないからいいんだよ!」

「えー? じゃあ勝てないってことじゃん」


 時間を稼いでいることがすでに俺の中では勝利に等しい。そう口に出すのを留めて、顔を顰める。

 コイツ全方位にケンカ売ってないか? というか、何でこんなとこに居続けるんだ。どんなモノ好きだコイツ。


「手伝ってあげる?」

「あ、大丈夫です」

「大丈夫じゃないですー。準備できたら私が殺し決めてあげるね」

「……は?」


 人の話聞かないやつがやっぱ最強だわ。いや、そんなこと言ってる場合じゃない。

 あの女なんて言った? 決めるって言ったか? いやいやいや、それは良くない。

 何が良くないって、俺がこんな至近距離にいるのにそんなこと結晶を破壊されたら、結晶の中にある力がこの辺りにばら撒かれることになる。

 瘴気の影響を受けやすいのは人も自然物も同じ。違うのは人間は濾過する機能があり、自然物にはそのまま堆積するという事。

 そして目の前の男のように、結晶が肥大している状況は、人体の濾過能力が追い付いていないということを意味している。

 そういう部分を管理するのが伐採者協会であり、海外の冒険者組合がこの国に根付いていない理由でもある。


 こういった明らかに瘴気を纏っている連中を討伐する際には破砕部隊と呼ばれる特殊な人員が必要なのだ。

 その瘴気の処理もあるが、なによりクリスティアンは結晶のサイズが出力の最低保証をしている、という説がある。

 つまりは大きい結晶を持つ者ほど恵まれた体質であるということ。

 これは一概に否定することが出来ず、幼いころから瘴気の受け入れ、濾過をこなすことによってオラクルに注ぎ込む力が大きくなり、そして肉体もそれに合わせて成長するようになるから、らしい。


 そういう資料を読めたのも判定士となり、教会に勤めることが出来た経歴からだが、あまり知りたくない真実でもある。

 僕が判定士として逃げるように開拓地に行ったのもそれが理由だったりする。


 さて、そろそろ現実と向き合わなければ。

 視界にチラチラうつる女は抱えていた鞄に手を突っ込んで何かを探しているらしい。


「じゃあ、こうしよっか。『指一本で人を殺す武器ワンショット・ワンキル』」


 聞いたことの無い祝詞。もしかして海外の冒険者が使うらしい呪文という奴だろうか。ならば彼女は術師なのか? 各国がどういう扱いなのかは知らないが、この国じゃかなり珍しい。自国の人間より海外の人間であることを疑う方が正しいと言える程度には。


 そうしてやってやったぜと自慢げに掲げたのは何やら黒いハンドル。


「あーコルトパイソンこれかー、うーん、まいっか」

「おい、何をするのか知らんが結晶を割んなよ? というか余計なことは」

「はいバーン」


 声をかける隙も無く、そんな能天気な掛け声とは裏腹におもむろに指をさすようにして放たれたそれは雷鳴を伴って大槌を打ち据えた。

 いま、何かが打ち出されたのは理解した。ただそれが何かは分からない。目にも見えぬ速さで相手を打ち据える術など、僕の知識では一つしかない。

 術師。魔法や外法を使う異端者。【星読み】の彼女が?


「あら? 外しちゃった。もっかい」


 かち、と彼女が針を刻む音を鳴らし、続けて第2射が打ち出された。

 魔法の杖か何かか? 魔道具と呼ばれるものがそんな威力を伴っているなど聞いたことが無い。

 彼女も気になるが、結晶に飲まれかけていた男もこれには一気に興奮が冷めた様子で注意深く女を警戒している。


 再び雷鳴が鳴り響く。


「ぃいいあ゛あ゛あ゛ああっ!」


 今度は足を打ち据えたらしい。膝上を削り取られた男は地面に膝をついて倒れた。


「ちょっと待て!」

「待たない。待つべきではない。それは死ぬべきだし、私が殺すべきだし、私が殺す」


 先程までのおちゃらけた空気はどこへいったのか。凍土に吹き荒ぶ吹雪が如き厳然さでもってかちりと照準が補正される。

 止められない。多分彼女は殺すだろう。いや、僕が知らないだけで彼女も教会の人間だったりするのか? いや、多分違う、とは思うが僕だって教会に所属している全ての人間のことを知っている訳では無いし、そもそも僕はどちらかと言えば教会組織の下っ端も下っ端。

