魔女の裁判

七取高台

1章

1.ここは神のイシの国



 やあ。突然済まない。僕の名前はオットー。何の変哲もない一人の結晶人クリスティアン。僕は今、普段乗ることの無い馬に激しくシェイクされている。

 いろいろ事情はあるが、僕が町につくまでに腹の中のものをその辺にぶちまけるかもしれないことなどお構いなしに森の中の道を爆走しているのには理由があるんだ。

 簡単に言ってしまえば村、いや良く言っても集落かな? ともかくそこがピンチなのだ。


 詳細なことは分かっていない。起こった事と言えば地揺れとそれによって発生した、大規模なによって集落が崩壊したことだ。

 数年前にその集落に赴任した僕は今回の結晶化によって怪我こそないものの、集落にいた人の中には怪我をした人や行方が分からなくなってしまった人も多い。

 今は集落の南側を横断していた川を越えたあたりにキャンプを張っているがそれもいつまでもつか分からない。そのためこの辺りでは大きな都市であるストウィッチまで応援を要請することになった。


 ちなみにだが、神晶国内では未開拓地から発生している瘴気の影響による妖鬼の出現こそあるが、他国の者が恐れるような竜種やそれらと同格と言われる神獣といった存在は本当に少ない。この国の伝承にあるもののうち、本当に危険とされるのはどちらかと言えば人型であることが多い。

 この辺りに出る妖鬼であれば鳥類以外であれば振り切れる。そういう意味でも大丈夫だとは思うんだけど。


 話を戻そう。キャンプ地で拠点を無くした皆が真っ先に頼るべきだと指名したのはストウィッチの教団関係者か、伐採者と呼ばれる人たちだ。

 この国は神晶国というように、一つの物体を信仰対象にしている。それが輝石と呼ばれるものだ。

 クライスト神晶国において生を受けた民は、皆がその身に結晶を宿している。この国において自身が持つ結晶はこの地に生を受けたものであるという証であり、そして輝石を信仰するのはこの国に生まれた者達の定めでもある。

 輝石信仰。それがこの国、クライスト神晶国を代表する最も著名なものではないだろうか。


「先生! 大丈夫ですか!」


 先生などと呼ばれても僕自身、何かを教えるという職についている訳では無いけどね。

 しいて言えば僕自身が持つ結晶に宿った奇跡オラクルがそういった側面を持っているというだけで。


「大、丈夫、ではありません! っが、何とか!」


 何とか馬に乗っている、と言えるのかなあ、これ。

 乗馬の訓練をしていない訳では無いが、頻繁に馬に乗るということをしてきたわけでもない。必死にしがみつくようにして前を走る伐採者のシアンさんについて行かせているだけとも言える。


「頑張ってください! あと少しですよ!」

「は、はいー!」


 馬を走らせても3日はかかると言われている道を爆走させているとはいえ、流石に状況が状況だ。急いで何とかしたいと思う気持ちがある反面、何とかしてこの状況を終えたいと思う気持ちと、どうしてこうなったと思う気持ちが共存していた。







 最北の開拓地。僕がいた場所はそう呼ばれる。そもそもこのクライスト神晶国に置いて未開拓と呼ばれる土地は今や北にしかない。

 この世界の中心に位置するクライスト神晶国は周囲を海によって隔てられた島国で中央を東西に分断するように山脈が貫いている。北の開拓地はその東側に


 さて、未開拓地と言ったがただ単に人類未踏の地であるということ以外に、この国には特徴がある。それが瘴気と呼ばれるエネルギーだ。

 そもそもこの瘴気と言う呼び方は外の国から来た冒険者たちが名付けたらしく、それ以降その呼び名が定着したものだ。

 曰く、人間の体を冒し体を悪くするというものらしく、海外でも地域性の差はあれど凡そ観測されるものである。そしてその瘴気に感染し本来の性質を失い狂暴になった存在を妖鬼と呼んでいる。

