4.必定
「おおぉっ!」
「しぃいっ!」
彼の得物が大槌で良かったというべきか。何とか捌いているが、こちらがオラクルを用いての戦闘であるのに対してあちらにはまだ余裕がある。
しかも【破砕】ということは大槌を振るう技術は自前のものだということだ。分が悪いどころの話じゃない。
「ナかナかやるなあ、坊主」
「……ふう、こう見えて長生きしているので」
「いいネぇ、壊し甲斐があるじゃネえかあ」
いひひと笑う男の前には僕しかいない。先ほどまで僕に向かってきていた手下どもは遠巻きに僕たちを囲むだけだ。弓や投げられそうな武器こそ持っているが、まだ手を出しては来ていない。
「そうら、まだまだいくぞぉ」
口調とは裏腹に大槌を振るうその速さは先ほどの男たちよりも圧倒的に速く、重い。
振り下ろし。余裕をもって回避。
すぐに振り上げが来る。足を止めるな。止めたら繋いでくる。
大振りした槌の勢いそのままに体を回して大槌のリーチそのままに薙ぎ払い。
地面に身を投げ出して回避する。
地面を転がって回避し続けた結果、僕の外套は既に大分汚れている。
「……ふうん、テメエ判定士か」
「いえいえ、ただの巡礼者ですとも。判定士の先生がこんなところにいるはずありませんよぉ」
「はっ、どうだかナあ」
まあそりゃ気にはなるよなあ。大槌に触れようとしないんだから。
【破砕】のオラクルはアクティブタイプのオラクル。力を流した瞬間に衝撃を与えるもので、【衝撃】と違うのはその質と威力だ。
規模が大きく弱いのが【衝撃】、規模が小さく強いのが【破砕】。
ちなみに破砕部隊に選ばれる人間が持つオラクルは、この二つに加え【貫通】のオラクルを持つ者だ。この中では【貫通】が一番エグいが、最も稀少なだけあって流石に見たことは生涯一度しかない。
「……おい、おメぇら」
「はい!」
「周り見とけ。南側厚メだ」
シアンさんならこれに捕まることは無いだろうけど、逆を言えばこっちはこれで何とかなると思われているってことになるなあ。
その見立ては正しい。僕がいくらある程度の戦闘訓練を積んだ人間で、オラクルの力で相手の攻撃を読んだところで、明確に実力の差が存在している。
おまけに大槌に触れた段階で破砕のオラクルを喰らえばひとたまりもないだろう。
本気にさせないようにしていたが逆に冷静になられてしまったか。
「おや、皆さんで連れ立ってどちらへ?」
「お前ぇには関係ネぇ話だ」
「おやおや。これは随分と嫌われてしまったものです。元々は同じ所属だったでしょう?」
「……あ゛あ゛?」
明確に機嫌を損ねた。うん、この反応ならきっと間違いない。
「棄教者の多くが犯罪者になるのはオラクルの不平等によるものだというのは理解できます。ですが、あなたがここにいる理由が分からない。破砕部隊はそこまで過酷でしたか?」
「……」
「今の貴方は誰が見ても間違いなく終末直前です。何故そんな状態になるまで放っておいたのですか」
「……ひひ、ひ、いひ、ひひ」
「……?」
時間稼ぎや挑発も込めていたが彼の何かに触れたようだ。可笑しくてたまらないと笑っているのに、その眼だけが爛々と輝き、右胸から隆起し首と顔の半分を覆っている結晶がほのかに煌めきだす。
「ひひ、ひひひ、ひいぃぃいいっ!」
一瞬だった。大槌を振り上げたと思ったら、地面へ振りおろした。
そのひと振りは大地を揺らし、地面を砕き、衝撃だけで吹き飛ばされそうになるもの。
「……うるせえナあ、ごちゃごちゃよお。下っ端神官風情が、何を知ったような口きいてやがんだ、ええ?」
先ほどと同じようにやや間延びした口調だが、声色から感じられるのは赫怒。
いやあ、切れたら冷静になるタイプっているんだなあ。
とはいえ、これがスタートのようなものだ。状況なんて初めから不利だった。
そもそも生まれてこの方状況が良かったことなんてないんだ。つまりこれはいつものこと。
いつも通りに、何とかやり過ごして、なんとか生き抜くしかないのだ。
そうしたら、ほら。意外と何とかなるかもしれないし。
「教会の下っ端が知るわけないじゃないですか、だから尋ねているんでしょうに」
あの結晶の励起状態から見て今度は最初からオラクルを解放してくるだろう。
【破砕】の能力範囲は触れたもの。【破砕Ⅲ】の能力ともなれば持った武器を通して衝撃を伝えられるというのは予想の範疇。ただそれだけではない気がする。
「死ねやクソガキ」
「生憎、僕は長生きが生涯目標なので」
槌を振り上げた目の前の男が描く軌道を先読みしながら、僕の命がけの時間稼ぎが始まった。
いつでも目隠し代わりにしようと思っていた外套も散り散りに砕けた。
ベルトについていた鞄は既に身代わりになった。
後はと言えばこの手に持った小洒落た手斧くらいしかない。
「ひひっ、いひひ、ひひぃっ!」
相手が培ってきた戦闘技術もさることながら、瘴気を取り込み肥大化した結晶によるオラクルの拡大は僕が思っているよりも相当影響が大きいらしい。
正直、既に2回は死んでいるだろう状況で、尚且つ救援の当てがないのに僕が冷静である理由は、目の前の男の結晶の浸食が思ったよりも早いからだ。
先ほどから意味のある言葉を喋っていない。
ここに来て急に結晶が肉体に浸食し始めたわけじゃない。
