第28話 吸血鬼の力
「……チッ!」
狩人の男はミラムに向けて、発砲する。これで倒せるとは微塵も思っていない。あくまで偵察。様子見だ。銃撃への対処法で、相手の種族を掴める手掛かりを探す。
弱点が共通している死者と違って、人外連中はそれぞれ独立した攻略が必要になる。一手でも読み間違えれば、すぐに即死級の攻撃が飛んでくる。なので、人外を相手にする時は念入りに準備をして、奇襲を仕掛けるのが正攻法なのだが……不測の事態だ。こればかりは仕方がない。
シュンッ
「……っ。マジか」
ミラムに放った弾丸は彼女に命中することはなく、通り抜けてしまった。
これで、おおよその目星は立つ。相手は自分の身体の一部を幽体化、または消失することができる。正面からの物理攻撃は通用しないとみていいだろう。だが、それでもやりようはある。切り札をここまで温存しておいて正解だった。
あの一撃なら、どんな能力だろうと関係ない。当たりさえすれば、確実に屠ることができる。何しろ、魂を消滅させる術式だ。命という概念自体の特効。目の前の少女の正体は完全には掴めていないが――この手しかない。
狩人の男はミラムに向けて、スミスに使用したものと同じスタングレネードを投げつける。一方で、ミラムはその攻撃に対して動じることなく、ただ突っ立っていた。
ピカッ
閃光が周囲を包み込む。これで、視覚と聴覚は潰した。あとは……不意打ちを成功させるだけ。狩人の男はポケットの中にあるスマートフォンを操作し、合図を送る。
あと五秒、あと五秒で、全てが終わる。心の中で、狩人の男は秒数のカウントを始めていた。
「ワンッ……」
「……ゼロ」
狩人の男が残り一秒のカウントを無意識のうちに呟いた直後、なぜか、ミラムは――そのカウントの続きを口に出す。まるで、全てお見通しだと見抜いているような、笑みを見せていた。
「――神は我が砦、我が強き盾、破れることなし」
カウントが切れると同時に、ミラムの背後に――先程までいなかった第三者の影が現れる。
「――主よ。どうか、我に戦う力を与えたまえ!」
年齢はミラムと同程度の少女。修道服を身に纏っており、その右腕は不可思議な光を放っていた。
そう、彼女こそが、狩人の男の最終兵器。最初から、彼らは二人一組で行動していた。修道服の少女は彼が単独で完全に太刀打ちできないと判断した時に合図を送り、背後から急襲する役割を担っていた。
勝った。その瞬間、彼は確信した。修道服の少女が扱うのは奇跡の力。その浄化の力を宿した手に触れた悪しき魂は例外なく、消滅する。使用者である本人の実力がまだ未熟なため、直接戦闘できるほどの力はないが――不意打ちなら、話は別だ。これ以上の殺傷力を持った兵器はない。死者だろうと、人外だろうと、確実に葬り去る。
ミラムも背後を振り向き、修道服の少女を視認する。だが、もう遅い。少女の腕はミラムまで残り数十センチの距離まで迫っている。彼女の反射神経では――避けられない。
「……なんちゃって」
だが、ミラムは――にやりと、口角を上げ、笑みを見せた。まるで、その攻撃が最初から来ることが分かっていたかのように。
「――っ⁉」
そして、修道服の少女がミラムに触れようとしたその瞬間、彼女の姿勢が崩れた。
「なっ……⁉」
狩人の男はその光景に、驚愕の声を上げる。修道服の少女はそのまま地面に倒れこみ――動かなくなってしまった。一体、何が起こったのか、理解できない。まさか、攻撃を受けたのだろうか? あの一瞬で?
「不意打ちはいい作戦だった。最初から二人でいるより、あえて伏兵を忍ばせておけば、相手は敵を一人だと思い込む。で、隙が生まれたところに後ろからズドン。でも……残念。こんな体温が高い人間を見逃すわけないでしょ~?」
倒れている修道服の少女に向けて、ミラムは蹴りを放った。しかし、完全に意識を失っているのか、彼女が動く気配はない。いや、既に――もうその魂はここにはないのかもしれない。
なぜ、作戦が読まれていたのか。何らかの感知能力を持っているのか。様々な可能性を、狩人の男は脳内で巡らせる。そして、倒れている修道服の少女へと、視線を送った。
「……クソガキ」
恐らく、まだ彼女は死んでいない。いくら何でも、あの一瞬に即死級の攻撃を放つことはできないはず。何らかの毒か、精神攻撃によって、意識を失っている可能性が非常に高い。まだ……死んでない。死んでないはずなのだ。
「くっ!」
狩人の男は銃口をミラムに向ける。彼自身も、まだ何らかの策を用意していたわけではない。ただの反射的な行動だ。修道服の少女をまだ助けられるかもしれない――心中にあるのはそれだけだった。
「あぁ、まだやるんだ? でも、ざんね~ん。もう決着はついてま~す」
別れの挨拶を告げるように、ミラムは手を振る。
「は? 何を言って――」
その真意を問おうとした瞬間、狩人の男の視界が揺れた。
「なん……だ……これ……ッ⁉」
