第20話 緊急の依頼

 *


「ん、おかえり」

「……珍しいな。もう起きているのか」

「たまには早起きしたっていいでしょ。あ、そこのゴミ捨てといて」

「……早起きというわけでもないだろう」


 現在時刻は午後三時、スミスが帰宅すると、既にミラムが起床していた。普段は五時、六時に起きていることを考慮すると、比較的には珍しく早起きだと言える。

 わざわざ起こす手間が省けたというものだ。スミスはドロティアからの言伝を伝えた。


「へぇ。緊急の依頼ねぇ」

「よくあることなのか?」

「まあ、たまにね。年に一回か、二回くらい。大体はちょっと特殊な標的が多いかな」

「特殊……というと」

「ほら、前に半魚人を相手にしたって話したでしょ。そんな感じで、人外の相手とかが多いかな」

「……どうする。請けるのか」

「別にいいんじゃない? ちょうど暇だし、この手の依頼はいつもより報酬もいいしね」

「お前がいいなら、構わないが……そんな簡単に安請け合いしていいのか」

「いいのっ。最近は退屈な殺しばっかだったし、ちょっとはスリルを楽しまないと」


 少し、楽観的ではないかと思ったスミスであったが、経験者であるミラムが言うのであれば、そこまで大したものでもないのだろう。二人はドロティアに参加の旨を伝えた。


 *


「うぃーっす、来たぞ」

「待ってたわ。じゃあ、さっそく今日の依頼の内容を説明しましょうか」


 時刻は午後十時。店を訪れたミラムはスミスはドロティアから今回の仕事に関する資料を手渡される。


「今日の標的はこの男。ジェイムス・ジョーズ。顔と名前に見覚えはあるかしら」

「誰このおっさん」

「……知らんな」


 資料には五十代と思わしきサングラスをかけた男の写真が添付されていた。第一印象としては特に気になるところはない。ただの平凡な白人の中年男性だ。

「ま、それもそうよね。じゃあ、『天国の扉ヘヴンズ・ドア』って宗教団体はご存じ?」

「それも知らない」

「……同じく」

「この男はその新興宗教団体の教祖をやってる男。今日はその男を殺してもらうわ」


 宗教団体――これはまた、珍しい標的だった。少なくとも、この半年間ではそのような連中は相手にしたことがない。


「で、こいつの罪状は?」

「大体は想像ついてると思うけど、この天国の扉って普通の宗教団体じゃないのよね。俗に言うところのカルトってやつ。キリスト教をベースにした教義に、ちょっと過激な終末思想を組み込んでいるわ」

「……カルト、か」


 わざわざ殺されるほどの恨みを抱かれている人物だ。当然、まともな宗教家のわけがない。

 カルト――反社会的な思想を持ち、邪神を崇めている集団のことを指す言葉だ。七〇年代から八〇年代に世界各国で大流行し、この国でも社会問題になった。

 人々の不安に付け込み、甘い言葉で誘惑し、洗脳する。そして、資産を根こそぎ奪いつくし、信者を思考能力を持たない奴隷へと変える。間違いなく、スミスの基準では〝悪〟に当たる人物だろう。


「ざっくり言うとこの団体、近々なんか怪しい儀式の一環で集団自殺しようとしてるのよねぇ。だから、教祖を殺して、それを阻止するってのが、今回の仕事」

「へぇ、中々イカれてるね」

「……いいのか? その教祖を殺してしまっても」


 大方の事情は理解した。しかし、スミスは一つ気がかりなことがあった。


「教組を殺したからと言って、解決する問題でもないんじゃないか。後を追う可能性だってあるだろう」


 カルト信者がどのような思想を持っているかは定かではないが、果たして、深層心理にまで染みついた洗脳はその対象である教組が死んでも解けるものなのだろうか。

 むしろ、信者をコントロールする彼を殺してしまったら、枷を失い、余計に神格化路線へと走り、過激な思想を加速させ、事態が悪化する可能性も充分に考えられる。


「まあ、それもそうなんだけどねぇ。かと言って、他に止められる手立てもないわけでしょ。対話が通じる相手でもないし。この手の信者ってのは教組を神にも並ぶほどの強大力を持った存在って思いこんでるのよ。だから、まずはそいつを殺して、他の人間と同じように暴力で死ぬちっぽけな人間ってのを知らしめる必要があるってわけ」


 ドロティアは消音機サプレッサー付きの拳銃を差し出す。


「だから、今回は死体を処分しなくてもいいわ。これで撃って、そのまま帰ってきて。見せしめってことにする必要があるし」

「……了解した」


 スミスは拳銃を受け取る。これまでの仕事でも、何度か拳銃は使用した。扱いには問題ない。


「え、なんで私には銃くれないの?」


 用意された拳銃が一丁だけ。かつ、スミスの分だけしか用意されていないことに、ミラムは不満を漏らす。


「だって、ミラムちゃんって銃の扱いは下手じゃない」

「なっ! ゲ、ゲームだとうまいし! お前がよこす銃が安物だから悪いの!」

「……遊びじゃないんだぞ」


 確かに、ミラムの拳銃の腕は壊滅的だった。

 普段はシューティングゲームを好んでプレイしているが、どうやらゲームの腕と現実の射撃技術は比例しないらしい。


「教組は現在、教団本部の建物にいるはずよ。資料の中にはその見取り図も入ってるから、潜入するのは難しくないはず。でも、気を付けてね。相手は何を考えているのか分からないカルトだし、油断はしないように」

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