第7話 招待状


 管理人のおじさんから、三枚の手紙を預かる。宛先は全て、僕だった。一枚は、両親からの手紙だろう。他の二枚はなんだろう。この時代に、アナログの連絡が来るのは珍しい。管理人のおじさんから受け取るのは、チラシか、ハガキか、宅配の荷物がほとんどだ。


 夕日に照らしながら、手紙を確認する。


 一枚目は、豪華な刺繍が施された手紙だった。差出人を確認すると、イルザック学院とある。慌てて、中身を確認する。手紙の内容は、日本の才能ある若者をイルザック学院の留学生として迎え入れるための招待状。面接の場所と、日時が記されていた。


 二枚目は、両親からの手紙だった。日本語で書かれた手紙だ。幼い頃は頻繁に届いていたけど、高校生になってからは初めて届いた。父も母も、忙しいのだろう。集合住宅の廊下を歩きながら、内容を確認する。


 小説のことについて、おめでとうという祝福の言葉が最初にあった。それから、健康に気を付けてという母の小言。最後に、イルザック学院から手紙が届くと思うけど、無視するようにという忠告が書かれていた。


 僕はエレベーターの中で、首を傾げる。


 竜の研究をして働いている僕の両親は、イルザック学院側の人間だった。こうして連携が取れていないのを見ると、両親にも色々と複雑な事情があるように感じる。両親は危険な仕事をしているから、僕は日本にいる親戚の家に預けられた。


 この二枚の手紙の噛み合わなさが、危険の正体に感じる。



「ただいま」



 帰宅した僕は自室に入る。二枚の手紙を机の引き出しに仕舞い、ゲーミングチェアに座って三枚目の手紙を確認する。差出人には、リンロールとある。知らない名前だが、宛名にはたしかに僕の名前があった。


 手紙の中身を覗くと、魔法陣が描かれていた。しかも、複雑な魔法陣だ。挑戦状のつもりだろうか。僕は瞬きを繰り返し、反射で魔法陣を捉える。シンプルなのは、動力源となる魔力の生成方法だけだ。円周率を計算することで生まれる、半永久的な情報エネルギーによってこの魔法陣は動く。


 動かしてみれば答えは分かるが、何の魔法陣かも分からないのに作動させるのは危険だ。もしかしたら、作動させた瞬間に部屋一体を吹き飛ばすほどの爆発をするかもしれない。もっとも、爆発程度の魔法陣なら、簡単に分かるのだけどね。


 空間や時空に干渉するような魔法陣なのは分かる。12次元を経由するが、しかし、全ての現象が現実で発生するような回路だ。エルフ関連の魔法陣だろうか。すると、リンロールというのは、エルフの名前なのかもしれない。


 魔法陣には昔からある、精神的に危険な場合に強制的に停止するセーフティーネットとなるような術式も刻まれているので、安全な魔法陣みたいだ。少なくとも、僕に危害を加えようという意思のある魔法陣ではない。



「……やってみるか」



 僕は魔法陣を作動させた。円周率を求めることで、無限の情報エネルギーが魔力となって魔法を発動させる。眩い光に包まれた感覚のあと、意識は身体の内側に吸い込まれる。その吸引力に逆らわずに、僕は思考を身体の内側に入れた。




◇◇◇




 そこは和室だった。部屋の真ん中から少し外れた場所にある机の上には、お茶と茶菓子が置いてあった。畳の上に敷かれた座布団の上に、金髪のエルフが不格好に座っていた。エルフの長く伸びた金髪は、畳の上に垂れていた。



「あれ。もう来たの。日本の郵便は優秀ね」



 エルフは日本の郵便を褒めた。たしかに、日本に暮らしていて、郵便の滞りを感じたことはなかった。しかし、日本以外の国の郵便の実態を知らない。エルフの褒め言葉を素直に受け取って良いのか分からなかった。



「座って」



 エルフに促されて、僕は座布団の上に座った。

 エルフの机を挟んで対面。

 目の前の机には、湯気の立ったお茶が二つ。



「すごい知覚能力と創造力ね。酷い人は床がないのよ」


「床がないと、落ちる?」


「落ちないわよ。今もホントは床なんて無いの。君がすごいだけ。千巻 藤糸郎くん」



 エルフは当然、僕の名前を知っていた。

 鈴を転がしたような声で、フルネームを呼ばれると、身体がくすぐったい。

 このくすぐったさも、僕の知覚能力と創造力なのだろうか。


 おそらく、ここが和室なのは僕の影響だ。本来は何もない空間で、僕とこのエルフが会話をするためだけの空間だと思う。全ての通信機器に当てはまることだが、今の場合は手紙の中の世界と言えるはずだ。


 人間を手紙の中に誘う。応用したら、物語の中に入り込むことも可能だ。創作物のなかの情報エネルギーを現実の物にするという、若蝶が発明した『人工エルフ』とは正反対の魔法陣だ。



「わたしの名前はリンロール。とっても若いエルフなの。エルフのなかの第八次ベビーブームが、17年前に起こってね。だから、17歳くらいのエルフはたくさんいるのよ。もしかしたら、君の近くにもいるかもね」


「日本にエルフはいない」


「それもそうね」



 エルフの年齢は見た目では分からない。二十歳のエルフと千歳のエルフには明確な違いがない。長年生きたことによる、態度の変化くらいだろうか。それを考えたら、目の前のエルフは若々しい口調をしている。十七歳。同い年だ。年齢のことを脈絡もなく語ったのは、仲良くしてねって意味かもしれない。

 

 目の前のエルフは、リンロールと名乗った。

 手紙の差出人と同じ名前だ。



「この手紙の魔法、名前はなんていうんだ?」


「魔法陣の名前が知りたいの? オタクだね。でも、残念。この魔法に名前はないの」


「じゃあ、僕が考えてもいい?」


「あ、オタクじゃなくて、クリエイターなんだ」



 リンロールは笑った。目は開いたまま、口角だけを上げた。ささやかな笑みだった。鈴を転がしたような声から想像するに、あまり感情の起伏が表情に現れないエルフなのだろう。清楚で穏やかな少女だった。



「でも、名前を考えるのはまたあとでお願い。お話したいことがあって、君を呼んだの。この手紙と一緒に、イルザック学院から手紙と、それについて、君の両親から無視するように指示の手紙が届いたでしょ?」


「うん。ちょうど一緒に届いたよ」


「やっぱりね。わたしから、君にお願いがあるの。両親の言うことを無視して、イルザック学院に来て。君は特別だからイルザック学院に入学する資格がある。でも、君は普通の高校生だから両親の言いつけなんて無視できちゃうはずだよ」


「僕は特別じゃない」


「そう? そうかもね」



 このエルフは僕の両親よりも上手だった。僕が彼女の言葉を否定しても、余裕のある雰囲気で答えるだけだ。僕が特別かどうかなんて言葉の綾であり、論点からズレている。僕がイルザック学院に入学するのが、リンロールの目的だ。



「用事はそれだけ。よろしくね」


「どうして、僕にイルザック学院に入学して欲しいんだ?」


「ホントに自覚がないの?」



 自覚。僕が特別だという自覚だろうか。いや、僕は自分をこぢんまりとしていると自覚している。自分のことを特別だなんて、思ったことはない。どこにでもいる普通の日本の高校生だ。


 それなら、とリンロールは笑った。やっぱり穏やかな笑みだった。



「君は鯨の王になる資格を持った、特別な男の子だよ」

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