第18話 相棒

 *


「うぃ、ただいま」

「遅かったな。先に帰ってたぞ」

「あのビッチの話が長かったんだよ。ババアは話が長くて参っちゃうね」


 ミラムが帰宅すると、既に買い物を終えたスミスが戻っていた。テーブルにはフライドチキンの袋が置かれている。


「そんなことよりチキン! あむっ……ん~! うまっ! やっぱり、夜はこういう脂っこいものが食べたくなるよなぁ!」


 至福の表情を浮かべながら、ミラムはチキンを頬張り、コーラを飲む。

 その様子を、スミスは不健康な生活だと思いながら、眺めていた。


「ん、ハゲ。お前にも一個あげる」


 フライドチキンを齧りながら、スミスに向かってチキンを投げた。


「おい、食べ物を投げるな」


 一時間前には人間を丸々一人食べていたため、そこまで腹は減っていないが、断るのも面倒だ。受け取ったチキンにスミスも噛り付く。

 だが、その時、ミラムがじっとこちらに向けていることに気付いた。


「……なんだ」

「いや、人間と一緒で、チキンの骨も一緒に食べるんだなって」

「……そんなどうでもいいことを考えていたのか」


 どうやら、フライドチキンを骨ごと食べる様子をただ観察していただけらしい。あまりにくだらない理由に、スミスは呆れてしまった。


「なぁ、ハゲ。これから、お前も一緒に仕事すんの?」

「……あぁ、そのつもりだが」

「……ふーん。そっか」


 サイドメニューのポテトを食べていたミラムの手が止まる。


「いや、私はどうでもいいんだけどさ。あのビッチが心配してたぞ。いや、私はどうでもいいんだけど」


 なぜか、ミラムは「どうでもいい」という単語を二回繰り返す。


「私なら、傷を負っても霧になればすぐに元通り。でも、お前は再生する必要があるじゃん? 絶対に安全とは言い切れない。下手をしたら、今度こそ本当に死ぬ可能性だってある。それでも……やるの?」


 その問いに、十秒程度、スミスは沈黙する。

 そして、彼は――自分の心中を、告白した。


「……はっきり言おう。今日、俺がこの殺人に手を貸したのは……別に、お前が心配だったとか、興味本位だったとか、そういう類の感情じゃない。ただ、俺は……この手で、悪党を殺したかったんだ」

「……はい?」

「なぜかは分からんが、やつらの所業を聞いていると、腸が煮えくり返るような感覚を覚える。許せなかったんだ。一秒でも早く、俺の手でこの世から消すべきだと思った」


 スミスは自らの拳を握る。掌からは血が滲み出ていた。


「自分でも、異常だと思う。いくら犯罪者と言っても、殺していいはずがないという世間一般の常識は理解している。しかし、やつらがのうのうと生活をしている一方で、その犠牲に遭ってる人々がいると思うと……冷静でいられなくなる。実際に、今日、あの男の首をへし折った時、俺は……すがすがしい達成感を感じたんだ。おかしいだろ。初めて、人を殺したんだぞ。それなのに、後悔も、悲しみもなかったんだ」


 まだ指には男の首を折った時の感覚が残っている。しかし、スミスはブローカーの男、そしてディランの死に対して、何も同情も抱いていなかった。彼らにも当然、家族がいるだろう。過去には家庭環境が原因で、悪の道に進んでしまったのかもしれない。

 だが、それがどうしたというのか。一度、汚れてしまった悪の魂は二度と善に戻ることはない。更生なんて言葉はただの綺麗ごと。ならば、人々に危害を加える前に、始末しなくてはならない。


「……俺は、もうまともじゃない。言葉で言い表すのが難しいんだが……何か、使命を感じる。悪を殺さずにはいられないという、歪んだ使命感が。笑えるだろ。全てを失ったはずなのに、こんな殺意だけは残っているんだ。ただ純粋で、真っ直ぐな……殺意だけが」


 これも怪物の影響による変化なのか。それとも、記憶を失う前からこのような過激な思想を持っていたのか。どちらにしても、今の自分は完全に狂っているとスミスは自覚していた。


