第4話 小説家になろう


 小岩井さんが書いた小説を読んだ。小説はライトノベルだった。『生徒会勇者ミーミシ』というタイトルを見ただけで、ライトノベルだと確信した。ライトノベルらしさのようなものを、僕は理解できていた。


 内容は、生徒会探偵ヨギボと、生徒会勇者ミーミシが学園で発生する大小さまざまな事件を解決していく学園探偵モノの小説だった。ヨギボとミーミシの掛け合いが楽しく、テンポの良い推理描写から、スッキリとする解決シーンまで、読み応えは抜群だった。


 冬になると部室の真ん中に置かれたテーブルは、コタツに変身する。僕と小岩井さんはコタツに足を入れて、お互いが書いてきた小説を読んでいた。僕が書いた小説よりも、『生徒会勇者ミーミシ』の方が文字数は多い。



「藤糸郎くんは純文学を書くんだね。『落花生』ってタイトルは、落下する星と掛けているんだよね。言葉遊びは日本語文学の基本だから、続けていくと良いと思うよ。それにしても、傑作だね」



 小岩井さんに褒められる。

 

 リーメイに相談しながら苦労して書いた甲斐があった。リーメイは日本語が分からないから、小説を公用語に翻訳しながら相談した。公用語に翻訳する過程で、日本語の言葉遊びなど、細かいニュアンスは死んでしまったが、物語の大筋や、哲学は翻訳しても残る。



「この『公転していると言われれば聞こえが良いが、この星は落下を続けている』って一文はなんだか素敵だね。『止まらないのが重要だ。落ち続けるんだ。歴史に名を残すために、星になるんだ』っていうのも、その語の主人公を考えたときにゾッとするかも」


「公転を落下と捉えるのは、無理矢理だって突っ込まれたけどね」


「その人は、純文学を分かってない。このダイナミックな思考が許されるのが純文学だよ。星の公転を落下と捉えるのは、人の一生を表現するうえで、必要な解釈だし、純文学として適切なポジションに立っていると思うよ」



 小岩井さんによる肯定が気持ち良い。


 リーメイがいつか、本を読むのに人肌が重要だと言っていたのを思い出す。自分が書いた小説を褒められたときには、抱きしめられた感覚になる。コタツの暖かさか、人肌の温もりか、冬なのに、寒くない。




◇◇◇




 高校二年生の夏。

 僕が書いた小説が、新人賞を受賞した。


 タイトルは『人工エルフ』


 若蝶ちゃんが作った魔法陣を、言語化した小説だ。その場で、上手く言語化できなかったのが悔しかった。その悔しさを小説にした。ポロチン文学賞は、僕が行っている魔法を正しく言語化する営みを、高く評価してくれた。僕は、第322回ポロチン文学新人賞で大賞を受賞した。



「人間の活動が魔法に奪われて久しい。しかし『人工エルフ』の登場によって、エルフの活動が人間に奪われる。進化とは奪い合いだ。奪い合いとは戦争だ。戦争が机の上で行われるようになってから、人間は進化を続けた。その進化に、日本人が追い付く魔法。日本人がエルフになる魔法。それが『人工エルフ』だ」



 僕の小説について、天野 若蝶第三席から帯コメントを頂いた。


 若蝶ちゃんは『人工エルフ』作成の成果が認められ、イルザック学院に留学した。学院では魔法の才能を開花させ、一年生にして第三席を得ている。全校生徒十万人のうちの三位という日本人では有り得ない高みに到達していた。



『ほら、チマキ先生になっただろ』



 チャットアプリを開くと、リーメイが祝福をくれる。チマキ先生とは、リーメイの冗談だったのに、本当のことになってしまった。しかし、新人賞を受賞して、本を一冊出版しただけで、先生と呼ばれるだけのことは、まだ、できていない。


 これから、何十冊も本を出版するうえで、何かの分野において徐々に先生になっていくのだ。『落花生』が評価されず、『人工エルフ』が評価されたことを考えると、僕が小説を書く理由は、魔法の言語化にあるのだと思う。



『おかげ様で。日本の文芸の端っこに名前を刻むことができたよ』


『イルザック学院でも、お嬢がオススメ図書に名前を上げたから、翻訳版が読まれているぜ。『人工エルフ』なんてタイトルは、みんなの興味をそそるからな』


『イルザック学院の生徒だったのか』


『言ってなかったか? イルザック学院の五年生だ。留年を二回経験しているから、七年目だけどな』


『優秀なんだな』


『留年二回だってば』


『それでも、優秀だ』



 そうか、リーメイはイルザック学院の生徒だったのか。リーメイという名前は、ポティーコネス国の人によくある名前だ。ポティーコネスは人口が多く、優秀な魔法使いをイルザック学院にたくさん留学させている。リーメイもそのうちの一人なのだろう。



『お嬢含めて、優秀な日本人が最近は名前を上げてきた。イルザックの経営陣は、日本人の留学生を大募集するらしいぜ。日本人が磨けば光る原石だって、気づいたみたいだな』


『てか、お嬢って誰だ?』


『ジャクチョウ・アマノのことだよ。今や学院のアイドルさ』


『物知りだな』


『七年もいればな』



 世界はイルザック学院を中心に回っている。イルザック学院は魔法の最先端であり、この世界の情報は全てイルザックに通じている。魔法の最先端がイルザック学院にあるなら、小説で魔法を言語化するうえで、僕はイルザック学院で学ぶべきだろうか。


 いいや。

 僕はその考えを脳みその端っこに捨てる。

 そもそも僕が合格するはずもない。


 世界の端っこで小説を書いて、こぢんまりとできたら、それで良い。

 

 小岩井さんという、大切な人もできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る