突如、襲ってきたのは眩暈と激しい倦怠感。思わず立っていられなくなり、地に伏せる。間違いない。これは毒だ。だが、一体いつ攻撃を受けた? 直接、彼女から攻撃を受けたとは思えない。そうなると、答えは一つしかない。
向こうも、こちらと同じ手を使っていた。
「クソ……が……」
その言葉を最後に、狩人の男は意識を失った。
「ざーこ」
倒れている二人の狩人に向けて、ミラムは悪態を吐き捨てる。これで、完全決着だ。勝者は――吸血鬼ミラム。
「終わった……のか」
「っ⁉ ハ、ハゲ‼ お前、大丈夫か⁉」
いつの間にか、背後で倒れていたスミスが立ち上がっていた。慌てて、ミラムは彼に駆け寄る。
「大丈夫……とは言えん、な。今にも、倒れそうだ」
「お、おう……そりゃそうか。めっちゃグロいことになってるぞ、お前……よくそれで生きてるね」
現在のスミスは何とか人の形を保ってはいるが、全身の肉がまだ再生を続けている最中であり、ところどころ骨が見えていた。
「そ、そんなことより……勝ったんだな」
「うん。楽勝」
スミスは倒れている二人の狩人へ視線を向ける。あれだけ苦戦したサングラスをかけていた男だけではなく、潜んでいたもう一人まで片付けてしまうとは――つくづく、吸血鬼の力というものは恐ろしい。
「……気絶している。ということは……アレを使ったのか」
「そっ。私の切り札にして、最強の眷属……〝モスちゃん〟をね」
ミラムは人差し指を突き立てる。すると、どこからか――蚊が一匹現れ、彼女の指に止まった。
これこそが、ミラムのとっておき、奥の手である。この蚊は彼女の一族が代々育てている品種であり、特殊な周波数を出すことで、コミュニケーションを取り、意のままに操ることができる。その体長は一センチにも満たない極小サイズ。彼女らの力を借りれば、周囲の散策や潜入、情報収集まで、ありとあらゆる情報を得ることができる。
しかし、最も恐ろしいのは蚊が体内に蓄えている吸血鬼の血液だ。この血はミラムが彼女たちの力を借りる代わりに提供しているものであり、蚊には無害なのだが、他の生物にとっては吸血鬼の血は猛毒。一滴でも体内に取り込めば、数週間は高熱にうなされるほどの毒性を持っている。
先ほど、狩人たちが倒れてしまったのはこの血を蚊に注入されてしまったためだ。いくら彼らでも、吸血鬼の血に対する耐性はない。極小サイズの襲撃者に気付けなった時点で、勝負は決していた。
「まったく、高貴な吸血鬼の眷属がこんな小さい虫っていうのもあれだけど、人を殺すって分野においてはこれ以上の者はいないね。伊達に歴史上で一番人類を殺している生物なだけあるよ」
「……あぁ、そうだな……グッ!」
突然、傷が痛みだし、スミスは呻き声を上げる。
「ちょっ! 本当に大丈夫⁉ 肩貸そうか?」
「いや……平気だ。それに、お前では俺の体重を支えられるとは思えんからな」
フッと、スミスは笑みを見せる。
「そこまで憎まれ口を叩けるなら、大丈夫か。心配して損した」
それに安堵したのか、ミラムも彼に向けて笑みを零した。
「……さて、あとはこいつらか」
ミラムは倒れている二人の狩人に視線を向ける。
「さっさとこいつらを殺して、撤収するか。私の血は猛毒だけど、あの量だと死には至らないからね。早くこの町から出て行けば、死なずに済んだのに……馬鹿なやつら」
「……よく、俺がここで戦っていると分かったな」
「ん? あー……それね。まあ、なんて言うんだろ。
「……そうか。今回ばかりは助かった。お前がいなければ……俺はこいつらに殺されていた。ありがとう。ミラム」
「~~~っ⁉」
真正面から礼を言われて、恥ずかしいのか、照れているのか、ミラムはスミスから視線を逸らす。
「い、いいから! 早くこいつら殺して帰るよ! ついでにアイスもまた買わないといけないし!」
「あぁ、そうだなっ――」
その瞬間、スミスは頭痛を感じた。まだ先程の戦闘の負傷で、脳が再生を続けているのか。最初はそう思ったが、それにしては妙だ。その痛みはもっと脳の内側から発せられているようだ。
いや、湧き出してきたのは痛みではない。なぜか、先ほどまでなかったある心情が――浮かんできた。
「こいつも勿体ないなぁ。ちょうどいい食べ頃だけど、狩人の血はあんま飲みたくないし、そのまま殺すしかないか」
ミラムは先に気絶させた修道服の少女の前に立つ。 そして、彼女の細い首に向かって腕を伸ばした。
「……悪く、思わないでよね。負けた方が悪いんだから」
ガシッ
だが、突然、ミラムは横から腕を掴まれる。
「……ハゲ?」
「…………」
ミラムの腕を握ったのは――スミスだった。
「どうしたの。もしかして、こいつの肉を食いたいの? やめときなよ。何か体に仕込んでるかもしれないし、食べない方が――」
「違う」
スミスは否定する。彼女を止めたのはそんな理由ではない。
「……よそう」
「え?」
「こいつらを殺すのは……よそう」
「……は?」
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