スターライト・ホテルー2
部屋を開けると、質素な家具が並んでいた。
どこか見覚えがある部屋だった。
「うそ...これ」
「はい。あなたの幼少期の部屋ですね…」
部屋の配置は女性が子供の頃に住んでいた部屋そのままだった。部屋に飾られているカレンダーや、家族写真などに女性は近寄っていった。
「これ全部…どうして、この部屋は、一体なんなの」
「ここはスターライト・ホテル。あなたがこの部屋を作り出したのです。この場所は、あなたが求めていたのです。あなたが求めていた、もっとも遠い場所なのですよ」
女性は不思議がりながらも、机の上においてある、dreamと描かれた本を開いた。
「…私ね、将来は医者になりたかったの。結婚もしないで、一人で生きていけるって思ってた。でも、周りの友達はみんな結婚したの。仕事も捨てたの。みんな子供を産んで…誰も話し相手が居なくなっちゃった。さびしくなったの」
女性の頬に、涙がつたった。
「でも、今の方がずっとさびしいの。愛していたと思っていた人に、裏切られた。私は結局、ずっとさびしいままだった」
不可思議な事に、外は雨のはずなのに、この部屋のカーテンからは光が差し込んでいふ。
「夢を…思い出した?」
男性は、カーテンの外側を覗きながらそう聞いた。
「この部屋で夢見ていた未来とは違うけれど…また、この部屋で夢を見てもいい?」
女性は、涙を拭いた。
「ええ。延泊も可能ですが」
女性は、ポケットから写真を取り出した。笑顔の子供が写っている。
「…子供が居るの。世界一愛している子。明日には戻らないとね」
「戻られるのですか」
「ええ。ずっとこの場所で夢をみていても、私はただ逃げているだけのような気がするもの。現実に向き合わなきゃ」
男性は深々と頭を下げた。
「…承知いたしました。では、明日の朝、チェックアウトでございます。
おやすみなさい。良い夢を」
男性は扉を閉めた。
女性にとって、この場所にある不可思議などもうどうでもよくなっていた。
女性は、懐かしのベットに寝ころんで、そのまま眠ってしまった。
あまりにも気持ちよくて、すぐ眠ってしまった。
その晩、彼女は夢を見た。
彼女が医者として働いている夢だ。
医者仲間たちと談笑しあっている。しかし、彼女の手には赤ん坊の姿がある。
彼女は笑顔で、しあわせそうな顔をしている。
その笑い声が、だんだんと光に包まれていった。
頬に何か冷たい水滴が落ちてきた。
ポタポタと音もする。
心地よいベットは、チタンの冷たい床に変わっている。
まばゆい太陽の光が、女性を照らす。
女性が目を覚ますと、屋根も床もボロボロの建物の中に居た。
どうやら一晩中、ここで眠っていたようだった。
立ち上がると、昨晩のことをうっすらと思い出してきた。
部屋の扉を開けると、そこは昨日の「フロント」があった場所だった。
豪華な大理石などはない。そこには落書きや、腐敗が進んだ木材などが置かれていた。
しかしところどころ、フロントの文字など、数年前までホテルとして利用されていたあとがある。
太陽の方向へ向かおうと、建物の外に出た。
すると、昨日乗ってきた車がずいぶんボロボロになって駐車場に停めてあった。
女性はカバンから代金を取り出すと、「フロント」の前に少しだけお金を置いた。
せめてものお礼だった。
外は快晴で、昨日の暴風が嘘のようだった。
昨日の出来事はなんだったのだろう。
女性は車を運転し、帰路に着いたのだった。
女性は家に帰ってから、スターライト・ホテルについてたくさんのことを調べた。
どうやら、あのホテルは1980年代に開業した後、石油探鉱などの影響で儲けたが、不景気になり、オーナーが自殺を図って廃業になったのだという。
80年代の儲けは凄まじかったことだろう。
ネオンの輝きが絶えなかったのだろう。
女性は、あのホテルの男性について何かないかと調べたが、全く思い出せない。
だんだんと顔つきも分からなくなり、輪郭もぼやけてきてしまった。
あの日の出来事は、子供が大きくなったら話そうと思う。
世の中には不思議なことがたくさんあるのだと。少しでも教えてやりたい。
それは、現実から逃げるためではなく、現実へ向かうための…
小さな…心の休息地として。
またどこかで、おそらく会えるであろうあの…
あのホテル…名前も忘れてしまったが、
誰の心にもある、あのホテルへ……。
辺鄙な田舎町で、今日もネオンが光り輝く。
「あの…部屋、開いていますか?」
薬指に指輪を付けた、若い男性がやってきた。
ネオンの輝きは、どこか哀愁漂う。
忘れられてしまったものたちの嘆きを身にまとう。
「ようこそ、スターライト・ホテルへ。部屋の空は充分にありますから、どうぞごゆっくりしていってください」
心の旅人たちが、今日も泊まりにやってくる。
『スターライト・ホテル』 完
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