Voice.2 助けてくれてありがとう

陽キャアイドルの幼なじみとデート?をすることになった件について

 ――次の日。

 オレがいつもどおりに学校に来て教室に入ろうとすると、篠原はクラスメイト達に囲まれていた。

 オレの席は出席番号順で篠原の隣だから、めちゃくちゃ入りづらい。

 邪魔にならないようにゆっくり教室に入ると、篠原がオレに気がついて笑いかける。


「おはよう。瀬尾くん」


 オレは小さな声で挨拶を返した。


「おはよう。篠原」


 そして、スクールバッグを机に置いて、篠原の横の自分の席に座る。

 クラスメイトと話している篠原を見ながら、昨日の篠原の言葉を思い出した。

 ――「私と、つき合ってほしいの」

 その時。


「オタクー、顔赤いぞ」

「熱でもあるのか?」


 聞き覚えのある声に気づいて顔をあげると、友達の目崎兼斗めざきけんと文谷剛ふみたにごうが居た。


「おはよう。オタク」

「おはよう。メガネ、文豪」


 オレは2人に挨拶を返す。

 オタクというのは、フルネームから3文字取ったオレのニックネームだ。

 オレと兼斗と剛は小学生の時からの親友で、オレが男子にからかわれていたのを2人が助けてくれたのがきっかけで友達になり、それからずっとニックネームで呼び合っている。

 メガネは茶色のくせ毛で前髪を真ん中で分けていて、黒色のフチのメガネをかけている。

 パソコンを操作するのが得意で、アプリを使うのもネットの情報にも強い。

 文豪は黒色の長めのストレートの髪だ。

 スマートフォンで小説を書いて、ネットに投稿している。

 すると、文豪がしばらく考えるような表情をしてから言った。


「あ、わかった! お前篠原さんのこと考えてたんだろ!?」

「違う」

「そんな……! 未来の推理小説家の推理が外れるなんて……!」


 ……本当はその推理合ってるけど。

 教室で正直に答えると変な噂になりかねないから嘘をついた。

 そこを、メガネに問い詰められる。


「そんなこと言ってー。隣の席になって嬉しいなーとか考えてたんじゃないのー?」

「だから違うって」


 それとは違うこと考えてた、なんて絶対に言いたくない。

 その時、ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴った。


「ほら、2人とも。早く自分の席着かないと先生に怒られるぞ」

「うわ、本当だ。じゃあまたあとでな」


 オレ達のやりとりを見ていた篠原は笑っている。


「3人っておもしろいね」

「そんなにおかしかった?」

「うん。それに、仲いいなって思いながら見てたよ」

「あんなやつらが居てもうるさいだけだぞ。たしかに仲はいいけど」


 すると、担任の男性の先生が教室に入ってきた。


「お前ら席につけー。出席とるぞー」


 そう言われて、オレと篠原は前を向く。

 先生は出席をとると、今日の連絡事項を言った。


「えー、昨日仮入部届は配りましたが、明日から2週間部活動の仮入部期間です。どの部活にどの期間、何個入るかはそれぞれの自由なので、仮入部してよく考えてから自分の入る部活を決めるように」

「はーい」

「部活を作るのも大丈夫なので考えている人は先生に相談してください」


 オレは中学の時美術部だったから美術部に仮入部するけど、篠原は何部に入るんだろう。

 小さい頃の記憶だと篠原は運動も得意だったし、器用だったからなんでもできそうだけど……。

 そして、高校に入学して初めての授業が終わり、部活動説明会の後、美術部に仮入部の手続きをする。

 それから、今日まで半日授業なので、すぐに下校時間になった。

 昇降口でローファーを履いて、スクールバッグからスマートフォンを取り出す。

 すると、篠原からメッセージが来ていることに気がついた。

 スマートフォンを操作して、メッセージを表示する。


「先に最寄り駅の改札の前で待ってて」


 ――そう。

 オレは篠原と学校が終わった後、待ち合わせをしていた。

 クラスメイトに2人で一緒に居るところを見られないようにするために、駅に着くまで別々に行動する。

 わかった、とメッセージを返してスマートフォンをスクールバッグにしまう。

 そして、オレは最寄り駅に向かった。

 駅に着いてしばらくすると、篠原が走ってくる。


「たっくん!」

「篠原」

「おまたせ。今日はありがとう」

「いや、お礼を言われることのほどじゃないよ」

「ううん、つき合ってくれてすごく嬉しいよ」

「そっか」

「オタク趣味で一緒に行ってくれる人なんて居なかったから……池袋。昨日友達と行ってたのはサンシャインシティだし」


 篠原の言葉を聞いて、オレは苦笑いした。

 ――昨日の夜、篠原から電話で「私とつき合ってほしいの」と言われた。

 恋愛の意味での言葉だと思って驚いて聞き返したら、池袋のアニメショップに行ったことがないから一緒に行ってほしい、という意味だった。


「危うく勘違いするところだった……」

「何か言った?」

「あ、なんでもない。気にしないで」


 それから改札を通って、電車に乗る。

 電車の中は昼時なのですいていた。

 空いている席に2人で並んで座る。


「オレもメイト行くのはひさびさだから楽しみ」

「ならよかった。私、今まで1度もメイトに入ったことないから入ってみたくて」


 メイトというのはオタクがよく行くアニメショップの1つだ。


「池袋のメイトは本店だからすごく広いよ。なんでもそろってる」

「そうなんだ」


 すると、話しているうちに電車が池袋駅に着いた。

 改札を通って東口に出てから、道がわからない篠原の前をオレが歩いて、メイトに向かう。

 しばらくすると青い看板のビルが見えて、立ち止まった。


「着いたよ」


 篠原はビルを見上げて目をみはる。


「ここがメイト……!」


 初めて目の前で見るアニメショップに嬉しそうな顔をする篠原と一緒に、オレはメイトの中に入った。

 さっきの電車の中と違って、平日なのにメイトの店内はそれなりに混んでいる。


「篠原は何か買いたいものある?」

「まずは今日発売の柚木真奈ちゃんのアルバム!」


 即答だった。


「じゃあ6階だな」

「売り切れてないかなー」

「さすがに発売日だから大丈夫だと思うよ」


 そして、エレベーターで6階まで上がる。

 CD売り場に行くと、柚木真奈さんのアーティストコーナーができていた。

「柚木真奈」というポップのところにあるモニターでは、新しいアルバムのリード曲のミュージックビデオが流れている。

 そして、その下には今日発売のアルバムがたくさん並べられていた。

 篠原は目を輝かせる。


「あったー! 真奈ちゃんのアルバム!」

「オレも買おう」


 篠原がアルバムを手にとったのを見て、オレも同じようにアルバムを手にとった。


「見て! メイト特典でクリアファイルついてくるみたいだよ!」

「メイトは特典つくこと多いよ」

「さすがたっくん! 詳しいんだね」


 そして、篠原と一緒にレジに向かう。

 前の人の会計が終わり、篠原の番が来た。


「いらっしゃいませ」

「え?」


 そこに立っている店員の姿を見て、篠原は驚いて声をあげる。


「お兄ちゃん!?」


 そう呼ばれた店員は、イタズラっぽく笑った。

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