【2024年Ver.】 陽キャアイドルの幼なじみの秘密を陰キャオタクのオレだけが知っている件について
水沢紗奈
Stage.1 再会と新しい始まり
Voice.1 たっくん……だよね?
陽キャアイドルの幼なじみの秘密を陰キャオタクのオレだけが知ってしまった件について
「私、
――1度聞いたら忘れられない声だった。
高校の入学式の日の放課後、美術室で拾ったスマートフォン越しに聞こえたその声は、明るくてはっきりしていて、でも吐息が混ざった柔らかい女子の声だった。
その声を、オレは知っていた。
篠原は、今日が入学初日なのにさっそく明るくてかわいいと男子のあいだで話題になっていた、オレ、
篠原はオタクで陰キャのオレと違って陽キャだから話すことなんてないと思ってたのに、こんな形で声を聞くことになるなんて思わなかった。
篠原は続ける。
「すみません。それ、私のスマホで……どこかで落としちゃってたらしくて、今、コンビニの前の電話ボックスからかけてるんですけど」
電話が苦手なオレは、言葉を詰まらせながら声を出して、篠原のスマートフォンを拾ったきっかけを説明した。
「オレは同じクラスの瀬尾拓夜っていいます。……その、美術室に仮入部届け出しに来たらスマホが置きっぱなしになってて、先生に届けようと思ったらスマホが鳴ったから電話に出たんだ」
「……瀬尾……拓夜くん?」
何か引っかかったのか、名前を聞き返される。
「……うん、そうだけど。どうかした?」
すると、篠原はあわてたように言った。
「あ、ううん! なんでもないの。スマホ美術室に忘れてたんだ! ありがとう。拾ってくれて」
「どういたしまして。あの、スマホ渡しに行きたいんだけど、どうすればいい?」
「じゃあ、私が言う場所で待ち合わせしようか」
そして、オレは学校を出て電車に乗り、篠原が待ち合わせに指定した場所に行く。
池袋のフクロウの銅像の前で待っていた、その時。
「たっくん……だよね?」
声が聞こえて顔を向ける。
すると、目の前に篠原が立っていた。
背中くらいまである黒色の綺麗な長い髪。
目が大きくて、肌は白い。
手も足も長くて、姿勢はしっかりしている。
かわいくて、芸能人っぽい、というイメージがぴったりな女の子だった。
すると、篠原は声をあげた。
「やっぱりたっくんだよね!? 私のこと覚えてる?」
「あ……えーっと……オレ達会ったの初めてじゃ……」
記憶をたどってみたけれど、他人の顔を覚えるのが苦手なせいで、全然思い出せない。
篠原はそれを察したのか、こう話した。
「そうだよね。覚えてるわけないよね。幼稚園の時よく遊んでたんだけどな」
そう言われてようやく、小さい頃の記憶と目の前に居る篠原が重なった。
「もしかして……あーちゃん?」
頭に思い浮かんだニックネームを口に出す。
すると、篠原は嬉しそうに笑った。
「正解! 久しぶりだね。たっくん!」
篠原は10年前の幼稚園の時までオレの隣の家に住んでいた幼なじみだった。
あの頃と変わらない篠原の笑顔に、オレは懐かしい気持ちになる。
「ごめんね。わざわざスマホ持ってきてもらって」
「ううん。ちょうど帰り道だったし大丈夫だ。はい、これ篠原のスマホ」
オレはそう言って、篠原にスマートフォンを渡す。
篠原はそれを受け取って、安心したような表情をした。
「ありがとう。さっき友達と写真撮ろうとしたらスマホ忘れたことに気づいたんだけど、まさか学校に忘れてたとは思わなかったから、たっくんが電話に出てくれてよかったよ」
「どういたしまして。それにしても篠原が同じ高校に入ってたなんて驚いた」
「私もたっくんが居るなんて思わなかったよ。でも、電話した時名前聞いてもしかしたらこの声たっくんかもって思ってたの」
