第21話 カルト

 *


「ビッチはああ言ってたけどさ、今回もそこまで難しい依頼でもないよね」

「……まあ、そうだな」


 教団本部への運転をしながら、スミスは答える。実際に、彼自身も、想定していたものよりは難易度が低いと考えていた。

 天国の扉。彼らは廃校になった小学校を買い取り、数百人規模で集団生活をしているという。つまり、所詮は素人の集団。侵入経路も大量にある。ある程度の警備はいるだろうが、それもたかが知れている。武装も当然していないだろう。

 教組であるジェイムス・ジョーズも、信者以外の者にとってはただの中年。殺すのは造作もない。


「それにしても、こいつらの目的は神をこの世界に降臨させることだって。ばっかじゃないの」


 手元の資料を捲りながら、ミラムは鼻で笑う。

 なんでも、彼らが集団自殺をしようとしている目的が、その神を降臨させるための儀式らしい。今日日、ここまで筋金入りのカルト集団も珍しいというものだ。


「あ、を降臨させたがってるやつなら、ここにもいるか」

「……やかましい」

「ねぇ、話は変わるけど、ハゲは神様って本当にいると思う?」

「……俺が、そんな曖昧な存在を信じてると思うか?」

「だよね~私もこれっぽっちも信じてないし」


 神。全知全能の存在で、時には人々に恵みを与える奇跡を起こし、時には人々に試練を与える。宗派によって、その偉業は異なるが、大まかなイメージはこれに当て嵌まるだろう。

 スミスにとっては「馬鹿らしい」の一言で片付けられる存在だった。そんなものがこの世界にいるわけがない。もしも、実在するとしたら、自分はこのような仕事をしていない。

 この世界には然るべき天罰を下されるはずの罪人がのうのうと暮らしている。仮に、神とやらが実在するならば、その者は一体何をしているのか。とんでもない職務怠慢としか言いようがない。結局、神とやらに人間を裁く力はない。ならば――自分でやるしかないのだ。


「……ただ、神に縋りつきたくなる心情というのは理解できなくもないな」

「なんで?」


「結局、信仰心というのは理不尽な現象に対抗するために人間が作り出した防衛機能のようなものだと、俺は思う。どうしても、個人の力ではどうにもならない厄災はある。だが、神に祈りを捧げれば……その状況も、いつか解決するかもしれない。要するに、根拠のない僅かな可能性というやつの正体が神という存在なんじゃないか」


「ふーん、ちっとも理解できないや」

「……まあ、お前はそうだろうな」


 ミラムに神を説いても仕方ないだろう。そもそも、かつては異端として迫害を受けた吸血鬼が神を信仰するなんて、それこそお笑いだ。


「根拠のない可能性……ねぇ。あ、それって!」


 突然、ミラムは何かを閃いたような、大声を上げる。


「つまり、ハゲの髪が生えるように、祈るってことね! 納得!」

「…………」


 否定は――できなかった。


 *


 ヒュンッ ヒュンッ

 静寂な暗闇の中、乾いた空気の破裂音のような音が二度響いた。


「――グフッ」


 直後、人間の呻き声のような音が漏れる。もっとも、その声は極々小さいものであり、半径二メートル以内にいるものしか聞き分けられない音量だろう。


「いや、マジでビビるくらい楽勝だったね」

「……あぁ」


 天国の扉の教祖。ジェイムス・ジョーズの暗殺は特に問題も発生することなく、拍子抜けするほど無事に終了した。


「ん、どしたハゲ。頭は輝いてるのに、暗い顔してるけど」


 先程、ジェイムスを撃ち殺したスミスが、既に絶命している彼をやけに凝視していることにミラムは気付く。


「……いや、これでいいのかと思ってな」

「それって、このあとの信者のこと?」

「……あぁ」


 果たして、教祖を失った天国の扉はどうなるのだろうか。

 ひとまず、これで集団自殺は防がれた。しかし、あくまで一時的に防いだだけで、後を追うという可能性も充分に考えられる。

 信仰のために、命を投げ出そうとしていた者たちだ。主導者を失ったところで、その信仰心が失われるとは考えにくい。


「そんなこと、私たちが気にしてもしょうがないでしょ。仕事はここまで。あとはどうなっても、私たちには止められないでしょ」

「……そう、だな」


 ミラムの言う通りだった。これ以上はスミスには関与することはできない。あとは彼ら次第だ。たとえ、最悪の結果が待ち受けているとしても――止めることは不可能だろう。

 まさしく、しかないのだ。


 *


「はー終わった、終わった。うん。今日はしょっぱいものじゃなくて、何か甘いものが食べたいな。ってことで、ハゲ。帰りにスリンキー買ってきて」

「……また、アレを食べるのか」


 帰路の途中、ミラムから飛び出したその単語を聞いて、苦い顔をする。

 〝スリンキー〟。それはマスター社から販売されている、ひと箱十個入り二十ドルのケーキ菓子である。しかし、ただのケーキ菓子というわけではない。このスリンキーという菓子は……とんでもなく、甘いのだ。


「前にお前が残したやつを食べたが、尋常ではない甘さだったぞ。砂糖菓子を油で揚げて、更に蜂蜜とガムシロップをぶっかけたような味だ」

「はぁ? 味覚おかしいんじゃないの? あの甘さがいいじゃん。クセになる」

「……あんなもの食べてたら、ぶくぶく太るぞ」

「吸血鬼が太るわけないじゃん。身体を霧にできるんだから。いいから買ってこい」


 言われてみると、あれだけ不摂生な生活をしているにもかかわらず、ミラムはスリムな体型を維持していた。

 なるほど……そういうカラクリがあったのかと、スミスは納得した。


 *


「おかえりなさい。どうだった?」

「特に、支障はない。無事に終わった」

「そう。やっぱり、二人に任せて正解だったわね――って、ミラムちゃんは?」

「先に家に戻った」


 ミラムを送り届けたあと、スミスは報酬を受け取りに古本屋に寄っていた。その手には注文の品のスリンキーが入った袋がある。


「はい。これ、今回の報酬。スペシャルってことで、いつもより多めね」

「……確認した」


 先日の件もあり、一応、スミスは札束の額を数える。

 ざっと、五千ドル近くはある。なるほど、特殊な依頼ということだけはある。たった一人で、先日の倍以上の金額を稼いでしまった。


「あ、そうそう。そういえば、さっき言い忘れてたんだけど」


 既に背中を見せているスミスに向けて、ドロティアは声をかける。


「実はスミスくんの同僚がヘマやらかしちゃってね。この町に〝ワンちゃん〟が来てるらしいのよ。だから、一週間ぐらいは出歩かない方がいいわ。うちの店にくるのも控えてね」

「……ワン、ちゃん?」


 馴染みがない単語に、スミスは首を傾げる。

 同僚、というのはこの店にたびたび訪れている暗殺者たちのことだろう。しかし、ワンちゃんの方は見当がつかない。


「あら? ミラムちゃんから聞いてない?」

「……あぁ」

「じゃあ、あの子から聞いた方が手っ取り早いと思うわ。私より、ミラムちゃんの方が詳しいと思うし」

「……そうか」


 わざわざそんな勿体ぶらずに、ここで教えても罰は当たらないだろうと思うスミスであった。

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