第2話
回想をやめて、燈は目の前の校舎を見上げた。
私立鳥羽高等学校。
ここ、
理由は、実の〝父〟と〝母〟が通っていた学校だからである。
校舎の中へ入り、二階へ上がる。
教室は東棟に密集しており、理科室や家庭科室などは南棟にある。職員室も同じく南棟だ。さすがマンモス校とだけあって、教室数は多いうえ空間はそれぞれ広い。昼休みになれば、これでもたまに人とぶつかったりするレベルだ。
廊下を歩き、奥の曲がり角の手前に2-5──燈の在籍するクラス──がある。その奥のほうが2-6になる。
教室に入った。中にはたった四人ほどしかいない。
「お、女帝、おはよー」
と、ひとりの男子が言った。
つづいて、
「おはよーう、火野さん」
「燈ちゃん、おっはー」
といったふうに挨拶をしてくる。
燈はそれぞれに笑顔で挨拶を返しながら、自分の席に向かった。椅子に腰かけて
「美紀って、放課後になにか用事あったっけ」
「え、ああ、うん。今日、親が遅いから弟の晩飯つくらなくちゃいけないんだよ。だからお誘いは──って、なにその顔」
言われて、燈は自分の顔に手をあてがう。
唇の端あたりがつり上がり、頬の肉が盛り上がっているのがわかった。つまり笑っているのだ、自分は。誰にも邪魔をされずに志摩先生へ告白できることで、舞い上がっている。
とくに美紀は意外にも噂好きなうえ口が軽い。
志摩先生への想いを秘めていた、鳥羽の皇女ないし女帝──などと学校中に広まれば、いままで築いてきた名声が一瞬にして途絶えてしまう。そしてまたべつの名(迷)声が広まっていくのだ。
「いや、べつに」
「なんだかイヤな感じだな」
と、不満そうに唇をとがらせる美紀。
燈はそんな美紀をよそに、メイクミラーで前髪を整えていた。
「そういや、なんか最近物騒だよな」
うん? と燈は生返事をしながら、耳をかたむけた。
「昨日、飛び降りがあったんだそうだ」
「……飛び降り?」
メイクミラーをカバンの中にしまって、燈は彼女に目を向けた。美紀もまた真剣な表情で燈を見ていた。
「知らないのか。まあいい。──北側の山に廃校舎があるだろ? アレは昭和のころにあった小学校らしくてさ。予算が足りなくてずっと取り壊されずに残されていたわけだけど、昨日に飛び降り自殺があったんだと。しかもふたりな。ひとりは即死で、もうひとりは一命をとりとめたって。ただ、大けがなうえに意識不明のまま入院中らしい」
「……そう」
燈はうつむいた。
なんだか朝から気分が沈む話だった。
「で、だ。ひとりは白鳩女子の生徒で、もうひとりはうちらの学校の生徒なんだって」
「え、どっちがどっち?」
どちらが死んで、どちらが生きているのか。
〝職務上〟訊くべきことだった。
「たしか、死んだほうがうちらのところだったっけな」
「マジか……」
これがただの噂ならよかった。
たいていの噂はどこどこのだれだれさんの軽い口から出たデマである。
エンターテインメイト性に富んだただの小話にすぎない。下手をすればそこらの三文小説よりつまらないものだらけだ。だが、もしかしたらほんとうなのかもしれない、というギリギリのところがより面白味を際立たせるのだろう。リアリティよりもインパクト、けれどほんのちょっぴり現実味があったほうが、噂は流行る。
けれど、今回の場合は事実なのだろう。今朝がたに報道しているはずだし。
「ていうか、すごい食いつきようだったね。そんなに気になるもん?」
と、美紀は意外そうに目を見開いて訊いた。
燈は反応が一瞬遅れて、
「……えっ、ううん! そんなコトないない」
とかぶりを振った。
もしほんとうに死んでいるほうが鳥羽高の生徒であったなら〝調査〟しなければならない。とはいえ、どちらにせよ深夜零時にここへ足を運ばなければならない。今日は週に一回の〝調査日〟だからである。
「私、ちょっとト──お花を摘みにいってくる」
「ああ」
美紀がうなずいて、燈は立ち上がった。
教室を出て、トイレに駆け込む。幸い廊下には誰もいなかったのでよかったものの、いまの慌てようを見られたら、尿意百パーセント女とあだ名されるに違いなかった。
三つ個室を見て、誰もいないことを確認し、奥の個室に入った。ポケットに入れておいた携帯を取り出し、『バカ師匠』に電話をかける。
「はい」
と、凛と澄んだ声。
聞き惚れそうなぐらい良い声だが、そんなコトよりも、
「ねえ、昨日に飛び降りがあったの知ってる?」
「ええ」
「あんたのところにひとり、飛び降りた生徒がいるはずなんだけど。合ってる?」
「そうよ」
「なら……あとで入院している病院教えてくんない? なるべく早く」
「わかったわ。──それと、それが人に物を頼む態度?」
「あー、マリア様、どうかわたくしめのような無知無能に教えてくださりませんでしょうか」
「はあ」
と、電話越しにため息が聞こえてくる。
「いまからあなたの学校に行って、さっき録った音声を放送にかけてやりたいわ」
「ごめんなさい、それだけはやめてください」
「それでいいのよ」
燈は、ちぇっ、と舌打ちした。
直後、「舌打ちしたわね?」などと彼女が訊いてきたのでぎくっとなった。
「それはさておき。
「私だって負けず劣らずの優等生だわよ。なにせ『鳥羽の皇女』だから」
「そのあだ名、ふつうに気に入っているわよね、あなた」
「言われて気持ちいいんだもの」
「……あっそう」
「それより」
と、話すをもどすことにした。
「もしかしたら、その優等生さんが例の?」
「わからないわ」
彼女は即答した。
「あなたの学校のほうではどうなの。欠席者はいるかしら」
「そりゃあごまんといるわよ」
「そうじゃなく……たとえば、さっきみたいに無遅刻無欠席の子が急に休みだした、みたいな」
うーん、と唸りつつ、クラスの中にいる無遅刻無欠席の生徒が誰なのか思い出してみた。
(
女子にももちろんいるが、今朝がた姿を見た
「ま、もしかしたら先生から連絡があるかもしれないし。こっちでもいちおう調べてみるからさ」
「そう。わかったら連絡ちょうだい」
と、彼女が了承し、燈は電話を切ろうとした。
「待って」
という声がかかり、慌てて耳にあててみる。
「たしか、今日は
「うん。あんたも行くでしょ?」
「その件なんだけれど、用があって今夜は付き合えないの。そういうわけだから、ひとりでやってくれるかしら?」
「え、なんで!」
「プライベートについては話さない。それが〝協定の条件〟だったでしょう?」
くすくすと笑うような声が聞こえてくる。
頭にきて燈は怒鳴ろうかと思ったが、しかし一方的に電話を切られてしまった。しばらくのあいだ液晶画面を見つめながら、ふつふつと沸き上がる怒りをおさえようと深呼吸をした。
「このバカマリアーーーーーーーー!!!!」
──無理でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます