Voice.23

陽キャアイドルの幼なじみのライバルの話をした件について

 篠原が受けた演劇部のオーディションの結果は、週が明けた月曜日に発表された。

 放課後、昇降口で靴をはきかえている篠原に聞いた。


「結果はどうだった?」

「ダメだったー……。ヒロインのアリアは笹山さん」

「そっか」

「なんとか役はもらえたんだけどね。主人公達が旅先で寄った街でアリアに回復魔法教える少女役」


 オレは前篠原が持ってきていた劇の脚本の原作小説とコミカライズを読んでいるから、すぐに想像できる。


「あの序盤に出てくる女の子か」

「そう。パーティーには加入しない子」


 篠原は、どうせならパーティーに入って旅したかった、と呟く。

 オレは篠原をなだめた。


「それはしょうがないな。でも役もらえたってことは篠原の演技がよかったってことだと思うぞ」

「そうかな?」

「うん。だからそんなに落ち込むことないって」


 すると、篠原はうなずいて笑う。


「そうだね。また次のオーディション頑張るよ」


 そして、オレは篠原と別れて家までの帰り道を歩く。

 すると、交差点のところで女性に声をかけられた。


「すみません」

「はい」

「ここのケーキ屋さんに行きたいんですけど、マップがおかしいみたいでたどりつけなくて」


 女性はそう言って、スマートフォンの画面を見せる。

 ケーキ屋はすぐ近くにあって、矢印はその反対方向を向いていた。


「あの、ケーキ屋は反対方向にあります」

「え!?」


 オレが言うと、女性は声あげてスマートフォンの画面を見る。


「やだ、本当ね。恥ずかしいところ見せちゃった。ごめんなさい」

「大丈夫です」


 すると、女性がオレを見て言った。


「あれ? 君、もしかしてこのあいだ本屋さんで本拾ってくれた男の子?」


 そう言われて、オレは先週の金曜日のことを思い出す。

 そういえば、女性が本を落としたのを見てそれを拾って渡したな。


「そ、そうですけど」

「やっぱり! 娘が通ってる高校と同じ制服だから覚えてたの」

「娘?」

「笹山美月っていうの。1年2組なんだけど」


 笹山のお母さん、ってことはこの人――。


「もしかして、竹野美桜さんですか?」


 オレがそう言うと、女性は驚いた表情をした。


「私と美月が親子だって知ってたのね」

「このあいだの生放送観たので。あと、親子だってことは笹山から聞きました」

「へー。君、名前は?」

「瀬尾拓夜です」


 オレが答えると、笹山のお母さんは笑って言った。


「ねえ拓夜くん。お腹空いてない?」


 ――その後。

 高層階ビルのワンフロア。

 グランドピアノが置かれ、ピアニストのクラシックの演奏が流れる高級レストランの席に、オレは座っていた。

 笹山のお母さんは店員につがれた赤ワインを一口飲んで、嬉しそうな顔をした。


「ここのワインはいつもおいしいわ」

「そ、それはよかったです」


 オレは笹山のお母さんに連れられて、一緒にケーキ屋に行った後、初めての高級レストランに来ていた。

 目の前にはおいしそうな肉のステーキの皿が置かれて、その両隣にはナイフとフォークが置かれている。

 ナイフとフォークはどう使うんだっけ。

 たしか姉ちゃんが教えてくれた気がするけどいきなりこんなところに来たから思い出せない。


「あ、あの、オレがケーキ屋まで案内するのはわかるんですけど、なんで一緒に食事までしてるんですか?」


 オレが聞くと、笹山のお母さんは言った。


「道案内してくれたお礼と、美月のことが聞きたくて」

「笹山のこと?」


 すると、笹山のお母さんはうつむく。

 そして、言った。


「私、あの子のこと何も知らないから」


 それから、続ける。


「私は美月が幼稚園の頃まで仕事を休んでたんだけど、美月は小さい頃から手のかからない子だったの。イタズラもしないしわがままも言わない。とにかく物分かりがよかった」


 笹山のお母さんはステーキを切り分けて食べると、ワインを飲んだ。


「でも、美月が小学生になって私が仕事に復帰してから、私が出演する作品で演じる役が母親役ばかりになったの。それから、なんだか美月がよそよそしくなって……。学校でのことを聞きたくても、私が仕事が忙しくて家に帰ると美月はもう寝てる、みたいなことが多くなったの。だから拓夜くんなら学校で美月がどうしてるか知ってるかなって思ったの」


 オレはステーキを食べるのをやめて、ナイフとフォークを置く。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「笹山は、学校で人気があって……でも人気だから、芸能人の娘だからって気取ってなくて自然体で……でも――」


 それから、続ける。


「なんとなく……なんとなくだけど寂しそうな気がします」


 オレがそう言うと、笹山のお母さんはため息をついた。


「やっぱりそっか」

「すみません。同じ学校の友達のお母さんにこんなこと言って」

「いいのよ。私も普段の美月が知りたいし」


 笹山のお母さんはそう言って笑う。


「どうしたらいい母親になれるんでしょうね。母親役はできるのに」


 その嘲笑ぎみの言葉に、オレは何も返せなかった。

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