第27話 理解不能
咄嗟に狩人の男は地面を蹴り、回避の姿勢を取る。
上からの攻撃。怪物は地上からではなく、空中から襲ってきた。それにしても、六秒近く滞空をしている計算になる。一体、どこまで跳躍していたというのか。驚異的な脚力としか言えない。
ズドンッ!
怪物の拳がコンクリートを突き破り、地が震動する。あとコンマ一秒でも遅れていたら、こちらがぺしゃんこになるところだったと、狩人の男は肝を冷やす。
だが、これで勝利の条件は全て揃った。男は賭けに勝ったのだ。今、怪物の拳は地面に埋まり、身動きが取れなくなっており、あの機動力が活かせない状態にある。つまり、こちらの攻撃は必中。絶対に、外さない。
拳銃を構え、照準を合わせる。予想以上の苦戦をさせられたが、これで終わりだ。怪物に賞賛の言葉を送り、男は引き金を引こうとした瞬間――それは起こった。
怪物は地面に埋まった拳をそのまま突き上げ、アッパーカットを放った。
ズガガガガッ‼
「なッ⁉」
無数のコンクリート片が狩人の男を襲う。それ自体は大した威力ではなかったが、問題は――視界が遮られるということだ。破片から眼球を保護するために、狩人の男は右腕を無意識に目元へと運ぶ。その瞬間、怪物が――再び視界から消えた。
「クソッ⁉ ど、どこに……」
千載一遇のチャンスを逃してしまった。相打ち覚悟で、撃つべきだった。自らの愚行を後悔しながら、怪物の姿を探す。
ちょうど真後ろ、五メートルほど離れた位置に、怪物は立っていた。その姿を視界に捉えた瞬間、再び拳銃を彼に向ける。
「……っ⁉」
だが、ここで彼はやっと――気付いた。先程まで握っていた拳銃が、いつの間にか消えていることに。
銃はどこに消えた。まさか、落としたのか。いや、そんなへまをするわけがない。狩人にとって、銃は第三の腕と言えるほどの重要な武器。戦闘中に落とすなんてことは万に一つもありえない。ならば、どこに消えたのか。自らの手元から怪物へと視線を移す。
「な、なんで……お前が……」
「……………………」
その光景に、狩人の男は驚愕する。拳銃は――怪物の手に握られていた。
いつ奪われたのか。そんなことは決まっている。破片を飛ばしてきた時だ。ほんの一瞬、意識がコンクリート片へと移った瞬間に、拳銃を奪われた。
怪物は拳銃を狩人の男へと向ける。既に引き金には指がかかっており、あとほんの数ミリ動かすだけで、弾は発射される。
狩人の男は死を覚悟した。この間合いでは回避なんてできるわけがない。これまで死線はいくつも潜ってきたが、今回ばかりは本当に終わりだ。頭の中で、走馬灯が流れ始める。
だが、心では諦めていても、彼の狩人としての経験が刻み込まれた肉体は――まだ、反撃をしようと行動していた。予備の拳銃が入っている腰のホルスターへと、無意識に手が伸びる。
無駄だ。絶対に間に合わない。分かっている。だが、止まらない。心臓が脈を続ける限り、最善を尽くす。それが、人間というものだ。
一秒が永遠に感じられる。まだ、弾は発射されない。死がすぐそこにまで迫っているというのはどうも気分が悪い。これなら、意識外からの攻撃で死ぬ方がまだマシというものだ。
狩人の男の手が――腰にある拳銃を掴む。ここで、彼は妙な違和感を抱いた。
――いくら何でも、遅くないか?
西部劇に登場するガンマンは一秒にも満たない速度で腰から銃を抜き、発砲していると聞いたことがある。大体、その辺りが訓練された人間の上限なのだろう。今、自分が腰のホルスターに触れたということは――最速でも、〇・五秒は経過しているということになる。
つまり、その間も、怪物はずっとこちらに銃を向けているというわけだ。いくら何でも、遅すぎないか。向こうはただ引き金を引くだけでいい。そんなものは〇・一秒もあれば充分に間に合う。しかし、まだ弾は発射されない。
そのまま狩人の男は銃を抜く。まだ、弾は発射されない。
照準を怪物の胴体に合わせる。まだ、弾は発射されない。
引き金に指をかける。まだ、弾は発射されない。
パンッ!
そして、狩人の男は引き金を引いた。発射された弾丸は怪物の胴体に命中し、そのまま彼は――地に伏した。
「……は?」
唖然として表情で、狩人の男はその光景を眺めていた。この勝負を制したのは――彼だ。しかし、勝者であるはずの彼自身が、一番この状況を理解できていなかった。
なぜ、あの怪物より先に発砲することができたのか。まさか、死の間際に肉体が活性化し、音速にも並ぶ速度で銃を抜いたとでも言うのか。いや、それはない。漫画の世界じゃあるまいし、多少の身体能力の向上はあるだろうが、人間の種の限界を超えることは絶対にないのだ。
なら、考えられる可能性は一つだけ――この怪物が、あえて撃たなかった。そうとしか考えられない。
「……てめぇ」
「……………………」
狩人の男は地に伏せた怪物を見下ろす。一体、この男は何者なのか。何を考えて、撃たなかったのか。全てが不明、理解不能。
「……てめぇが何を考えていたのかは俺には分からん。だが、これも仕事だ。じゃあな」
銃口を怪物の頭に向ける。そして、引き金を引く――その瞬間、狩人の男は何者かの殺気を感じた
「――これはッ⁉」
いつの間にか、周囲が《霧》に包まれていた。こんな季節、しかも
「やっと、見つけた。まったく、手間かけさせやがって」
徐々に、周囲の霧が晴れていく。その中から姿を現したのは――一人の少女だった。
「……新手か」
間違いない。この少女は怪物の仲間だ。ただの一般人ではないということはその独特の気配で分かる。死者の匂いがしないことから、
「……っ⁉」
刹那、世界に氷河期が訪れたかのような寒気を感じた。こんな経験は実に久しい。格上と対峙するのは……五年ぶりだ。
「……待ってろ。ハゲ。すぐに、終わらせてやる」
少女――否、吸血鬼ミラム・アレクサンドラ・V・グーテンベルクは呟く。彼女の瞳には怒りの感情が漏れていた。
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