Voice.5 2人っきりだから言ったんだよ

陽キャアイドルの幼なじみと2人きりになった件について

 ――篠原がゲーム制作部に入ってくれることになった次の日の朝。

 オレはある用事で、いつもより早めに学校に来た。

 教室のドアを開ける。

 すると、黒板の前に篠原が居た。

 オレがドアを開けた音に気づいて、篠原は笑顔を向ける。


「あ、瀬尾くん。おはよう」

「おはよう。篠原」


 教室の中には誰も居ない。

 篠原はチョークを取ると、黒板の端の空いている部分に今日の日づけと曜日を書く。


「篠原は早起きだな」

「そうかな? 普通だと思うけど」


 そして、一番下にオレと自分のフルネームを書いた。


「普通日直当番だからって篠原みたいに先生に言われた時間より前に来ないぞ」


 ――そう。

 オレのある用事というのは、篠原との日直当番だった。


「瀬尾くんはいつも時間ぴったりに来るよね」

「布団が離してくれないんだ」


 オレがおどけて言うと、篠原は小さく吹き出して笑う。

 そして、言った。


「……じゃあ、私が毎日朝電話して起こしてあげようか?」

「は!?」


 篠原の言葉に、オレの顔が熱くなる。

 それから焦って廊下に出て、周りに誰も居ないか確認した。

 そんなオレを見て、篠原は首をかしげる。


「まだ登校時間前だから誰も居ないよ?」

「誰か居て今の聞かれてたらどうしようかと思った」


 すると、篠原は笑みを浮かべる。

 そして、わざとらしく言った。


「2人っきりだから言ったんだよ」


 その言葉に、心臓の鼓動が高鳴る。


「それってどういう――」


 ――その時。


「おはよー! 朝陽」


 明石が大きな声で教室に入ってきた。

 篠原は声をあげる。


「真昼」

「仲よく話してるのもいいけど、早くしないと先生来ちゃうよー」


 からかうように言う明石に、篠原は顔を赤らめた。


「あのー……私達の会話どこから聞いて……」

「大丈夫! 何も聞いてないから気にしないで」


 すると、鋭い声が聞こえた。


「真昼、本当は教室入る前に聞こうとしてたよね?」


 その声は、昨日オレ達を見ていた、茶色の髪のセミロングの女子だった。

 明石は唇をとがらせる。


「もー。バラさないでよ夕乃ゆの

「真昼はすぐ人のことからかうからダメ」

「えー。つまんないよー」


 すると、夕乃と呼ばれた女子はオレを見た。


「えーっと……」


 そして、オレのほうに歩み寄ってくる。


木暮夕乃こぐれゆの

「木暮。その……オレに何かあるのか?」


 オレがそう言うと、木暮はまた不機嫌そうにそっぽを向いた。


「……もういい」


 その態度にオレはどこかひっかかって、授業中も考え込む。

 そして、4時間目の現国の授業が始まり、教壇に立っている女性の先生が言った。


「ではまず、今日授業でやる作品を誰かに音読してもらいます」


 その言葉で、みんながいっせいに教科書で顔を隠して先生から目をそらしたり机に突っ伏したりして、先生に当てられないように対策する。


「音読って言った瞬間みんながそうするのはもう教員になって3年目だからわかってるのよねー。 誰にしようかなー」


 先生は周りを見まわしてから、言った。


「じゃあ……篠原さん」

「は、はい!」


 当てられた篠原は返事をする。


「と、それから横一列の人達、立って読んで」


 ……よりによってオレも読まされるのかよ。

 そして篠原は立ち上がって教科書を開いてから、音読を始めた。

 篠原の声はやっぱり聞いていて心地がいい。

 次にオレの番が来て、立ち上がって音読をする。

 篠原の次にオレが読まなきゃいけないなんて恥ずかしい。

 そして、順番に音読をしていき、一番端の女子の番が来た。

 すると、その女子はまっすぐ立ち上がって音読を始める。

 低めだけど透き通った綺麗な声だ。

 音読を終えると、凛とした表情で座り直した。

 立ち方から声に座り方まで、かっこいい、というのが第一印象だった。

 すると、篠原がオレの肩を叩いた。

 小声で話しかけられる。


「瀬尾くん」

「何? 篠原」

「この後の昼休み、ちょっと話があるんだけど」

「わかった」


 ――昼休み。

 オレはメガネと文豪にゲーム制作部の新入部員として篠原のことを紹介するために、篠原と屋上に来ていた。

 篠原と2人きりになって話をする時間を作るために、メガネと文豪には、購買で昼飯のパンを買ってきてくれ、と頼んである。


「で、篠原。話ってなんだ?」

「さっきの現国の時間私達と一緒に音読した時、最後に音読した子居たでしょ?」

「うん」

「あの子の声、どこかで聞いたことある気がするんだよね」

「学校以外で?」

「うん。けっこう最近だった気がするんだけど……」


 オレには全然聞き覚えがない。

 すると、メガネと文豪が屋上に来た。


「オタクー。焼きそばパン4人分ゲット……って……え!?」


 篠原の姿に気がついて、メガネが購買の袋を落とす。

 文豪が声をあげた。


「し、篠原さん! なんでこんなところに!?」


 オレが冷静に口を開く。


「なんでって部員だからな」

「マジかよ!?」

「マジだよ」


 2人が同時に出した言葉に、オレは真顔で返した。

 そして昼飯を食べながら、篠原のことを紹介する。


「……というわけで、篠原が声優としてゲーム制作部の部員になった」

「篠原朝陽です。演劇部として演技の経験を積むために入部しました。よろしくお願いします」


 篠原がお辞儀をする。

 すると、文豪がオレに詰め寄った。


「やっぱりあれか!? 仲いいから頼めたのか!?」

「食事中に大声出すなよ」


 メガネが冷静にツッコミを入れる。

 オレは文豪の勢いに気圧けおされて、思わず動揺した。


「あのさ、篠原が入部してくれた経緯は今話したからわかったよな?」


 オレが言うと、文豪はうつむく。


「ご、ごめん。話聞いてもちょっと信じられなくて……」

「まあ、オレもすぐにオーケーされるとは思ってなかった」


 篠原は、オレの言葉が嘘だとわかっているからか、オレしか気づかない程度に小さく笑った。

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