「幻滅、したか」


 無言でその主張を聞いていたミラムに対して、意見を求める。


「ごめん。後半何言ってるかよく分からなかった。もう一回言って」


「……………おい」


 その呑気な返事に対して、思わずスミスは突っ込みを入れてしまった。


「いやさぁ。結局は何が言いたいの? なんか、ぐちぐちぐちぐち、言い訳みたいなことばっか並べてるけど、簡潔にしてよ」

「だから、俺は憎むべき悪を根絶したいと――」

「簡潔!」

「……悪党を、ぶっ殺したい」


 一言で、スミスは今の心情を表す。


「ほら、それだけじゃん。それって、何が悪いの? みんな、犯罪者って嫌いなんじゃないの? 私だって、一般人を殺すのは申し訳ないと思うけど、仕事の相手なら話は別だよ。これっておかしいの?」

「い、いや……違うだろ。それとこれとは」

「どこが?」

「…………っ」


 その問いに、スミスは押し黙ってしまう。

 確かに、自分のこの感情は異常だ。だが、それのどこが異常かと言われると……説明が難しい。相手が命の価値観が違う人外の吸血鬼なら尚更だ。


「自分が特別みたいに思うなよ。みんな同じこと思ってるって。でも、そんなことしたら普通は警察に捕まるから、抑えてるだけなんじゃないの?」

「そ、そう……なのか」

「そうだよ。お前は怪物になったから、その理性のタガが外れただけ。ってか、そんな難しいことばっか考えてるから、ハゲるんだよ。もっと気楽に生きれば?」

「う、うむ……」


 何やら、上手く話を逸らされたような気がするが――これ以上は蒸し返せない。


「じゃ、これでこの話はおしまいってことで。ん」


 そう言うと、ミラムは拳をスミスに向ける。


「……なんだ、それは」

「何って、これから一緒に悪党をぶっ殺すんでしょ? なら、相棒バディになるってことじゃん。なら、これやらないとダメでしょ」

「……これ、とは?」

「鈍いなぁ。ほら、映画とかでよくあるでしょ。相棒同士が拳同士をくっつけるやつ。あれやろうよ」


 その説明で、ようやくスミスは察した。具体的な作品名は思い出せないが、確かに、見覚えはある。


「……これでいいのか」


 ミラムが向けた拳に、スミスは自身の拳を合わせる。こつんと、互いの拳がぶつかる音が鳴った。


「お前、手冷たいな」

「……死体だからな」

「で、拳を合わせたあとは何をすればいいの?」

「……俺に聞くな」

「ま、いいや。じゃあ記念にピザでも食べるか!」

「また食うのか。さっきチキンを食べたばかりだろう」


 既に三ピースのフライドチキンを平らげたというのに、まだミラムは食べる気らしい。一体、その華奢な身体のどこに入るのか。


「ピザとチキンは別腹だっての! ということで、ハゲ。ピザ買ってきて!」

「……はぁ。買えばいいんだろう。買えば」


 再びスミスは立ち上がり、二十四時間営業のピザ屋へと向かおうとする。しかし、あることを思い出し、扉の前で足を止めた。


「……そういえば、前々から気になっていたんだが」

「ん? なに?」

「その……俺を『ハゲ』と呼ぶのはやめてくれないか。一応、今は『スミス』という名前があるんだが」


 そう、スミスは前々から――ミラムの『ハゲ』呼ばわりが気に入らなかった。仕事のパートナーになったこともあり、この場で改めさせるいい機会だろう。


「は? でも、それって本名じゃないんでしょ?」

「……あ、あぁ」

「じゃあ、意味ないじゃん。別にハゲてるんだから、ハゲでいいでしょ。んなことより、早くピザ買ってきて、ハゲ」

「…………はぁ」


 どうやら、今更変えるつもりはないらしい。これ以上はいくら言っても無駄と観念したスミスは大人しく、ピザを買いに行くことにした。

 こうして、記憶を失った怪物スミスは吸血鬼少女ミラムと共に、犯罪者を殺害する職業に就いた。それから半年間、彼らは悪党を殺して、殺して、殺して……殺し続けた。

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