そもそももうこうなるのが決まっていたようなものだった。そういう状態だった。
時間を稼げば何とかなる。
確かに目の前の相手は強いが、結晶の浸食によってもはや人としてあるべき理性というものが失われているように思う。
これが力に溺れたものの末路だと言わんばかりに、男は最早獣となっているのだ。
だからと言って相手が弱くなったわけではない。
思考による組み立てや、武術体系などもないからこそ、相手の動きの予想が全く立たない。
「くっ、そっ!」
横薙ぎを回避したと思ったら体ごと反転し縦の振り下ろしに繋げて来る。
男の体からは既に至る所から結晶が突き破って出てきていて、それに伴って出血もしているというのにその目は爛々と僕という獲物を追い詰めようと輝いている。
いくら未来予測に長けた僕でも、要求されている動きについていけるほど体術が優れている訳では無い。
「……まっず!」
既に周囲は男が掘り起こした地面によってボコボコになっている。
体力的にも、精神的にも、集中力が落ちてきた僕が
片膝をついた状態で手に構えていた手斧でもって受け流さざるを得ない。
そうしてピックアックスの先を丁寧に合わせた瞬間、相手のオラクルの力が伝わってきたことを理解した。
手斧の先が砕ける。握っていた手に振動が伝わる。強引に腕を振り抜いて手斧のストラップを引いて何とか後方に体を逃がすが、伝わった衝撃までは上手く逃がせなかった。
【破砕Ⅲ】による攻撃は肩にまではしり、手斧を持っていた左手は使えなくなった。
恐らく指、前腕、上腕それぞれに深刻なダメージが入っているだろう。
痛みに歪みそうになる表情を取り繕い、ぶわっとわき出した脂汗を気にも留めず、腕をぶらりと垂れ下げながらも、僕は笑みを浮かべて男を見据える。
「いやあ、流石にお強いですねえ。あはは」
「ひひ、ひ、ひ……」
獲物を前に舌なめずりする獣と、獲物をいたぶるタイプの獣ではどちらが間抜けか。
時間を使わせることができるのでどっちでもいい、が正解。ただし、こちらは弱った素振りを見せる必要はない。
警戒させようが慎重になられようが、相手に主導権を与えることが良くないことだ。
とはいえ、武器も状態も良くないのは見て明らかだ。だから虚勢を張るのだ。
こいつは油断できないぞ、と。
助けを待っている? いや、周囲には誰もいない。
奥の手を用意している? いや、正直何もない。
それとも本当に今の状態でも問題ない? いいや、大問題だ。
考えさせろ。時間を使わせろ。少しでも早く、開拓村へ救援を届けるために。
「あれー? 昨日のお兄さんじゃん。何してんの?」
何処か能天気な声が聞こえた。土を踏む音も軽く、この場の空気と全く違う、場違いな音。
視線を向けた先には、今朝起きた時には消えていたと思った少女がそこにいた。
「え、無視? 割とショックなんですけど」
「……あー、えーと」
「あー、喧嘩してた感じ? ふーん」
何でこんなところにとか、この状況を見て察せよとか、まずいと思いながらも最適解を得るためにぐるぐると脳を働かせても、言葉に窮する。
「とりあえず、ここから離れたほうがいいよ」
「何で?」
「え、いや、何で? いや、何ではこっちのセリフ」
「私関係無くね? 無いよね?」
この子は一体何を言っているんだろう。
明らかに現状を理解していない。何より僕の腕を確認して、結晶塗れの男をきっちりと視界に入れたうえでそれを言っているのだから始末に負えない。
「つかお兄さん、あれに勝てんの?」
「さあ?」
「ふうん。ま、負けても次勝てばいいもんね」
負けたら恐らく次は無いんだよ。
そんな事実を口にするのもどこか違うような気がして。
こちらを警戒するように立ち位置を調整する相手に合わせて、こちらも体の向きをじりじりと変える。
「下がって」
君を狙っているから、とは言葉に出さない。
既にこの少女が目の前の男とグルだった可能性については却下した。
いや、そもそもここからは見えないが、周囲には人を配していたはずだ。当然壁のように使用していた倒木の向こう側にも人がいるものだと思っていた。
僕が倒した数人はすでに回収されて道の脇に倒れているかと思ったが、それもいつの間にか消えていた。
「あれ? もしかして私も狙われてんの? 何で?」
「あのさあ……、いや、それは君が……」
ここに至りどうにも空気を読むということが出来ない、何処か間抜けな子に一言申し上げようと振り返る。
昨晩とは違い、陽光の下のフード越しであっても失われぬその美貌を間近で視界に入れてしまった。
身に纏う衣服は全身が黒。差し色は
絹糸のようにさらりと流れ落ちる髪の隙間から覗く瞳は初夏の晴れ渡る空を思わせる鮮やかな群青色。肌の白にも髪の白にも合う神秘的な色。
間違いなく、これまで見てきた女性の中でも一二を争うほどの美しさなのに、どうしてだろう。
その全体的な印象から、僕の口は勝手に暴言にも等しい言葉を吐き出してしまった。
「……魔女?」
この国における禁忌とされるもの。歴史の中に何度も出てきた厄災と同じものだと宣った。
僕の生涯における最大の失言だった。
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