意味の王国 the kingdom of meaning

それは、もうずいぶん前のことなんだけれど、

認知症の祖父がよくうわごとのように話していたことで。


ベットの上で、窓の方を見つめながら、何かを指差しながらこう言ってた。

あの雲の上には、ある王国があるんだと。

名前はなんだったか、言ってたかどうかわからなくて。


どんな王国なの?って、私。冗談まみれで聞いてみたの。

でも、祖父はまるでその王国が本当にあるかのように話すの。

すべてを忘れてしまった祖父だったの。

私の名前もそのときは忘れたのに。


じゃあ、その王国の話をするね。


祖父はね、その王国の城の庭師として勤めてたんだって。

庭を王様の好みに変えてくれる、庭の魔術師だったみたい。

その王国はね、王様に従えてて、みんな何かしら人の役に立たないといけないの。

人は生まれつき何かしらの特性を授かっているっていう考えがあるんだって。

無職の人間は死刑になるの。だって、生きてる意味がないから。無駄な二酸化炭素を吐く必要はないからって。怖いけど、だから社会はよく回っていた。


地球上みたいに、余計なものは何もなかった。はずだった。

でもある時、その王国は食糧危機に陥ったの。

王様の周りの偉い人たちが、この事態をどうにかしようと、

無駄な職業についている人を処刑しはじめた。


例えば、はじめに処刑されたのはね、芸術分野の人たち。本を書いたり

小説を創ったり、絵を描いたり。

その次は、

その王国で発達していた人工知能によって仕事を奪われた人たち。

その次は、王国に反対していった知識人たち。

王国はそうして、独裁国家のようになっていたの。


当然、祖父の職業は人工知能に奪われて、処刑令状がきたの。

でも祖父は逃げようと、何日も走り回ったんだって。

でも、「処刑」されてしまった。

その処刑っていうのはね、この私たちが住んでいる地球上に落とされることなの。


祖父は地球上に落とされて、やがて祖母と出会い、

私の母を産んだ。

祖父はね、はじめ、祖母と出会ったとき、地球上にあらゆる職業が溢れていることと、何もしない無職の人が生きていることに驚いたんだって。


祖父は、祖母と恋愛をしてはじめて、恋をすることの意味が分かったんだって。

そう、愛が分かったんだって。

王国では、優秀な遺伝子が選ばれて、その同志が結ばれるから、自然に出会うなんてことは無かったから。

祖父は、祖父はそれでたくさんのことを、たくさんの無駄なことをしたと言っていた。くだらない立ち話に付き合わされたり、新しい職場で出会った人の愚痴を聴いたり。朝まで飲み明かしたり。新しい趣味をはじめてみたり。


孫が生まれたから、アルバムを創ったり。

孫のために、ビデオを撮ったり。

孫のために、一輪車に乗る練習を手伝ったり。


でも振り返ってみれば、それは全く無駄じゃなかったんだって。


祖母と出会ったことも、なんとなく空を見上げる事も。

ただ眠るだけのことも。何かの役に立たなくても、自分には生まれてきた意味があったんだって。でもないかもしれないから、それは自分自身で見つけなさい、って。。


私ね、この話を聞いたとき18歳だったから、その意味がよくわからなかった。

でも、こうして大人になってみると、意味があることもない事も…全部必要なんだって、思うんだ。


その王国は今でもあるのか分からないけど、それがあってもなくてもね…

なんだか、私は…不思議に思うの。

その意味の王国は、私たちの心の中にあるんじゃないかって。

あったんじゃないかって。




1945年、8月15日 早朝。病院で立ち話をしていた看護師の会話より。






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