 これも海外では魔物や穢物えもつなどと呼んでいるらしいが、この国ではいつからかそう呼ばれているのだ。


「何でです?」

「さて、諸説ある様ですけど、詳しいことまでは」


 ようやっと馬から降りて僅かな休憩をしている僕は一緒について来ていただいたシアンさんにご高説を垂れ流していた。

 このシアンさん、比較的最近開拓地にやってきた伐採者グループの斥候役で、【身軽】のオラクルを持つ青年だ。


「判定士の先生でもわかんないっすか?」

奇跡オラクル由来ですから。正誤のほうは【看破】とか【真贋】持ちじゃないと」

「それか【真理眼】っすね!」


 目に由来する奇跡。数多ある中でも一等強力なそれらを出されると自分の能力が如何に平凡か思い知らされる。

 僕は本来開拓地のような前線ではなく、人が定住するような場所で用いられる奇跡を持っているのだ。


「……まあ、そうですね」

「あら? その感じだと違うっすか?」

「いえ、【真理眼】はあくまで噂程度のことしか知らないので」

「まーそうっすよね。教会上層部か王族にしか出てないんでしたっけ?」

「過去の事例で言えば3件ですね。歴代の枢機卿に1名、王族に2名いらっしゃいました」


 奇跡は皆に平等に降り注ぐ。そんな教義を謳っている輝石信仰だが、まあそんなことは無いだろうなと、この国にいる者ならみんな気付いている。

 奇跡は不平等だが公平に降り注ぐ。こちらの方がいくらか正確な言いまわしだろう。


「先生、こっち来てから【判定】使ったっすか? どんなもんなんです?」

「普通ですよ? 奇跡の名前がわかるというだけで」


 多少の差はあるがクリスティアンの子供たちにオラクルが宿るのには個人差がある。5つに満たない子供がオラクルを宿すこともあれば、10を超えても宿らないものがいる。

 一番肩身が狭いのは教会所属の巡礼者だろう。決まった場所に留まらず、各地を放浪しながら行く先々で教えを説く。あまり他との交流の無い場所まで出向いては希望者を案内し教会で祈らせオラクルを宿らせる儀式、神託の儀をしたとしても、宿るかどうかまではわからないのだ。責任の所在を明らかにしようとして強く出てくる相手に対して対応を間違えると簡単にその首が飛ぶのだから、巡礼者は大変だ。本当にご苦労様です。


 ちなみに大抵はどの町にも教会と司祭や牧師がいて儀式を執り行うが、規模が小さい集落なんかは巡礼者の割り当てになっている。いろいろと思うところもあるが、巡礼者の人はどこか人が良い方が多いので心配だ。実際北の開拓村にも巡礼者の方が何度かいらっしゃっていたし。

 ちなみに僕もオラクルが宿ったかどうかは分かる。そしてそれがなんのオラクルかを判定するのが判定士の仕事と言う訳だ。


「先生先生、ここだけの話、一番変わり種は何だったんすか?」

「言えませんよ、勘弁してください」


 オラクルを宿した子供たちにも、その親にも立場というものが存在するのだから。

 もちろん奇跡と名のつくオラクルに文句を言うことは無い。ただ、望んだものではない奇跡だと、人は残念に思うものなのだ。

 【剣】が欲しかったのに【頑強】というオラクルだったり、【爆破】が欲しかったのに【計算】というオラクルだったり。更に言えば【槍】と【槍術】は違うものだし、そもそも【~術】と呼ばれるものは本当に珍しいと言われている。

 そしてそれを知ることのできる判定士と言う役割を持つ存在は基本的に教会に所属することが義務付けられている。僕も一応教会に所属しているからこそこうしてここまで来ることになっているのだが。




 とりとめのない話をしながら保存食を食べ終え、月明かりが差す木々の間を抜けて再び走り出して数刻。


「やっべぇっす!」

「なんですか!?」

「妖鬼っす!」


 知ってる。風切り音の中に混ざる草を掻き分けるような音に4つ足の動物の足音が聞こえてきていたのだし。

 ものすごく大雑把に言えば瘴気に冒された野犬、狼の類は妖犬、妖狼に。この大陸ではなじみが薄いが小鬼ゴブリン大鬼オーク悪鬼オーガなどは纏めて鬼人に。他には妖鳥、妖樹と言った存在がこの国の人類種の敵として挙げられる。

