老害返し

桶星 榮美OKEHOSIーEMI

第1話 老害返し

俺はタクシーに乗った・・・


見慣れたいつもの商店街通り

赤信号でタクシーが止まった時に

無口だった初老のタクシードライバーが

急に話し出す


「お客さん、このスタンドしってます?」

知っている

左に見えるガソリンスタンド

生まれた時から知っている


「私ね、このスタンドの奥さん

 知ってるんですよ」


へぇそうなのか

でも、俺は残業で疲れている

じゃなきゃタクシーなぞには乗らない

会話は遠慮したいのが本心だ

だが初老のタクシードライバーは

遠慮なく話を続ける


「その奥さんと私は

 本当は結婚するはずだったんですよ」


はぁ?・・・


「私、昔サラリーマンでしてね

 その奥さんは取引先で働いてたんですよ」


俺は黙っているのに

タクシードライバーはお構いなく

ぽつりぽつりと言葉をこぼ


「当時は安いアパートに住んでましてね

 そこに飯を作りに来てくれたりして」


俺の視野にはタクシードライバーの

白髪交じりの後頭部が入っている


「会社から急に福岡転勤を言い渡されまして

 本当に急で、二日後には東京を離れ

 福岡へ行かなくちゃならなくて

 まぁ独身でしたから会社も

 気楽に転勤させたんでしょうね」


サラリーマンに転勤は付き物だからな

それにしても猶予が二日とは

今じゃ考えられない話だ


「私が若い頃は携帯電話なんて

 有りませんでしたから彼女には

 公衆電話で連絡を取ってたんですよ」


今や携帯電話は一人一代の時代で

公衆電話なんて見なくなったよな


「彼女に転勤の事を公衆電話で

 知らせようと思ったんですがね

 引っ越しの準備に追われて・・・」


まぁ二日じゃ引っ越しも大変だろう


「それに知らせなくても大丈夫だろう

 待っていてくれるだろうと思って」


その自信はどこから沸き立つんだ?


「ただの仲じゃ無い

 体の関係もあるんだから

 二年くらい黙っていても待っているって

 信じてたんですよ」


おい、マジかよ体の関係って・・・

聞きたく無いわぁ

想像しちゃうわぁ

あー嫌だ

老害だ・・・これは老害だ・・・

俺は今、老害に遭っている


「転勤から戻ったら

 彼女は仕事を辞めていて

 だから彼女の家まで行ったんですよ」


このタクシードライバーの

時間感覚はどうなってるんだ

二年間も音沙汰なしで待つ女がいるかよ


「そしたら、彼女の母親が

 『今ごろ何しに来た』って怒って」


そりゃ親なら怒るだろうさ


「私が急に居なくなって

 彼女は毎日、泣いていたそうで」


そりゃ泣くだろう

ってか、何を勝手に話してんだよ

俺は話してくれとお願いして無い

これだから老害は嫌なんだよ


「『娘は嫁に行った二度と来るな』

 そう言われて追い返されて

 それっきりですよ・・・

 待っていてくれると信じてたんで

 辛かったですよ」


いや、そりゃアンタの自業自得だろう


「それが、つい先日に

 スタンドの前でお客を乗せて

 そのお客が乗るなり

 私の名前を呼んだんで驚いて

 振り返ったら、彼女だったんですよ」


えぇ、会ったのかよ⁈

まさか・・・


「数十年ぶりに彼女に会ったんですよ

 いやぁ驚きましたよ」


俺はそんな話をするアンタに驚いてるよ


「私は言葉に詰まって・・・

 バックミラーで彼女の顔を見るだけで」


前見て運転してなかったのか?


「彼女が『お久しぶりですね』って

 それから身の上を話し出して・・・

 私が急に消えて暫くは心配して

 毎日、泣いて暮らしていたそうで」


そりゃ恋人が連絡もなく突然消えたら

心配するのが正常な思考回路だろ


「半年経っても私から連絡が無いので

 母親から『もう諦めて見合いをしろ』

 と言われ見合いをして嫁に行ったそうで」


その母親は至極真面しごくまとも


「見合い相手がスタンドの社長で

 前妻を亡くした一回り近く年上

 しかも子持ちの男だったのに

 後妻に入ったそうなんです」


それがどうした?

別に何の問題もないだろう


「旦那は大事にしてくれて子供も懐いて

 商売は繫盛して幸せに暮らしているって

 着ていた着物も上等な物でしたよ」


確かに、あのスタンドは繫盛してるよな

だから金には困らないだろう


「いやぁ彼女が幸せに暮らしていると聞いて

 何だか安心しましたよ」


男って奴は未練がましくて

過去の女を忘れない生き物だから

この言葉は噓だと俺には解る


「彼女がね、降り際に

 『何であの時、連絡くれなかんです

  心配しましたよ、待ってたんですよ』

 そう言って消えて行きましたよ

 それはこっちの台詞ですよ

 なんで待っていてくれなかったんだって」


連絡を待ってたのか・・・

いやいや、今じゃ無くて当時は、だよな

それにしても、

このタクシードライバーはクソだな

こんな自分勝手な男と結婚してたら

ガソリンスタンドの奥さんは

不幸になっていたに違いない


「お陰で私は未だ独身ですよ

 本当に割に合わない話だ」


そりゃアンタの人間性に問題があるからだろ


「お客さん着きましたよ

 私の詰まらない身の上話なかして

 済みませんでしたね」


はぁ⁉済まなかっただ⁉

なんで金払ってまで

知らないジジィの昔の恋愛話を

一方的に聞かされる、こっちの身になれよ

これは世にいう老害だろうが!

マジ老害だ!

腹立つぞ老害ジジィ!


ただ、心底思うのは・・・


「貴方が僕の父親じゃ無くて良かった」

「はぁ?」


「貴方が夫だったら、

 きっと母は苦労したと思います」

「もしかして、お客さん・・・」


何だ?タクシードライバー急に顔色を変えて


「そうなんですね」


はぁ?何が?


「お客さん、彼女の息子さんなんですね」


えぇ⁉何でそうなる?


「それは済まない事を・・・

 母親の過去の恋愛なんて

 知りたくないですよね」


そりゃ息子は母親の過去の恋愛話しなんて

聞きたく無いよ

しかも当事者の男からなんて

でも俺は、

アンタの過去の女の息子じゃ無いよ


「本当に申し訳ない」


いや違うんですけど・・・

勘違いなんですけど・・・

ただ老害に腹立てて言っただけなんですけど


「お詫びに料金はけっこうです」


えっマジ⁉

いいの⁉

運賃無料なの⁈

これって罪にならないのか?・・・

俺は、

違います僕は貴方の元恋人の息子じゃ無いです

と言いかけた言葉を飲み込んだ

・・・これはお返しだ、

香典にお返しがあるように

老害の被害に遭った俺への返戻金だ

老害に苦しむ若者代表として

堂々と胸を張ってお返しを頂こう

ありがとう老害返し!


    ————完————




 






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