 それなりに組織について知ってはいるものの、その全てを知っている訳では無い、ただの判定士だ。


「結晶の破壊はするな、少なくとも神晶国の人間なら」

「……」


 彼女は一瞥することも無く三度その短すぎる魔法の杖らしきものから雷鳴を轟かせた。




「はい終わり。じゃ、行こうか」 

「……いや、先行ってろよ。俺は後始末していくから」

「あ、そう? じゃーよろしくねー」


 そう言って去っていった女を見送り、この場の後始末をした俺は道を急ぐ気にもなれないまま、ただそこに立ち尽くしていた。


 あの女が持っていた武器。魔法の杖というものは海外から入ってくる武器の一つだ。ちなみにこの手の魔法武器の輸入の際も国と教会の厳しい検査がある。

 基本的には結晶が使われていないかの検査だが、純粋に海外の技術力を検査する一環でもある。もちろん専門的なことは鍛冶なり魔法に知識のあるものがするのだが、検査記録は一部の教会関係者なら目にすることもできる。

 効果やサイズ、重量などが記載されているが、あのような攻撃型の魔法武器など記憶にない。


 目の前に横たわる死体はうつ伏せに倒れており、頭部を撃ち抜かれたのか周囲にはちと脳漿が撒き散らされている。

 クリスティアンの体は大なり小なり結晶によって強靭になっている。結晶もそうだが、肉体すら刃物で切るということは稀だ。

 もちろん子供が親の手伝いで刃物を使ったりして指先を切ったりすることはある。しかし大人になればそう言ったことはほとんどなくなる。

 奇跡が肥大化しオラクルか強力になることで、そういった肉体的な成長や強化も同期することが多い。


 目の前に倒れている男は【破砕】のオラクルを持った男。その上数字付き。更には瘴気の影響を受けて結晶の肥大化も見られる。肉体の強化具合も相当のはず。少なくとも妖鬼程度に後れを取るような存在では無かったはずだ。

 まあそれは僕もシアンさんも同じ。噛みつかれるより近づかれることによる瘴気感染の方が問題だ。


 そしてそれをいとも容易く、しかも一瞬で貫通するような武器を持っているあの女は何者だ?

 思い当たることが無い訳では無いが、それも現状では確定できない。

 頭痛が酷くなってくる。

 まあ頭痛はボロボロになった腕のせいもあるかもしれないが。


 結局僕は目の前の遺体を道の脇に投げ捨て、腕の応急処置を施した後、運よく回収できた馬を連れてゆっくりと町に向けて歩き出した。







 そうしてストウィッチに辿り着き腕の治療を施してもらって一月が経過したある時。

 教会で一時的にやっかいになっていた僕のもとにシアンさんが奥さんを連れてやってきた。


 それは開拓村の放棄が決定したという連絡だった。


「わざわざお越し頂き、ありがとうございました」

「いいっすよー。先生が貧乏くじひいてくれたおかげで、俺も踏ん切りつきましたから」


 シアンさんは伐採者稼業を当面控え、街の仕事に集中するらしい。

 一緒に来た奥さんを意味有り気に見ていたことから、まあそういう事なのだろう。


「それはそれは、おめでとうございます、と言った方がいいでしょうか?」

「あはは、まあ、どういたしまして?」

「先生もお相手探してみるのが良いんじゃないっすかね? その腕じゃ大変でしょ?」


 ガチガチに固定された腕だが、利き腕は避けているので何とかなっている。というかほとんど治りかけだが、見た目で怪我しているのがわかると頼み事とかされ辛いからね。

 教会の【調合】系オラクル持ちは総じて腕がいいからバレていそうではあるが。


 というか、僕はまだ20を過ぎたばかりだ。シアンさんが一回り上なことを考えると、ああいや、だからそう言ってるのか。


「良い人に巡り合うのも運が必要ですから。シアンさんもそうでしょう?」

「あはは、そうっすね! 妻と巡り合うためにかかった時間と考えると悪くないっすね」

「何言ってんのよ、もう!」


 仲が良さそうで何より。

 しばらくは同じ町に住む者同士よろしく頼むと言ってシアンさんと別れた。


 もうそろそろ腕も完治する。さて、そろそろ自分の身の振り方も考えないといけない。

 そんなことを考えながら大通りを巡っていると、見覚えのある黒と白を見かけた。


 少し懐かしささえ感じる黒白の少女が、派手に串焼きをかっ喰らっていた。


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