2.白の少女
「いやあ、こうなると流石に面倒臭えっすねえ」
「あはは、素人ですいません」
「先生、こう、派手にぶっ飛ばしたりできません?」
「【怪力】系のオラクルを持っている人なら簡単かもしれないですけどね」
まだ夜も明けない時分だが、僕たちは何度目かの妖鬼の襲撃を受けていた。
1体1体の強さは大したことは無いが、こちらに向かってくる数がどうにも多い。クリスティアンがいくら身体的に丈夫だと言っても、体力が無尽蔵にある訳では無い。
「あれ? そう言えば【怪力】と【剛力】ってどっちが強力なんすか?」
「強力というか、種類と効果が違いますね。【怪力】はパワー系のパッシブ効果。【剛力】は重さによる移動デバフ無視ですね」
「さすが判定士の先生。オラクルマニアっすか」
「判定士やってたら嫌でも分かりますよ」
そもそもそれが判定士の仕事なのだから。
実際に判定士はオラクルを授かったクリスティアンの前で自分のオラクルを使うとその名前が浮かぶ。その時点で分かるのは名前だけだが、通称オラクル辞典なるものが存在しそれを参照して判定を確定させるのだ。
判定士が協会に所属しているのはそのオラクル辞典が教会にのみ存在しているからだ。だからこそ判定士として活動するには教会に所属する必要がある。
「【判定】にはなんか近いのあるんすか?」
「オラクルに関しては無いと思います。オラクルだけを知ることができるオラクルが【判定】ですから」
「あー、じゃあ海外の【観察】系スキルは先生からすりゃ反則みたいなもんですか」
それこそ小耳にはさんだ程度だが、海外には見たものの詳細を知ることができるというスキルがあるとか。ただまあ、この地にそういった人が少なく、僕のような判定士が働けているのにもちゃんと理由が存在する。
「【観察】系スキルだと、オラクルの判別は出来ないらしいですよ?」
「え、そうなんすか?」
「はい。【観察】系スキルを持っていた場合、国内ではスキルの効果がブレるときいたことがありますから」
「へー。そうなんすか」
サクサクと飛びかかってくる4つ足の妖鬼を捌きながら、シアンさんは空気が漏れるかのように相槌を返す。まあ知っていたか興味が無いんだろうなあ。仕方ない、特別仲がいい相手と言う訳でもないし。
スキル自体は海外からやってきた人が持っているもの、という印象だ。こちらのオラクルとは微妙に違うもの。
「いやー大分時間かかっちゃいましたねえ」
「村に向かうハズだった分をこちらで処理できたと考えましょう」
「そっすね。んじゃすぐに埋めて街に向かいますか」
走らせ続けているうえ、囲まれたり襲われていないという状況は幸運だ。もちろん馬が、だ。
野生動物に関して言えば、僕らクリスティアンと同じように結晶が宿っているという話は聞かれないが、それはあくまで表向きの話。
国内で発生した全ての生物はほぼ確実に結晶がある。その存在を秘匿するのは教会の方針であり、各町を統治する貴族や王の方針でもあり、また海外から来た冒険者に対する方策でもある。
結局のところ結晶という資源が流出することや利用価値を見出されることが問題になると考えているわけだ。それに関しては僕もある程度納得できる部分がある。
休憩を挟みながらほとんど丸一日走り続け、明日の午前中には最寄りの都市であるストウィッチにつこうかというタイミング。
僕たちは最後の休憩として足を止めていた。
「何とかここまで来れたっすね」
「ええ、本当に何事も無くてよかったです」
いろいろと懸念はあった。とりあえず必要な食料や野営道具などをひっつかんでやってきたのだが、そういった準備不足を覚悟のうえで急ぐ必要があった。
「じゃ、お先にっす」
「はい、お休みなさい」
早めに休んだシアンさんは伐採者グループの斥候役。そんな人を先に休ませる理由など一つしかない。彼の力が必要になる場面がどこかでやってくるからだと、僕も彼も分かっているからだ。