だからあの時名前聞き返したんだな。
篠原が小さい頃と変わらない距離で接してくれていることに、オレは嬉しくなる。
すると、向こうから誰かが篠原を呼んだ。
「朝陽ー!」
「あ、友達に呼ばれちゃった。今行くー!」
篠原は大きな声で友達に返事をする。
「じゃあ、私行くね」
「うん」
「今日はありがとう!」
そして、篠原は友達のほうに向かって走っていった。
篠原を見送ってから、オレは電車に乗って家まで帰る。
すると、隣の家に引っ越し屋のトラックが止まっていた。
誰か引っ越してきたのか。
そう思って、隣の家を横目に見ながら家のドアを開けた。
「ただいまー」
「おかえりー」
玄関で声をかけると、リビングから母さんと姉ちゃんの声がする。
ドアを開けてリビングに入ると、母さんはキッチンで夜ごはんの準備をしていて、姉ちゃんはソファーでファッション雑誌を読んでいた。
姉ちゃんが雑誌を読むのをやめて言う。
「拓夜、高校どうだった?」
「……聞くな」
「その言い方だと、初日から失敗したのね」
言い当てられて、オレはため息をついた。
「自己紹介の時に『声優の
すると、姉ちゃんは当たり前のように言う。
「それはそうなるわよ。真奈は声優の中ではすごく人気だけど、声優は他の職種の芸能人よりメディア出演少なくてだいたいアニメ観てる人しか知らないんだから」
姉ちゃんは大学3年生で、中学生の頃から読者モデルとして仕事をしているから、芸能界に詳しい。
姉ちゃんの言い方が胸に刺さって、オレは投げやりに答えた。
「オレにそんなのわからないって」
柚木真奈さんというのは、オレがファンとして好きな声優さんだ。
高校在学中に声優デビューし、その後歌手デビューもしている20歳で、声優としても歌手としてもすごく人気がある。
すると、母さんが思い出したように言った。
「あ、そうだ。拓夜、今隣の家に引っ越しのトラック停まってたでしょ?」
「うん」
「引っ越してきた家族の人、お母さんとお父さんの知り合いでね、荷物片づけるの手伝ってほしいって言われてたのよ。力仕事だから男手がいいと思うんだけど、お父さん仕事からまだ帰ってきてないから拓夜行ってきてくれる?」
「わかった」
そして、隣の家に向かうと、そこに居たのは――。
「篠原!?」
――私服姿の篠原だった。
「たっくん!? なんでこんなところに居るの!?」
「母さんに篠原の家の荷物片づけるのを手伝うように頼まれたんだ。篠原の部屋も荷物たくさんあるだろうから手伝うよ」
オレが言うと、篠原は苦笑いした。
「え、えーっと……私の部屋に入るのはちょっと……」
「何かあるのか?」
「そ、その、すっごく散らかってて……」
「遠慮しなくていいって。ちょっと部屋が散らかってるくらい気にしないから」
そう言って、篠原の部屋の前まで行く。
「いや、そうじゃなくて……!」
そして、ドアを開けた。
「え?」
篠原の部屋には、柚木真奈さんのライブグッズ、アクリルスタンド、ライブのブルーレイ、ポスター、タペストリー、柚木真奈さんが演じたキャラのグッズなど、とにかくいろいろなグッズがところせましと並べられていた。
「こ、これって――」
「見ちゃダメー!」
篠原が声をあげて、オレの目をふさぐ。
そのはずみで足がもつれて、2人同時に転んだ。
しばらくして目を開けると、涙目になっている篠原の顔が映る。
オレは篠原に押し倒されていた。
綺麗な黒色の長い髪からは、シャンプーのいい香りがする。
少し動けば触れてしまいそうなくらいに近い。
オレは息をのむ。
そして、言った。
「もしかして篠原って……オタク?」
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