 これら人類の敵が、元々は共存していたというのは信じられない話だが、まあ今はそんなことを言っていられる状況でもない。


「振り切れませんか!?」

「思ったより距離が開かないっす! どっかで間引かないとまずいっすね!」

「引き連れている間に、っていうか寧ろ今! 数を増やしてるってことですか!」

「そうなるっす! もうちょっと進んだらやるっすよ!」


 そう言って少しの間馬を走らせ飛び降りたシアンさんに続いて僕も飛び降りる。

 当然着地に失敗しゴロゴロと転がるが、


「来るっすよ!」

「いてて、ええ、もちろん大丈夫です!」


 ぽっかりと月明かりが差す休息地に徐々に聞こえてくる妖狼の鳴き声に、僕は愛用の手斧ピックアックスを構えて待ち受けるのだった。




 この国はとにかく結晶というものが関係する国だ。

 僕らにはオラクルが宿る結晶が備わっているし、瘴気を取り込んだ存在はその結晶の力を悪い意味で強くしてしまう。

 それこそ結晶は瘴気の影響を受けやすいと言われていて、伐採者には活動時間というものが定められている。瘴気に近づきすぎると正気を失い狂暴化してしまうからだ。


 つまり瘴気と言うのはクリスティアンにとって毒のようなものだ、と言うことにはならない。

 クリスティアンにはオラクルが宿っているからだ。過剰に取り込むことは確かに危険である瘴気だが、それはオラクルを起動させることによって解消されてしまう。言ってしまえば中毒性のある燃料、くらいのものだろうか。


「ほい、ほい、ほいっと」


 【身軽】のオラクルを持つシアンさんはオラクルを発揮することで妖狼の突進や噛みつき、爪による攻撃を軽い調子で躱し、妖狼の証である結晶の角や体表に発生した結晶を削り落している。

 いくら身軽とはいえ妖狼の群れを相手に軽々と立ち回るのは彼が経験豊富な伐採者だからだろう。


 妖狼の大部分をシアンさんに引き受けてもらったからかこちらは片手で数えられるくらいの数で済んでいる。

 僕はと言えばピックアックスで間合いを確保しながら背後を取られないように牽制に留める。正直なことを言えば僕だって一通りの戦闘訓練は受けている。しかしそれはあくまで剣や槍、弓くらいだ。ではなぜ自分の武器がピックアックスなのか。


「ほっ」


 飛びかかってきた妖狼を引っかけるようにして地面に叩きつけ、踏みつけて身動きを止めた瞬間に結晶を叩く。この結晶を叩き壊すというのが効果的だからだ。

 妖鬼における結晶とはエネルギータンクでもある。クリスティアンにとっても同じだが、タンクに出来るほどの結晶を持つ人間は限られるので除外しよう。

 そんな結晶を破壊すればどうなるか。答えは狂暴化によって得た力が著しく弱まる。妖鬼は死にはしないが、力が失われたことに茫然としたり、怒りやその凶暴性に任せて暴れたことによる自傷行為の代償を支払うことになるのだ。


 まあ、これは建前でもあるのだが。

 実際は結晶をクリスティアン以外の生物が持つことを否定したがる教会側の思考誘導だったりする。


「これくらいなら何とかなりますね」

「お見事っす。先生も伐採者だったんすか?」

「まさか。戦闘訓練を受けただけの素人ですよ」


 自分の戦闘技術は言葉通りのものだ。ただ単純にクリスティアンの平均値をなぞる程度に過ぎない。それでもこれくらいの対応は出来る。


「遺体はどうします? 出来れば無視したいんすけど」

「教会関係者としては埋めておいてもらえると安心できます」


 これに関しては海外の冒険者を受け入れた際に常に問題となることの一つだ。

 この国での野生動物の狩猟は認められているが、妖鬼の遺体回収は伐採者協会や教会関係者から厳しいチェックを受ける。

 理由は結晶だ。この結晶はどこから産出されたものであっても持ち出しに許可の必要なものだからだ。

 結晶にはオラクルが宿り、瘴気の影響を受けやすい。これを見た海外の識者は結晶をエネルギー変換器だと考えたらしい。海外で魔道具と呼ばれるものの触媒として利用できるのではないかと。

 そんなことを言われれば、当然この国も警戒する。結晶を持っているのはクリスティアンの民であり、また妖鬼と言えど元々はこの国の資源であると言えるからだ。

 それを奪われまいと伐採者という組織によって冒険者を牽制し、海外に出る港町でかなり厳しいチェックが行われている。

 だからこそ、妖鬼の遺体は伐採者協会による検査を受けたものでないと手元に帰ってくることも無く、戦闘の跡を残したことで盗伐の容疑が掛けられることだってある。


「まーしゃあないっすね」


 ちなみに、このシアンさん。海外で出会った女性冒険者と共にこの国に帰国し、新たに根を張ろうと里帰りしてきたクリスティアンである。ちなみに奥さんに結晶は無いが、いずれ生まれてくる子供には結晶が生えているだろう。


「一応僕からも口添えしておきますので安心してください」

「かたじけないっす」


 地揺れは珍しいが、多少なことでは滅多に傷がつかないクリスティアン。やっぱり気にするのはしがらみだよなあ。


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