第15話 初仕事


「……で、これはどういうことなの?」

「い、いや……私に言われても知らんし。何かこいつも来たいって言いだしたんだもん」


 依頼を受けに来たに向けて、ドロティアはため息混じりで尋ねる。

 そう、今、この場にいるのはミラムだけではない。なぜか、スミスが、彼女の隣に立っていた。


「えぇ……? それって、スミスくんも一緒にるってこと?」

「そうだ」


 スミスは即答する。


「……ちょっと、ミラムちゃん」


 くいくいと、ドロティアは手招きをして、ミラムを引き寄せる。

 そして、スミスには聞こえない程度の音量で、耳打ちをした。


「ねぇ、スミスくんってこんな積極的なキャラだっけ? この件に関してはずっと不干渉で通すと思ってたのに」

「だからぁ……私に言われても知らんて。何か、急に一緒に殺したいとか言い出して、ついてくんなって言っても聞かんし」


 ドロティアと同様に、ミラムも彼の言動に困惑していた。

 一体、どのような心変わりをしたのか。その真意は本人にしか分からない。


「スミスくん。分かってるの? 本気で、人を殺せる? ちょっと前まで、人間だったアナタが」

「あぁ、覚悟はしている」

「想像以上にキツい仕事よ? 相手の命を奪うんだから、向こうも命がけで抵抗してくる。怪物のアナタでも、無事は保証できないわ」

「承知の上だ」


 どうやら、意見を変えるつもりはないらしい。

 スミスの眼光は意地でも「行く」と言っていた。


「……ミラムちゃんも何か言ってあげたら? せっかくのお気に入りを危険にさらすかもしれないわよ」


 本人にこれ以上何を言っても無駄だろう。ドロティアはミラムに伺う。


「まあ……別にいいんじゃないの。こいつだって一応は怪物だし、殺されることはないでしょ。私も一緒なんだし」


 怪物ということは多少の身体能力と再生力は保証されている。拳銃に撃たれた程度では動じないのは実証済み。

 その件についてはミラムも聞いていたので、スミスと同行しても仕事には支障はないというのが彼女の見解だった。


「こちらも、足を引っ張るつもりはないし、死ぬつもりもない。自分の身は自分で守れる」

「……はぁ。引く気はないってことね。分かったわ。はい、これが今日の標的。気を付けてね」


 溜め息を吐きながら、ドロティアは資料を手渡す。

 いくら説得しても、無駄。まだひと月程度の付き合いだが、スミスは意外と頑固なところがあるというのは彼女も把握している。仕方なく、同行を認めることにした。


「……助かる」

「まあ、今日は私が片付けるから、お前は後ろでボーっと見とけばいいよ。さて、今日の獲物はっと……また、殺人犯か。最近多いな」


 ミラムは標的の情報が書かれた資料を捲る。そこには人相の悪い、首に入れ墨を掘った黒人の男の写真が貼られていた。


「名前はディラン・ジョンソン。年齢は四十六歳。若い頃にうっかり人殺しをしちゃって、そのまま刑務所で二十五年を過ごしているわ。で、先週ようやく出所したんだけど、その後すぐに強盗事件を起こして、商店の従業員を殺害。今は警察に追われているわね」


 ドロティアが標的の男の罪状を読み上げる。


「もう潜伏先も把握しているわ。あとはそこの住所に行って、始末したあとに死体を回収してきてちょうだい」

「ふーん。今日は一人だけか。前は三人もいたけど、これなら楽勝だね」


 複数人が相手ならともかく、標的が一人のみなら、何の心配はいらない。たとえ園児を十人引率していたとしても、成功させる自信がミラムにはあった。

 ただ、一方で――スミスは標的であるディランの写真をじっと眺めていた。


「あれ? もしかして……スミスくん、そいつと顔見知りだったりする?」


 見かねて、ドロティアが声をかける。


「……いや、そういうわけではない」


 特に知り合いというわけではないらしい。それもそのはず。ディラン・ジョンソンという男は凶悪犯罪者であり、二十五年も刑務所暮らしだった男だ。そんな者をスミスが知るはずがない。


「そういえば、ハゲって車の運転できるの?」

「……さあな。多分、できるんじゃないか」


 ミラムの問いに、スミスはあやふやな答えを返す。

 実際に、記憶を失ってから車を運転したことはなかったが、一般的な成人男性なら運転免許を所持している可能性は高いだろう。もっとも、身体が運転を覚えているという前提ではあるが。


「じゃ、現場まではハゲの運転ってことで。今日はお前の送迎はいらないから」

「分かったわ。じゃあ、これがキーね。警察に職質されると面倒だから、あんまり無茶な運転はしないように」

「ん、じゃあ行くか」

「あぁ」


 鍵を受け取り、二人は駐車場に向かった。


「どう? 運転覚えてる?」


 車に乗り込み、後部座席から、ミラムはスミスの様子を伺う。


「……あぁ、問題ないな」


 運転席に着いたスミスは一連の動作を確認する。

 アクセル、ブレーキ、クラッチペダル。知識として、ちゃんと頭に残っている。これなら、実際の運転にも支障はないはず。やはり、この手の常識は過去エピソード記憶には含まれず、身体が覚えているらしい。


「出すぞ。シートベルトを締めておけ」

「それ、私たちにはいらないでしょ」


 ミラムのジョークと共に、車は発進した。


 *


「ここだな」


 ディランが潜伏しているアパートの前で、スミスは車を停める。


「ん~? もう着いたのか」


 ミラムは後部座席で寝転がりながら、呑気に携帯ゲームで遊んでいた。


「……それで、一体、どうやって殺すんだ」


 そういえば、ミラムがどのような方法で仕事をこなすのか、その方法をまだスミスは聞かされていなかった。

 彼女の華奢な肉体では、正面から大人を相手にするのは不可能。その身体能力が貧弱だというのは既にスミスも把握している。銃といった武器を扱うとも思えない。

 ということは……彼女にも何か、人知を超えた特殊な力が備わっているのだろう。


「あーそういえば、まだハゲには教えてなかったっけ。じゃあ、見せてあげるよ。私の……吸血鬼の、力ってやつをね」


 にやりと、ミラムは笑みを見せる。


 その瞬間、彼女の輪郭が――突然、始めた。


「……っ⁉」

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