妖鬼とは瘴気の影響で野生動物が狂暴化し、結晶化を起こしたもの。
この現象が起こるのは何も野生動物だけではないということだ。
既に火は消してある。風が吹く度にざわりとざわめくように噂話をする木々。
話の内容が理解できるわけもないが、その話は僕たちのことを指しているような気になって、僕は薄目で周囲に視線をはしらせる。
結局何もないことを確認して再び意識を薄く延ばしていく。
僕は経歴としても伐採者であった過去は無いが、一人で長旅をした経験はある。
単純な野生動物や徒党を組んで襲ってきた妖鬼と汗が止まらないくらいに追いかけっこをしたこともある。
そんな僕が警戒するのは現状では一つしかない。
「こんなところで何してんの?」
それは突然だった。
白の中に落とされた黒。空白に生まれた質量。自然の中に生まれた明らかな異物。
気配があるとか無いとかそういう話ではない。
振り返った先には奇妙な格好をした細身で小さな影。雨用のマントにしては短すぎる上着に肌に張り付くようなズボン。どこか頼りなさそうな紐靴でとにかく華奢な印象。
そしてそれらをすべて吹き飛ばすように、風に揺られ月光を反射する白銀の髪。
フードから覗くその顔はその髪によって遮られているが、目の前の彼女が美しいことはすぐに理解出来た。
「こんなところでキャンプ? 町はすぐそこよね?」
「……すぐではありませんが、夜中に入ってくる者には少し厳しめにチェックを受けますよ?」
「ふーん」
明らかに変わった格好。明らかに場違い。明らかに異常。全てがおかしい。
知らずじっとりと湿る背中とぽっかりと隙間が空いた喉から出た声はおかしくなかっただろうか。
お互いにフード越しに視線を合わせる。
普段はしないが、こういう時は真っ先にするべきがオラクルの発動。特に僕のそれは相手の行動を予測するのに役立つ。
すっと視線を細めて彼女を見る。
【×××】
「……は?」
「なに?」
完全に予想外だった。何も表示されない。何通りもの文字を重ねたかのような黒塗りのそれ。
彼女はオラクルを隠している? いや、そもそも相手が海外のスキル持ちであってもこんな反応はしない。
「いえ、ふと、え、一人? と思いまして……」
「そだよー」
彼女がこちらを追い越すようにしてわざわざ視界の中に入る位置にやってきた。木の根元に腰掛け、背負っていた鞄を下ろし始めた。どうやらここで同じように休憩するらしいと見た僕は、再びオラクルによる判定を試みる。
【星読み】
出た。良かった。いや、良くない。
先ほどは上手く彼女を捕らえられなかっただけか? いや、そういう失敗はしたことが無い。ではやはり隠している?
思考をぐるぐると巡らせている間に、目の前の彼女は鞄の中から出したであろう鉤爪とロープを持って、木に向かって投げた。
え、いや、何してんの。
「え、何してるの?」
「ん? 私は上で寝るから。あ、起きたら声かけてよ」
こちらの返事など待つ気もないのかするすると上って行き、良さそうな枝の上で落ち着いた彼女はこちらに手を振ってフードを目深にずらした。
ゆっくりと息を吐く。力が抜けたことで今更ながら手を握りしめていたことに気付いた。
じんわりと滲む汗に気付いて今更ながら緊張していたんだと理解した。
幸い敵対してくるような様子はなかったが無警戒でいるほど暢気ではない。
深く息をついて今あったことを思い返す。
いつの間にか背後を取られていたこと。静かな森の中で火も消していた。そもそも火を消すのは煙と言う意味でもそうだが相手に見つからないようにするため。
野生動物や妖鬼もそうだが、クリスティアンは海外の人間に比較して身体機能の平均値が高い。もちろん視覚や嗅覚に特化した相手に対して有利をとれる訳では無いが、情報を絞って選べば暗い森の中で明らかに不自然な音を聞き逃すということは少ない。
僕が聞き逃しただけ? シアンさんなら気付けたか? ここを考えてもしょうがないか。
