第6話 エルフ


 赤い髪の少女が、要人車両の後部座席に乗っていた。車窓から見える景色は、自然と人工物が調和し、美しい景観を保っている。およそ、最底辺の島国の首都とは思えないほど、洗練された都市だった。

 

 赤い髪の少女エリタリーナにとっては、初めての日本だ。イルザック学院からの依頼で、エルフドールを要人に届けた。大きな仕事は終わったけど、日本でやるべきことはまだ残っている。


 イルザック学院の優秀な生徒から選ばれる鯨下円卓の末席に名を連ねているエリタリーナは、学院側の依頼を積極的にこなしている。一年生で第十席に座り、同年代でナンバーワンの自覚があったエリタリーナだが、ポッと出の日本人の同い年が、第三席に座っている。負けず嫌いのエリタリーナにとって、天野 若蝶はライバルだった。



「日本人留学生候補の面接と、鯨王候補の調査、日本の皇族への挨拶ね。はあ、失礼のないようにしないとね。上手く挨拶できるかしら。わたし、緊張すると顎が上がるの。顎が上がると、見下しているように見えるでしょ? それって、とっても失礼よね?」


「そうだな」


「はあ、他人事だと思って。日本のことなんだから、日本人の陽斗がやったらいいじゃない。お堅いの、得意でしょ。堅物くん」


「小岩井家は分家だ。日本の要人と会うのは、好ましくない」


「関係ないじゃない。家のことなんて。それとも、あれだ。妹ちゃんに迷惑かけたくないんだ。あーあ。わたしより妹ちゃんなんだ。妹ちゃん、どんな子? かわいいの?」


「妹は関係ない」



 小岩井 陽斗は要人車両の運転手だ。ラフな私服のエリタリーナとは違い、イルザック学院の制服を着て、まさに堅物と言える真剣な表情で、運転をしている。そもそも、免許を取って一年も経っていないので、緊張しているというのもある。


 助手席には不機嫌な顔の白髪の美少女が座っていた。名前は、ルイレン。エリタリーナと同じように窓の外に興味を持っているが、日本のことはそれほど好印象ではない。魔法が好きなルイレンにとって、魔法嫌悪の国民性がある日本は、あまり好きになれない。


 要人車両は都市部を複雑に跨ぐ、バイパスを通っている。目的地は帝王ホテルである。要人車両を使っているが、今は観光を終えて、プライベートな移動だ。エリタリーナ、陽斗、ルイレンの三人にプライベートな時間を与えるのは、日本外遊の条件だった。



「ねえ、何か嫌な予感しない?」



 エリタリーナは唐突に呟いた。彼女の嫌な予感を、他の二人は感じることができない。エリタリーナは特殊な環境で育ち、12次元以降の世界に関して、かなり敏感だ。陽斗はバックミラーに映る、エリタリーナの表情を確認する。珈琲をブラックで飲んだときのような、やせ我慢を含んだ苦い顔をしている。



「発竜が近いの?」



 ルイレンはエリタリーナに尋ねた。そうだとしたら、大変だ。日本のエルフドールの初陣ということになる。エリタリーナは「たぶん」と呟く。自分が敏感に受け取った12次元のことを、言語化する能力はエリタリーナにはない。それができたら、エルフ以上の上位存在だ。とはいえ、エルフにすら存在しない感覚があるから、エリタリーナは第十席に座っている。



「日本が竜に勝てると思う?」


「竜の種類によるわよ。一番、雑魚ならいい勝負。ちょっとでも強いとダメだと思う。まあ、でもグレートプリパンナの軍が倒してくれるでしょ。わたしたちの出る幕はないわ」



 ルイレンの質問に答えたエリタリーナだったが、耳に付けたイアリングから連絡の通知がくる。まるで、要人車両内の会話を聞いているようなタイミングだったけど、実際に聞いているのだ。


 エルフは世界の情報にアクセスできる。


 エリタリーナの言葉は、口に出す前の、頭の中にある段階ですでに、世界の情報の一部になっている。エルフはそれをいとも簡単に閲覧できる。プライベートの無さに不快感があるが、人間とは根本的に違うのだ。エルフの情報閲覧能力に文句を言っても仕方がない。



「連絡が入った。行ってくる」


「行ってらっしゃい」



 挨拶をして、エリタリーナは思考を身体の内側に入れた。




◇◇◇




 果てしなく続く草原に、白い机と椅子がある。その机にはパラソルが刺さり、日差しを遮ってくれる。エリタリーナの赤い髪に、太陽の光が当たると眩しくて仕方がない。パラソルは必須だ。


 本来は何もない空間だが、エリタリータの敏感な知覚能力のおかげで、それっぽい空間に仕上がっている。白い椅子に座っているのは、エルフのリンロール。エルフらしい尖った耳と、長く伸びた金髪。特徴的なのは、少し癖っ毛なのと、とても若いエルフだということだ。千年を生きると言われているエルフにとって、若い世代のエルフは珍しい。


 エリタリーナはリンロールの机を挟んで対面に座った。お茶やお菓子などの出迎えはなく、机に上に必要とされているのは、会話だけだった。



「なに?」


「グレートプリパンナよりも先に、貴方が竜を倒しなさい。エルフドールは貴方のものを使ってもいいわ。戦闘の頃合いを計って、日本の守護者がイルザック学院ひいては、ローグレイクであることを示すのよ」


「日本のエルフドールじゃ勝てない?」


「そうね。今、日本にいる人間で、これから来る竜に勝てそうなのは二人ね」


「わたしと、鯨王候補ね」



 分かっているじゃないと、リンロールは満足そうに頷いた。若いエルフのリンロールにとって、信頼できる優秀な人間は、それほど多くない。リンロールの支配下にいる人間のなかでも、エリタリーナは最優秀だと言える。



「グレートプリパンナとの競争になる?」


「ならない」


「じゃあ、優雅に暴れるわね」


「暴れないで。竜は街中に出るから。じゃあ、頑張ってね。バイバイ」



 リンロールは重要な情報をボソリと呟く。


 エリタリーナの意識は、車内に戻ってくる。ルイレンから「どうだった?」と質問が来る。エリタリーナは「頑張らないといけないみたい」と返す。街中で竜が暴れたら、多くの人が死ぬ。


 エリタリータは、なにより、人が命を落とすのが嫌いだ。

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