第24話 狩人
*
「さて、俺も悪魔ってわけじゃない。投降するなら、苦しまずに逝かせてやるんだが……どうする?」
スミスに与えられた選択肢は無条件降伏のみ。どうやら、狩人の男は見逃す気はさらさらないらしい。
「…………ッ」
無論、その条件を吞むわけがない。スミスは拳を構える。それは戦闘の始まりを鳴らすゴングでもあった。
「まあ、そうなるよなぁ……じゃあ、精々足掻いてくれよ。もう一度、死ぬまでな」
狩人の男は懐から拳銃を抜く。その瞬間、再び、スミスの全身を悪寒が駆け巡る。
――あの拳銃は危険だ。
今まで何度も拳銃を向けられたことはなかったが、生命の危機を感じたことはなかった。しかし、今はどうだろうか。まるで、心臓に刃物を突き付けられているような、冷たい無機質な金属の感覚が確かにある。目が離せない。確実に、あの拳銃はただの銃ではないと断言できる。
「――ッ!」
先に動いたのはスミスだった。
拳銃を構えられている以上、回避は難しい。ならば、こちらから仕掛けるしかない。多少の被弾は覚悟の上で、短期決戦で勝負を決める。彼に残された手はそれしかなかった。
「……っと。威勢がいいな」
迫ってくるスミスに向けて、狩人の男は拳銃を向ける。そして、引き金を引いた。
ヒュンッ
ヒュンッ
「ヒュ~♪ やるねェ」
狩人の男は口笛を吹き、感嘆の声を漏らす。
さすがに怪物になったスミスの動体視力でも、銃弾を目視で避けるのは不可能だ。しかし、発砲には必ず人差し指を動かすという予備動作が発生する。彼はその動きを見極め、銃口の直線状から離れることにより、回避することに成功した。
壁を蹴り、スミスは距離を詰める。武器を使用する以上、遠距離戦は狩人の男に分があるだろう。だが、近距離での攻防なら話は別だ。
現在のスミスの腕力は本気を出せば三十センチのコンクリート壁を貫くほどの怪力を誇っている。それが人体に命中すれば――掠るだけでも、骨折は免れないだろう。ミラムの談では怪物は圧倒的に不利と訊いていたが、勝機はあるはずだ。
「……まったく、これだから怪物は困るんだよな。近接戦はてめえらの専売特許じゃねえんだよ」
スミスの拳が狩人の男捉えた――と思われた瞬間、彼は俊敏に肉体を動かし、その攻撃を回避した。
「――ッ⁉」
今まで、彼の拳の速度に反応できた人間など、存在しなかった。尋常ではない動体視力と反射神経の持ち主としか言いようがない。
狩人の男は回避の姿勢を取りながら、銃口をスミスに向けた。この至近距離では避けきれない。
ヒュンッ
ヒュンッ
「グッ⁉」
弾丸は脇腹に着弾。直後に襲ってきたのは痺れるような激痛。
やはり、普通の銃ではない。弾に特殊な素材が使われている。これが、怪物の弱点というやつなのだろう。もしも、急所である頭を撃たれたら――確実に死ぬ。
「ウオオッ‼」
銃弾に怯むことなく、スミスは追撃の拳を放つ。
ここで手を緩めるわけにはいかない。この間合いでしか、勝機はないのだ。
「ほう。まだ立ってるかい」
しかし、その猛攻を狩人の男は紙一重で躱し続けていた。スミスと動線が重なる一瞬、再び銃撃が叩き込まれる。
グチュッ
直前で身体を捻じったことにより、肩に着弾。
心臓を狙ってきている。これまでの被弾は合計三発。麻痺を彷彿とさせる痛みは依然として続いている。このままでは――嬲り殺しだ。
身体能力は確実にスミスが勝っている。しかし、狩人の男は人間であるにもかかわらず、その攻撃を凌ぎ切っていた。
これは経験の差だ。恐らく、彼はこれまで何百戦という怪物相手の激闘を経て、これだけの反射神経を獲得したのだろう。それに比べれば、スミスが過ごした半年間という時間はあまりにも短い。
――死。
彼の脳裏にその単語が過る。この数十秒にも満たない攻防ですら、力の差は歴然だった。ミラムの警告は正しかった。今の自分では敵う相手ではない。ならば……取るべき行動は一つしかない。
