第11話 面接

 

 自らを面接官だと名乗るレイリンという少女は、明らかに学生の姿をしていた。面接官というのは普通、大人がするものではないのかと思うが、イルザック学院の事情は分からない。


 あんなことがあったというのに、翌日には面接が予定通り行われた。相当時間が無いのか、それとも、発竜なんて日常茶飯事なのか、どちらにせよ、僕は面接を受けられるような精神状態ではない。



「リンロールから話は聞いているよ。鯨王候補さん。どうやら、気分が優れないみたいだね」


「死にかけたんだ。当然ですよ」


「ふーん。普通なんだね。普通なのに、鯨王候補って大変だね」


「まあ、そうかもですね」



 自分が鯨王候補だという自覚はない。そもそも鯨王の実態を、日本の普通の高校生は掴むことができない。世界の王様だというのは知っているけど、なぜそれが鯨の名前を冠しているのだろうか。



「イルザック学院に来て、やりたいことを教えて」



 面接らしい質問が飛んできた。精神状態がなんであれ、面接となると緊張する。むしろ、死に近づいた恐怖よりも、面接の緊張の方が上回っているような気もする。こんなに緊張するなら、身体に悪いだろ。面接なんて精度は無くした方がいいじゃないか? 少なくとも現代的ではない。



「小説を書きたいです」


「どんな小説を書きたいの?」


「色んな国の人の話や、面白い魔法の話です。『純文学』って知っていますか?」


「知らない」



 レイリンさんが知らなくて当然だ。純文学というジャンルが、日本にしかないというのを静香から学んだ。レイリンさんは、その容姿から察するに日本の人ではないだろう。しかし、容姿で国を判断できるほど、僕は人種に詳しくない。



「まあ、どんな本かは知らないけど、魔法についての本なら歓迎だよ。人口エルフの出現から、魔法にとって本というのが重要になり、魔導書という考え方が浸透したの。最先端のエルフドールは本由来の情報エネルギーで動いているんだよ」


「昨晩の赤いエルフドールもですか?」


「ええ。アレのパイロットは、君を気に入っていたね。陽斗の妹、あー、一緒にいた女の子を守っていたのが、好印象だったみたい。昔の映画で見た、日本のサムライだって褒めていた」


「好印象なら、何よりです」



 レイリンさん陽斗の妹という言葉を訂正する。静香の兄と知り合いなのだろうか。静香の家は日本の名門だから、イルザック学院に留学している生徒がいるはずだ。陽斗さんというのが静香の兄の名前なのか。覚えていて損はない。


 赤いエルフドールに乗っていたのは、赤い髪の少女だった。その赤い髪は、日本にエルフドールを渡した女の子のものと一緒だったのを覚えている。竜を倒した後は、花火と鮮血に混じり、凛と立って事後対応に追われていた。



「それから、鯨王候補さんの両親のことだけど、君がイルザック学院に留学すると知ったら、圧力をかけてくるだろうけど、わたしたちはそれを無視するつもり。家族の君の方で対処してもらうけど、大丈夫かな?」


「すいません。自分の両親がどんな立場の人間なのか、ハッキリ分からないんです。かなり上の立場の人間なんですか?」


「竜研究の第一人者ね。君が鯨王候補だってことも知っていて、日本に匿っていたみたい。あの人たちの息子が鯨王候補だってなると、面倒くさいことになるから。でも、その面倒くさいことは、わたしたちにとって都合の良いことなの」



 エルフの少女リンロールは、僕が鯨の王になる資格を持った特別な男の子だと言っていた。僕の両親は、そのことを知っていたのだろう。魔法の英才教育がパタリと止まり、僕が日本で暮らすことになったことを考えたら、僕が鯨王候補なのはかなり面倒くさいのだろう。


 なんにせよ、真意は両親に聞かないと分からない。


 両親の忠告を無視するわけにはいかないから、僕は両親に手紙を送った。イルザック学院に行きますという旨の返事だ。リンロールの言う通り、僕の両親には、僕の反抗期を受け入れる覚悟が必要だ。



「両親とは、ローグレイクに着いたら一度会うつもりです。そのときに、僕の気持ちも話します」


「ならいいわ。わたしたちとしても、あちらの陣営と無駄な喧嘩は避けたいの」



 イルザック学院の実態は知らないけど、色々あるみたいだ。



「最後に、これは個人的な意見ね」



 レイリンさんは、大きく息を吐きながら言った。彼女なりに緊張していたみたいだ。面接官も、面接される側も緊張するなら、即座に面接以外の新しい制度を開発した方が良い。12次元的な人間見極めシステムを発明してくれ。誰か。



「順当にいけば、君は合格すると思う。だけど、別に、イルザック学院に来なくて、日本で暮らしていても良いと思うよ。きっと、君にはそれが似合う。面接していて、そう思ったの」


「たしかに、僕個人としては、日本でちんまり暮らしていたいですけどね」


「やっぱり。リンロールの言うことも、両親の言うことも聞く必要なんてないんじゃない?」



 レイリンさんは尊敬できる考え方の人だ。学院から信用されて、こうして面接官を任されるのも納得できる。人を見る目がある少女なのだろう。だから、わずかな会話だけで僕の本質までたどり着くことができる。しかし、僕の本質がちんまりとしていたとしても、それが僕の本心とは限らない。レイリンさんには人の質を見極めることができても、人の心を覗くことはできないみたいだ。



「レイリンさん『純文学』を知りませんでしたよね。日本には素晴らしいカルチャーがたくさんあります。若蝶ちゃんのように、優秀な人材もいます。せっかく、日本から鯨王が出るチャンスなんです。日本が世界から下に見られたままなんて、悔しいじゃないですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る