陽キャアイドルの幼なじみとオーディションの練習をした件について

 ――その夜。

 オレは篠原に呼び出されて、篠原の家に来ていた。

 篠原の部屋で話を聞く。


「演劇部のオーディションの練習?」

「そう。2週間後にヒロイン役を決めるオーディションがあるんだけど、1人じゃ演技がいいか悪いのかわかりづらいからたっくんに練習つき合ってほしくて」

「いいけど、オレ演技経験全然ないから篠原合わせづらいと思うぞ?」

「演技経験は関係なくたっくんがいいんだよ」

「それなら、さっそくやるか」


 そして、2人で向かい合って台本を読み始める。

 オーディションの話の内容は、とある国の王宮で代々騎士を継ぐ家系の騎士と、その王宮に住んでいた姫の、2人の幼なじみの恋を描いた異世界ファンタジーだ。

 アリアがライバルの国の悪者にさらわれ、ヴァレンティーノは親友と一緒にアリアを助けるための旅に出る。

 いろいろな人と出会い、旅の仲間を増やし、ヴァレンティーノはついにアリアと再会するが、アリアは黒魔法により記憶喪失になっていた。

 なんとかアリアを魔の手から助け出して、一緒に旅をすることになったヴァレンティーノだったが、記憶がないアリアにそっけない態度をとってしまい、2人のあいだに距離ができてしまう。

 オーディションをするシーンは、2人が仲直りをするシーンだ。

 主人公でありヒーローの騎士のヴァレンティーノ・スタークをオレが、ヒロインの姫、アリア・ステラを篠原が演じる。

 篠原が口を開いた。


「……ごめんなさい」

「なんでアリアが謝るんだ?」

「ヴァレンくんが悲しい顔してるの、きっと私のせいだから」

「……アリアのせいじゃない」

「なら、どうして私にそっけないの?」


 篠原が距離を詰める。

 驚いたけれど、今の篠原はアリアで、オレはヴァレンティーノだ。

 これは演技、自分にそう言い聞かせながら続ける。


「それは――」

「私には言えないことで悩んでるんだよね」


 篠原が見透かしたように言う。


「……アリアにオレの記憶がないことが辛い」

「やっばり」


 篠原は寂しそうに笑う。


「アリアには言わないようにしてたのに」

「そうやって隠されるほうも辛いんだよ」

「……ごめん。アリアの気持ち考えてなかった」

「私は、ヴァレンくんには悲しい顔してほしくない」


 そして、篠原はオレの手を取る。


「私には、嘘つかないで」


 そう言った篠原の表情は、柔らかくて、でも優しくて、すべてを包み込んでくれているようだった。


 オーディションの練習が終わって、篠原はアイスティーを飲みながら聞く。


「どうだった?」

「よかったよ」

「でも、私は何かたりない気がするんだよね」

「演じてる本人だからそう思うんじゃないか?」

「私が笹山さんと張り合えるようになるのはまだまだ先かな」


 そう言って諦観ぎみに言う篠原を見て、オレは言った。


「……オレは、演技のことはよくわからないからうまく言えないけど」


 そして、続ける。


「篠原は頑張ってる。だから、いつも通りでいれば大丈夫だよ」


 その言葉に、篠原は目をみはる。


「……うん」


 そして、いつもの笑顔でうなずいた。


「ありがとう。たっくん」

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