突如、スミスは狩人の男に背を向け――駆け出した。
「ってオイ! 逃げるのかよッ!」
背後で狩人の男の怒号が響くが、スミスはお構いなしに全速力で逃亡を始めた。
ヒュンッ
ヒュンッ
ヒュンッ
「ぐゥッ……‼」
当然、無防備の背中に向かって、
「フーッ。まったく、とんでもない
空になった弾倉を入れ替え、狩人の男は呟く。
「……ま、傷は深い。そう遠くには逃げられない。追跡こそ、狩人の本領ってやつだ」
路地裏にはスミスが残した血痕が、足跡のように残されている。その出血量は――スミスに与えられた負傷の深さを物語っていた。
*
「はぁっ……はぁっ……」
息を切らしながら、スミスは狩人の男の追撃を逃れるために、更に人の行き来が少ない路地裏へと駆け込んだ。
「ぐウッ……がッ……」
立っているのもままならなくなり、傍にあるゴミ箱に向かって倒れこむ。
神経にタバスコを直接浴びせられているような痛みが全身を駆け巡っている。あまりの激痛に、頭がどうにかなりそうだった。
「フーッ……フーッ……」
呼吸を整えながら、シャツを捲り、傷口を確認する。怪物の再生力を以てしても、まだ傷が癒える気配はない。考えられる要因は――〝毒〟だ。
怪物に影響を与える毒のような成分が含まれており、その成分が再生を阻害している。そう仮定するならば、対処法はある。スミスは傷口周辺の肉を掴み、そのまま引き剝がした。
グチャッ
切り離した肉片を放り捨てる。さて、これでどうだ。じっと、スミスは傷口の観察を続けた。
十秒程度の時間が経過すると――傷口の肉が僅かに揺れ、動き始めた。どうやら、正解だったらしい。撃たれた箇所の傷口を抉り、毒を取り出す。これで、応急処置は完了。と言っても、ほんの気休め程度だろうが。
徐々にではあるが、痺れが引いてきた。さて、これからどうする。あの狩人がこみすみす逃がしてくれるとは思えない。既にすぐそこまで迫っているはず。
ミラム邸までの距離はあと三百メートルほど。この手負いの状態で、帰宅するのは不可能だろう。自分では太刀打ちできない以上、彼女の力を借りるしかないが――連絡を取ろうにも、スマートフォンは家に置いてきてしまった。ここに来て、携帯を持ち歩かないという癖が仇になるとは思わなかった。
カランッ
その時、スミスの足元に、何か缶のようなものが転がってきた。スミスがその物体に意識を向けた瞬間、その缶は――破裂した。
ピキ――――――ン
「ガッ……⁉」
直後に襲ってきたのは甲高い金属音。しかし、なぜだろうか。その音は鼓膜を飛び越え、脳を直接揺らすような不快感を纏っており、平衡感覚を失ってしまう。たまらず、スミスは耳を抑える。
間違いない。この攻撃は狩人のもの。もうここを嗅ぎつけて、先制攻撃をしてきた。すぐ近くにいるはず。スミスは首を振り、姿を探す。
ヒュンッ ヒュンッ
ドンッ
「グッ……⁉」
首に銃撃を受ける。だが、これで角度の特定ができた。五時の方向。視界に狩人の姿を捉える。
「ハロー。殺しに来たぜ」
わざわざ挨拶などせずに、そのまま撃てばいいだろうに。しかし、その慢心とも言える行動はスミスにとってはありがたいものである。
「もしかして、今、おしゃべりする暇でもあったら、攻撃しろとか思ったりしたか? 悪いね。気に入った相手とはちょっと遊びたくなる性分なんだ」
「…………ッ」
「会話ってのはいい。人類が作り出した一番の英知だと俺は思うね。こうやってアンタみたいな化け物とも意思疎通ができるし、おまけに……」
ちらりと、男はスミスの足元に転がっている先程破裂した物体へと視線を移す。
「気を逸らすには最高の武器だ」
「なッ――⁉」
まずい、これは罠。本命は――スミスがその意図に気付いた瞬間、再び缶は破裂する。今度は閃光が周囲を包み込んだ。
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