第22話 女神の猟犬部隊

「……ということがあったんだが」

「あー〝女神の猟犬部隊アルテミス・ハウンド〟のことね」

「アル……なんだって?」


 ソファで寝転がり、スマートフォンを弄りながら、ミラムは解説を始めた。


「ま、あれだよ。『』とか『』とか『』とか『』と同じやつ」

「……つまり、あれか。狩る者……ということか」

「そう、それそれ」


 何となくではあるが、スミスにも意味は通じた。

 要するに狩る者。異形を相手に、それを狩る者たちの総称が、『女神の猟犬部隊アルテミス・ハウンド』という単語なのだろう。


「私たちが人間の犯罪者専門の殺し屋なら、こいつらは怪物や幽霊、人外専門の殺し屋。ちょっとでもそいつらの痕跡を見つけると、すぐに嗅ぎつけてきて、対象を抹殺する。だから、略して「犬」とか「狩人ハンター」って呼んでるやつもいる」

「……それで、ワンちゃんか」

「結構歴史は古いらしくて、五百年くらい前にはもう組織されてたとか。表に私たちの正体が漏れないのも、こいつらが情報統制をしてるかららしいし、実態は知らんけど、まあ大規模な組織なんじゃない」

「なぜ、そいつらは人ならざる者たちを狩るんだ?」

「そりゃ、私たちの存在なんて、人間にとっては百害あって一利なしでしょ。知性を持った人喰い熊が、人間社会に紛れ込んでたら……どうなると思う? 手当たり次第に、駆除しまくるでしょ」


 確かに、否定はできない。彼らにとっては人間ではないという時点で、排除の対象なのだろう。共存なんて言葉が通じるのは同族だけ。

 スミス自身も相手が犯罪者とはいえ、幾度も殺人に手を染めている。つまり、彼自身も――始末される理由は充分にある。


「で、そいつらの実力はどれほどなんだ」

「強いんじゃないの? あのビッチがこそこそ隠れて暗殺業やってるのも、あいつらに見つからないためだと思うし。私の敵ではなかったけどね」

「……交戦したことがあるのか?」

「うん。大体一年ぐらい前だったかな。偶然、遭遇してね。何かスパイ映画に出てきそうな道具いっぱい使ってたわ。まあ、霧になれば、その手の攻撃は全部効かないし、普通に殺したけど」

「……殺した、のか」


 僅かに、スミスは顔を歪める。


「そりゃあ、向こうから襲ってきたんだから、こっちも反撃するよ。ただ黙って殺されろっての?」

「……いや、そうだな。その通りだ」


 いくら普段相手にしている犯罪者連中とは違うと言っても、正当防衛の権利は行使されるべきだろう。ミラムの言う通り、向こうから襲ってきた場合は――悪人でなくとも、手にかける必要がある。


「でも、ハゲがあいつらと戦ったら、絶対負けると思うよ。相性が悪すぎる」

「……そうなのか?」

「あいつらってさぁ。どっちかっていうと、人外ってより、死者専門業者なところがあるんだよね。人外連中相手なら、それぞれ弱点は違うけど、死者なら弱点が共通してる。経験と知識を全力フルで使えるから、攻略法が確立しちゃってるらしいよ」

「その、死者の弱点というのはなんなんだ」

「さぁ? 聖水とか、炎とか、そんなところじゃない?」


 なるほど。理には適っている。

 並外れた再生力と怪力を持つ怪物。あらゆる物体をすり抜け、物理攻撃を介さない幽霊。一見すると、人間を凌駕している存在に思えるが、共通の弱点とやらがあるというのならば、彼らが日陰者として表舞台に姿を現さないのも、納得できる。

 本当に、人間が敵わない存在であるならば、彼らがこの地上の支配者に成り代わっているはずなのだ。ということは……人類は彼らに対して、無抵抗というわけではない。制裁を加えられる力を保持しているということになる。