個人的にはその後だ。
オラクルを見極める【判定】が異常な反応を示した。
僕のオラクルの判定は種類は勿論だがその深度がわかる。
因果関係がある訳では無いが、クリスティアンが持つ結晶はどれだけ肉体的に結びついているかによって深度というものが深まる傾向がある、らしい。
シアンさんは【身軽】のオラクルを持っているが、僕が見たところ【身軽Ⅲ】という段階だ。無印と数字付きは実は結構違う。そのうえⅢはかなり珍しい。そして強力だ。
肉体的な結びつきがあるとは言ってもそれが健康的に良くないことだとは言われていないことから、恐らくは年齢や使用頻度だと思う。もちろん例外はあるが。
だからこそ僕が町へ応援要請に行くとなった時に指名されたのがシアンさんだったことで、たった二人で集落を出ることを決断したというのもある。
つまり、僕の判定も【判定Ⅱ】とか【判定Ⅲ】の可能性がある。自分自身を判定したことは無いが、僕を判定した人が僕の深度を見ていない、もしくは知らせてくれなかったのでここはよくわかっていない。
僕自身【判定】のオラクルについて詳しいことは分かっていない。そもそも判定したオラクルが数字付きだということもあまり他の判定士は知らないようなのだ。
最初はオラクルの種類の違いかと思って辞典を隅から隅まで読み込んだのが懐かしい。【頑強】の数字付きの場合は頑強になる部位ではなく、強化度合いの違いなのだ。そんなことすら最初は知らなかったのが懐かしい。
シアンさんの持つ【身軽】は主に体重移動、敏捷性と跳躍動作に補正が入るものだ。Ⅲともなれば森の中で木から木へ飛び移ることもできるだろう。見たことは無いのだけれど、少なくともそれくらいは軽くこなせるはず。
思考を戻そう。僕の記憶にあったかどうかも定かではない【星読み】のオラクル。
恐らく【占い】【占星術】の類ではないだろうか。
占い師と言うのは神晶国では時折見かける存在だ。大きな町の外れか、名のある占い師であれば店を持っていることもある。
彼ら、彼女らの占いのメインは天気だ。なんなら村長や町長、果ては貴族までもがその占いの結果を見て政策を変えるなんてことがある。
僕が見たことがあるのは【占いⅠ】くらいだが、もしかしたら【占星術】のオラクルを持った者を貴族が抱えていたとしてもおかしくはない。
そして今木の上にいる彼女もその類、なのだが。
【占い】や【占星術】のオラクルを持った者がたった一人でこんなところにいる、と言うのがおかしい。
確か戦闘や狩りに使えるものでもなかったため、何かあれば自分の力のみで対応する必要がある。そもそも、この森のこの位置、ストウィッチに向かうつもりなら、自ずと北から来たことになる。そしてこの森を経由していけるところなんて最北の開拓地しかない。
しかし彼女のような存在は見たことが無い。
であれば、やはり彼女は限りなく黒に近い灰色。
薄目のまま自然の中に気配を混ぜる。
先ほども言ったが、今一番怖いのは大打撃を受けた開拓地から火事場泥棒を働こうとする人間だ。
クリスティアンに宿る結晶やオラクル、これらを用いて何をするかは人による。この国の人間の全てが過去に輝石へ祈りを捧げてオラクルを授かるのと、個々人が持つ良識や社会通念は別なのだ。
それは善悪に限らない。【身軽】を持つシアンさんが伐採者をしていても、他の【身軽】持ちは船乗りだったり木こりだったりはたまた商人だったり。宿ったオラクルと本人が望む未来は別にあるのだ。
判定士として、個々人の
中には決定的に道を踏み外すものもいる。そういった道を踏み外した存在とかち合うかもしれない可能性を、あの白い少女は秘めている。
静かに、しかしゆっくりと時が流れる中、もう少しで朝を迎えるであろう明け方。
それは群れを成してやってきた。
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