陽キャアイドルの幼なじみにお願いされた件について
「もしかして篠原って……オタク?」
オレが聞くと、篠原は顔を真っ赤にした。
「や、やっぱりドン引きだよね……。こんなにグッズ持ってるオタクなんて……」
オレは寝そべったまま、篠原の部屋を見回す。
「いや、この数はオタクだったら常識の範囲内だ」
「そ、そうなんだ」
篠原は安心したようにため息をついた。
「それで、篠原」
「何?」
「その……動けないんだけど」
オレが言うと、篠原は今の体勢に気がついたのか、声をあげる。
「ご、ごめん! ケガしてない!?」
「大丈夫。いきなり部屋に入ったオレも悪かったし」
篠原が床に座り、オレも向かい合って座る。
「だけど、篠原って昔はオタクじゃなかったよな? いつからオタクになったんだ?」
そう聞くと、篠原はタンスから1本のケミカルライトを取り出した。
「これ……覚えてない?」
オレは目をみはる。
それは、ライブによく参戦するオタクには定番の、よく光るオレンジ色のケミカルライトだった。
「このライト、たっくんからもらったんだよ」
そして、篠原は自分がオタクになった日のことを話し始めた。
「中学1年生の時、お兄ちゃんが真奈ちゃんのライブの日に風邪ひいて寝込んじゃって。『オレの代わりにライブに行ってくれ』って頼まれてライブに行ったの。でも私、声優さんのライブに行ったことないからペンライト持ってきてなくて困ってたら、偶然隣の席に居たたっくんが予備で持ってた色が変わるペンライトとケミカルライト渡してくれて、ライブ楽しめたんだ」
「そういえば、そんなことあったような……オレ、人と目合わせるの苦手だからあんまり覚えてないけど」
そして、篠原は続ける。
「それで、その日の真奈ちゃんのライブ観てファンになって、真奈ちゃんのCDとかライブブルーレイとか演じたキャラのグッズとかいろいろ集めてたら……部屋がこうなってた」
苦笑いしながら言う篠原に、オレは口を開いた。
「つまり、篠原がオタクになった原因はオレだったってことか」
「違うよ! 原因とか、そんなマイナスな意味じゃなくて……」
そこまで言って、篠原は顔を赤くする。
「どういう意味?」
オレが首をかしげると、篠原は恥ずかしそうに言った。
「な、なんでもない! とにかく、私はたっくんに感謝してるんだ」
「そっか」
結局どういう意味なんだろう。
「……それで、お願いなんだけど」
オレの疑問をよそに、篠原は真剣な顔をした。
「何?」
「私がオタクだってことは、クラスのみんなには言わないでほしいの」
「なんで?」
「中学生の時……友達にオタクだって言って真奈ちゃんについてすごく熱く語ったら引かれて……」
「あー……。そういうことか」
オレにも同じ経験があるから気持ちはわかる。
「もうあんな思いはしたくないから」
篠原はそう言ってうつむく。
「篠原」
そんな姿を見て、オレは篠原の目を見てこう言った。
「大丈夫だ。オレは篠原がオタクだからって引かないし、篠原がオタクを隠したいなら、誰にもこのことは言わない」
オレの言葉に、篠原は驚いた顔をする。
「……本当に?」
オレはうなずいた。
「ああ。本当だ」
「ありがとう。たっくん」
篠原の笑顔を見て、オレも笑顔になる。
「それで、オレからもお願いがあるんだけど」
「何?」
「学校ではオレのこと苗字で呼んでほしい」
「え? たっくんはたっくんだよ?」
「その……学校でその呼び方で呼ばれるのはちょっと恥ずかしいんだ」
それに、陽キャで人気がある篠原と陰キャでオタクなオレが幼なじみってことをクラスメイトに知られたらどんなことになるかわからないから、とは本人には言えない。
理由を聞いた篠原は、納得したように口を開いた。
「わかった。学校では苗字呼びにするね」
「ありがとう。助かるよ」
それから、オレは篠原の部屋の荷物を片づけるのを手伝う。
そうして帰る頃には、もう夜になっていた。
篠原が玄関の前まで来て見送ってくれる。
「じゃあオレ、帰るから」
「あ、ちょっと待って」
「何?」
「連絡先交換したいんだけど、いいかな?」
「いいよ」
オレはスクールバッグからスマートフォンを取り出して、篠原と連絡先を交換する。
いままで女子の連絡先は姉ちゃんしかなかったから、なんだか不思議な感じだ。
すると、篠原が言った。
「ちょっと耳かして」
言われたとおりに耳をかす。
そして、篠原は耳もとでこう囁いた。
「今日のことは……2人だけの秘密、だよ?」
――その声を聞いた瞬間。
心臓の鼓動が高鳴った。
顔が熱くなって、思わず動揺する。
「わ、わかってるよ」
「よろしくね」
篠原は笑顔でそう言った。
そして、家に帰って夜ごはんを食べてから、オレはベッドに寝転ぶ。
スマートフォンを操作して、中学1年生の時に柚木真奈さんのライブに行った日の写真を表示した。
ライブのロゴの看板の写真や会場の写真を見ながら、写真を撮った日のことを思い出す。
あの日、篠原が言ったとおり隣の人にペンライトをあげたような気がするけど、それが篠原だったなんて思いもしなかった。
そのうえ、それがきっかけでオタクになってたなんて。
これから、オレは篠原の秘密を隠し通なきゃいけない。
篠原が笑顔で過ごせるように。
「……どんな高校生活になるんだろう」
オレがそう呟いた瞬間。
篠原から電話がかかってきた。
あわてて起きあがってスマートフォンを操作して、電話に出る。
「は、はい! 瀬尾です!」
「あはは。たっくんなのはわかってるよ」
スマートフォン越しに、吐息混じりで少し高めの、落ち着いた篠原の声が聞こえる。
「ご、ごめん。オレ電話苦手で……」
「ううん。こっちこそごめん。いきなり電話かけたりして。今時間平気?」
「大丈夫だよ」
「よかった。伝えたいことは声で言ったほうがいいと思ってつい電話しちゃった」
伝えたいこと?
ヤバい、なんかめちゃくちゃ緊張してきた。
篠原にそれがバレないように、息をととのえてから声を出す。
「な、何?」
しばらくした後、篠原は言った。
「私と、つき合ってほしいの」
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