「……何が、神だ。馬鹿馬鹿しい」

「ん? なんか言った?」

「いや、何でもない」


 昼間のドロティアとの会話を思い出す。

 彼女は人外連中に対して、裁きを与えられるのは神だけだと言った。しかし、実際には警察以外にも人間の組織が暗躍しており、治安を維持している。

 まったく、底意地の悪い女だ。女神の猟犬部隊を承知の上で、わざと言わなかったのだろう。


「……だが、弱点というのなら、吸血鬼も似たようなものじゃないか? 創作によくあるだろう。ニンニクやら、十字架やら」


 ここで、スミスは浮かんだ疑問をミラムに投げる。

 死者には弱点があるというのは分かる。しかし、それは吸血鬼も例外ではないはずだ。一体、ミラムはどうやって犬を撃退したのだろうか。


「はぁ? ばっかじゃないの。あんなの全部嘘っぱちだわ」

「そう……なのか」

「そりゃ、弱点があるのは否定しないけど、世間一般で言われてるやつは全部嘘。しかも、その弱点も家系によって違うし、それ以外の攻撃は霧になってれば通り抜けるっての」

「……で、その弱点はなんなんだ?」

「一族の秘密だから、ハゲには言えない」


 吸血鬼は家系によって弱点が違う。死者と違い、共通したものではないため、対策は困難というわけだ。


「……まったく、つくづく吸血鬼というものは恐ろしいな。俺より。よっぽど不死身じゃないか」

「――まあ、そうだね。うん」


 スミスの感嘆の言葉に、なぜかミラムは数秒の沈黙を見せていた。


「と、とにかく。犬どもがうろついてるなら、しばらくは外出は控えた方がいいよ。あいつらに見つかったら、一発でバレるから」

「……どこかの部位で、判断しているのか? ぱっと見は俺もお前も、普通の人間と変わらないと思うが」

「私たちも、善人と悪人はある部位で見分けてるでしょ? あいつらも同じことができるんだよ」

「……あぁ、か」


 納得。それならスミスにも、見分けられる自信があった。

 眼球という部位は――その人物の本質を読み取れる。子どものような無垢な存在は澄んだ色をしており、年齢を重ねるにつれて、その色は徐々に澱んでいく。

 基本的に、彼らが殺している犯罪者はその中でも特に汚れた瞳を持っていた。それだけ業というものを重ねているのだろう。その筋の者たちから見れば、スミスも――澱んだ瞳をしているに違いないというのは容易に想像できた。


「そっ。私たちの世界なら、相手の眼を視るだけで、大体の情報は分かる。でも、あいつらは基本的にサングラスとか眼鏡とかで、隠しているんだよね。だから、襲われるこっちが圧倒的に不利ってわけ」

「……なら、こちらも隠せばいいんじゃないか?」

「いやぁ……そりゃ無理っしょ。日常的に目を隠してたら、それこそ臆病者だと噂されて、味方のはずの同種から箔をつけるために襲われるよ。言っちゃなんだけど、こっちの世界ってメンツが全てだから、仲間意識も特にないしね。自衛してるはずが、逆に敵を増やすことになっちゃう」


 なんと愚かな問題だろうか。スミスは心の奥底で吐き捨てる。

 迫害されている者同士、少しは協力すればいいだろうに、メンツというただの自尊心を満たすために虚勢を張っている。

 恐らく、ここが人と人ならざる者の最大の相違点だろう。いくら個々の力が優れていても、個人ではたかが知れている。一方で、人類は同族同士で協力することで、彼らを日陰者へと追い込んだ。単純な生物競争の結果だ。なんとも、慢心が強く、愚かな者たちだろうかとしか言いようがない。


「でも、結局は怪物や幽霊みたいな死者ってのは何やってもバレるんだよね。〝霊感〟ってやつで、これだけはどうやっても隠せないらしいよ」

「……確かに、それでは相性は最悪だな」


 攻略法が確立しており、姿を隠すこともできない。死者の存在が公にならないわけだ。恐らく、発見次第、駆除されているのだろう。

 ふと、スミスは――以前読んだ『死者解剖』の本を思い出した。あれだけの怪物をどうやって発見し、捕獲、解剖しているのか不思議に思っていたが、著者が女神の猟犬部隊に所属している者だと仮定すれば、説明がつく。

 つまり、自分も……彼らに見つかれば、あの本の怪物と同じ末路を辿るということは容易に想像がついた。


「ってことで、今は大人しく、ほとぼりが冷めるまで待てばいいと思うよ。ニューヨークシティは広いし、一週間もすれば、あいつらも他の場所に行くでしょ」

「……そうだな。しばらくは外出禁止になるか」

「まっ、私は今までと変わんないけどねぇ。外には仕事のある日か、コンビニくらいしか行かないし」

「……俺もあまり外出はしない方だが、少しは外に出た方がいいと思うぞ。太陽光が弱点と言うわけでもあるまいし」

「だって、人混みって苦手だし、太陽が昇ってると眠くなるんだもん。人間でも、そういうタイプっているんでしょ?」


「……そういうのを、人間ではというんだが」

「うるせぇ! お前はだろうが!」


 ぱしんと、ミラムはスミスの後頭部を叩いた。

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