Voice.8 まだ教えてあげないんだから

陽キャアイドルの幼なじみには言えない秘密ができてしまった件について

 ――夜。

 自分の部屋から出て廊下を歩いていると、リビングから姉ちゃんと誰かの声が聞こえた。

 気になってドアを開けようとした時、姉ちゃんが言った。


「でもびっくりしたよ。まさかうちの大学になんて」


 ……え!?

 オレは驚いて、ドアノブに手をかけようとするのをやめる。

 すると、姉ちゃんの友達の声が聞こえた。

 

「ちょっと真宵飲み過ぎ。その話は完全に2人っきりの時しか話しちゃダメって言ったでしょ」

「えー、いいじゃん今2人っきりだし。お父さんとお母さんは出かけてて家に居ないしさ」


 声を聞いた限りだと、姉ちゃんと友達はお酒を飲んでいるらしく、特に姉ちゃんはお酒に酔っているのか、声が大きくなっている。

 友達はそんな姉ちゃんに焦っているらしかった。


「でも弟くんは今家に居るんでしょ? 私のことバレたら大騒ぎになるって」

「大丈夫大丈夫。拓夜は今自分の部屋に居るから聞こえてないよ」


 姉ちゃん、オレ今ここに居るしめちゃくちゃ聞こえてる。

 どうしよう、部屋の中がすごく気になるけど今リビング入ったら話聞いてたのがバレる。

 すると、姉ちゃんの友達が言った。


「あ、マネージャーさんから電話だ。ごめん、ちょっと廊下出るね」

「わかったー」


 そして、姉ちゃんの友達がオレのほうに向かってくる。

 とりあえず、オレはリビングのドアを開けても見つからない壁際に隠れた。

 ドアが開いて、姉ちゃんの友達が出てくる。


「はい。もしもし」


 そっと声のしたほうを見ると、黒色のセミロングでパーマをかけた女性が居た。

 遠くて顔はよく見えない。

 しばらくして、姉ちゃんの友達が電話を終えた。

 オレはため息をつく。


「なんとかバレずにすん――」

「そんなところで何してるの?」


 耳もとで囁かれて、驚いて振り向く。

 すると、目の前に柚木真奈さんが立っていた。


「真奈さん!?」

「はーい。柚木真奈です。やっぱり聞かれてたか」


 真奈さんはそう言って苦笑いする。


「は、はい。……すみません」

「君が謝ることじゃないよ。悪いのはお酒飲んで大きな声で話してた真宵だもん」


 目の前に居る真奈さんは、動画やライブで見る真奈さんそのままだった。


「あ、あの、姉ちゃんとは友達なんですか?」

「うん、実はそうなの。高校生の時からの仲でね、私の真奈って名前と真宵の名前が似てるねって話したのがきっかけで仲よくなったんだ。今では大切な親友」


 言われてみればたしかに姉ちゃんと真奈さんは名前に同じ漢字が入っている。

 でもそういえば――。


「あの、真昼っていう妹さんが居たりしませんか?」

「私一人っ子だよ。ちなみに本名の苗字は遠藤えんどう


 明石の名前に同じ漢字が入っているのは単なる偶然らしい。


「すみません、オレの勘違いです。高校に真奈さんと同じ漢字が入ってるクラスメイトが居たので」

「そっか」


 そして、オレは真奈さんに聞いた。


「あの、今日新しいアルバムの発売記念イベントだったんですよね?」

「そうだよ」

「仕事終わりにここ来たんですか?」

「うん。私空いた時間あればどこでも行くタイプだから」


 真奈さんは当然のように言った。

 めちゃくちゃフットワーク軽いな。


「オレは当たったらイベント行くつもりでした」

「あー抽選外れちゃったのね。それは残念」


 すると、真奈さんはしばらく考えるような仕草をして、言った。


「ねえ、君名前は?」

「拓夜です」

「よし。抽選にはずれちゃった拓夜くんに、拓夜くんのためだけの握手会を開いてあげよう」


 オレは目をみはる。


「え!?」

「特別だよ」


 真奈さんはそう言って、右手を差し出す。

 オレは、真奈さんと握手をしようとして――。


「……どうしたの?」


 手をおろした。


「真奈さんの気持ちは、すごく嬉しいです」


そして、続ける。


「でも、イベントの抽選にはずれたのに、オレだけ握手してもらうのは、イベントに行きたかった真奈さんのファンの人達に失礼なので、できません」

「……そっか」


 人と目を合わせるのは苦手だ。

 でも、オレは真奈さんの目を見て言う。


「オレは、いつか絶対真奈さんと一緒に仕事をするっていう夢があります。だから、すみません」


 オレがそう言うと、真奈さんは何かを思い出したように微笑んだ。


「どうしたんですか?」

「今日イベントで会った女の子も同じ目をしてたなって思って」


 その女の子ってもしかして――。


「その子、このあいだ私のラジオにお悩み相談のおたより送ってくれた子なんだけど、今日のイベントで会った時、『いつか絶対声優になります』って言ってくれたの」


 やっぱり篠原だ。


「私に憧れて、声優にじゃなくて、声優にって言ってくれたの、初めてだったからすごく嬉しかったんだ」

「あの……その子、たぶんオレの友達です」


 オレがそう言うと、真奈さんは驚いた表情をした。

 そして、呟く。


「……なるほどね。か」

「え?」

「なんでもない! あ、私に会ったことは朝陽ちゃんにも誰にも言っちゃダメだからね」

「わかりました」


 すると、真奈さんが言った。


「ちょっと耳かして」


 言われたとおりに耳をかす。

 そして、真奈さんは耳もとでこう囁いた。


「今日のことは……2人だけの秘密、だよ?」


 オレは、篠原に初めて囁かれた時のことを思い出す。


「じゃあ私、真宵待たせてるからそろそろリビング戻るね」


 真奈さんはそう言って、手を振りながら戻っていった。

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