第5話 エルフドール


 エルフがいないと正しく魔法を使えない。


 人工エルフの出現により、そんな言説が過ぎ去った。魔法の天才、現代の異能、天野 若蝶は、時代を次に進め、魔法の歴史を変え、人間として唯一、エルフの領域に足を踏み入れた。


 その影響は、日本にもあった。


 自然豊かな国立公園で、パレードが開催された。パレードカーが列を成し、その中心には一体のエルフドールが運ばれていた。エルフドールは鯨の王が竜に対抗するために作った、巨大人型ロボットである。


 日本がエルフドールを所有するのは、これが初めてである。日本も竜の被害を受けることはあった。しかし、日本に現れた竜は、自衛ではなく、グレートプリパンナのエルフドールによって討伐された。


 桜色をした日本のエルフドールを一目見ようと、国立公園には多くの人が訪れていた。そして、パレードが行われている道の、国立公園を挟んで、反対の道では、魔法嫌悪の日本人による小規模デモが行われていた。


 僕と小岩井さんは、パレードとデモの両方が見下ろせる望遠カフェに訪れていた。テーブルにはクリームのはみ出たシュークリームがあった。僕はカフェオレを飲み、小岩井さんはココアを飲んでいた。



「どっちに参加したい?」



 小岩井さんから嫌な質問が飛んでくる。どちらにも参加はしたくない。パレードもデモも意義は分かるが、こぢんまりとはしていない。パレードをするなら、インターネットでいいねをする。デモをするなら、SNSでヘイトを垂れる。



「ま、パレードかな。浮かれる方が性に合ってる」


「じゃあ、私はデモね。なんだか、織姫と彦星みたい。あそこの国立公園が天の川」


「変なポエム」


「変じゃないよ」



 目下、国立公園では、エルフドール授与式が行われる。小岩井さんの変なポエムはカフェオレの味を引き立てた。チョコレートのようなポエムだ。クリームのはみ出たシュークリームと良い勝負ができる。甘い言葉。



「あのエルフドール、誰が動かすの?」


「日本にも、魔法が使える人はいる。突発的な竜と戦えるほど、エルフドールを使いこなせるパイロットはいないと思うけど、人工エルフが開発された今、エルフドールの操作は簡単になっているはずだよ」


「藤糸郎くんは、動かせる?」


「うん。竜と戦えるかは、別だけど」



 竜と戦うなんて、怖くて無理だ。鯨と対抗できる大きさで、文明に対する凶暴性を兼ね備えている。竜が現れる条件は判明されていない。イルザック学院では、竜の研究も行われているけど、その実態は掴めない。12次元の自然災害である。



「あ、女の子だ」



 エルフドールのコックピットから現れたのは、赤い髪の女の子だった。日本の太陽に照らされて、赤い髪はキラキラと輝きながら流れるように垂れている。垂れた毛先は、腰の高さで踊っている。



「同い年くらいじゃない?」


「そうだな」



 赤い髪の女の子は、小岩井さんが言うように、とても若い。イルザック学院の生徒だろうか。外交を任されるレベルとなると、かなりの成績優秀者であるはずだ。それこそ、若蝶ちゃんのように、人類史に名を刻む女の子かもしれない。



「それこそ、天野 若蝶が乗ってきたらいいのに」


「若蝶ちゃんは、エルフドールには乗れないと思うよ。いくら若蝶ちゃんが天才とはいえ、本格的に魔法の勉強を始めたのはイルザックに入学してからだからね。流石に、任せられない」


「それも、そうね」



 竜とエルフドールの戦闘は特殊技能である。魔法の天才だからと言って、エルフドールに乗るのに相応しいというわけではない。竜も生物である。エルフドールに乗るには、生物を殺す精神力が必要だ。


 その点、赤い髪の女の子は、若いのに、エルフドールに乗るのに相応しい精神力をしているのだろう。エルフドールから、降りるときの動きも、洗練された経験者の動きだ。僕のお母さんが、エルフドールから降りるときも同じような動きをしていた。幼い頃の、おぼろげな記憶だ。


 テレビで見たことのあるメガネをかけた日本の要人が、赤い髪の女の子に低姿勢でヘコヘコしていた。外務大臣として、外交を頑張ってきた人だから、こういう式典に出るのは慣れている。


赤い髪の女の子は、日本の要人に本を渡した。要人は笑顔でその本を受け取った。魔導書の情報エネルギーでエルフドールは動いている。要人もエルフドールを動かせるのだろうか。幼い頃から、日本の名家で育った政治家なら、魔法の訓練もしているだろう。



「それにしても堂々としてるね」



 赤い髪の女の子は、ラフな服装で今回の式典に臨んでいた。イルザック学院が彼女を選んだのなら、人選ミスではないだろうか。要人はニコニコしているけど、脇を固める政府関係者は苦い顔をしている。


 式典の様子を観察していると、赤い髪の女の子がこちらに顔を向け、ジッと見つめてきていることに気づく。なんだか、目が合っているような気もする。自意識過剰だろうか。望遠カフェと、公園では、少し距離がある。



「あの子、こっち見てない?」


「気のせいだろ」



 こっちを見ているからと言って、僕たちを見ているとは限らない。そして、見られている理由も思いつかない。若蝶ちゃんに、何か言われたのだろうか。言われたとしても、僕が望遠カフェにいると、赤い髪の女の子が知る由もない。


 何か胸騒ぎはするけど、気のせいだ。


 こぢんまりとした僕の世界に、あんな派手な女の子は似合わないだろう。


 赤い髪の女の子はニコッと笑ってから、顔を逸らした。

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