第8話 ハーフエルフ
帝王ホテルの一室で、僕はぼんやりと立っていた。目の前には、美しい少女の裸体があった。つむじから、つま先まで、柔らかな曲線を描き、どうしようもなく僕を誘っていた。小さな口から「おいで」と声が漏れると、僕はベッドに誘われた。
「小岩井さん……。よくない、と思うけど」
「いいじゃん」
小岩井さんは僕の右腕を引っ張って、ベッドに倒れる。倒れたときの衝撃はベッドに吸収される。フカフカなベッドだった。小岩井さんの小さな顔が、僕の目の前で優しく微笑む。今日の小岩井さんは積極的だった。
僕はベッドの上で起き上がって、その誘惑から逃れようとする。
こんな女の子だっただろうか。今日の小岩井さんはなんかおかしい。精神的に変だ。魂の形に似つかない。こんな状態の女の子とセックスをしてはいけない。子供だけど、それくらいのことは分かる。
「どうして?」
「一人の女性を幸せにできるほど、僕にはまだ甲斐性がないよ」
「先生」
小岩井さんは魅惑的に呟く。甲斐性ならあるではないかと、僕の言い訳を否定する。女性を一人、養う程度の収入はある。セックスする高校生のなかでは、最上位の責任能力があった。
「手紙、貰ったんでしょ?」
帝王ホテルにいるのは、僕も小岩井さんも手紙を貰ったから。イルザック学院からの招待状だ。帝王ホテルでは、日本からイルザック学院に留学する生徒を選定する面接が行われる。その面接に、僕も小岩井さんも参加する。
「きっと、わたしは落ちて、藤糸郎くんは受かるよ。魔法が得意な藤糸郎くん。そしたら、お別れだよ。いいじゃん。一度くらい、エッチしよ?」
「なんで、分かるの?」
「わたしは特別だから」
特別という言葉を、最近、よく耳にする。やっぱりおかしい。僕はこぢんまりとしたものが好きだ。小岩井さんはこぢんまりとしていたはずだ。世界の端っこにある小さな島国で、普通の女の子だったはずだ。
僕はベッドから降りる。
小岩井さんはベッドの上で起立する。瑞々しい身体を隠す気もなく、スラっとした足で不安定なベッドに立つ。ハッキリとした凹凸の先に、桜色の乳首が見えた。普通の男の子だから、そこに目が行く。慌てて逸らすけど、小岩井さんに笑われる。
ほら、と小岩井さんは勝ち誇った顔をする。
悪魔が乗り移ったのか、天使の正体なのか。
どちらにせよ、目の前の女の子は小岩井さんだ。
「手紙、貰ったよ。三枚貰った。小岩井さんが貰ったものと、僕の両親から届いたもの。それからエルフの女の子から受け取ったもの。どれも、イルザック学院に関する手紙だった」
「エルフの女の子?」
「うん。その子が言うには、僕は鯨王候補らしい。笑っちゃうよな。でも、まあ。心当たりはあるんだ。自分のことに、一番詳しいのは、いつだって自分だから」
「そうね」
小岩井さんは肯定する。何に対しての言葉だろうか。僕が鯨王候補であるという部分か、それとも、自分のことに一番詳しいのは自分だという部分だろうか。小岩井さんのことに、一番詳しいのは、小岩井さんだ。僕には計れないことが、小岩井さんのなかにもある。
「藤糸郎くんが、鯨王候補なのは何となく分かっていたよ。魔法が得意な藤糸郎くん。わたし、知らないことも、なんでも、何となく分かっちゃうの。藤糸郎くんが、特別なことも知ってる。わたしが特別なのも、知ってる」
「僕は特別じゃないよ」
「嘘つき。わたしと一緒のくせに。藤糸郎くんも両親に捨てられたんでしょ。両親に捨てられたから、日本で暮らしている。君も特別で、わたしも特別。一緒だよ?」
両親に捨てられたつもりはない。俯瞰してみたら、僕は捨てられているのかもしれないけど、僕は捨てられたなんて思っていないし、両親も捨てたなんて思っていない。けれど、どこのご家庭にも、反抗期くらい、来る。
「捨てられたの?」
「捨てられた」
「どうして?」
「わたしの存在は禁忌だから。わたしの両親はやっちゃいけないことをして、罪を償うためにわたしを捨てた。わたしは小岩井家に拾われて、誰にも迷惑が掛からないように、こぢんまりと生きてきた」
小岩井さんは涙を流した。涙は頬を伝い、顎を沿って垂れた。
「わたし、ハーフエルフなの」
小岩井さんは胸を押さえる。
ベッドの上でしゃがんだ。
人間とエルフの間に生まれた子。その存在が禁忌かどうか、僕には分からない。ハーフエルフなんて言葉を僕は初めて聞いた。しゃがんだ小岩井さんは、それでも僕を見て笑う。笑っているのに、涙は流れている。
「わたしは、これからもこぢんまりと生きるから。だから、これは思い出作り」
「反抗期になって良いと思うけどね」
「これだって、ちんまりとした反抗のつもりだよ」
小岩井さんなりの反抗だったのか。あまりにも自暴自棄と見分けがつかない。女の子の衝動的な勇気は、男の子には荷が重い。その重たい荷物を背負うのが、男の甲斐性というやつだろう。
僕は、ベッドに近づいた。
「人間とエルフの間に、子供ができるんだね」
「できないよ。本来は。特別な条件が重なるとできるの。でも重なることなんて滅多にない。それこそ12次元のさらに先、13次元的な確立だよ」
僕は小岩井さんに、グッと引き寄せられた。
整った鼻筋が、目の前にある。
「だから、ヤりたい放題だからね?」
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