第14話 本能

 *


 スミスがミラム邸に移住して、一週間が経過した。


「ふわぁ……ねみぃ……ご飯食べたら二度寝しよっと」

「いい加減、その生活リズムをどうにかしたらどうだ」


 この一週間、彼女と共同生活を送ったスミスであったが、やはり、ミラムはかなり自堕落な生活を送っているということを痛感させられた。


 まず、彼女の起床時間は夕方の五時か六時。その後、朝食代わりの夕食を食し、ゲームか、ネットサーフィンか、テレビで映画を見ている。真夜中の一時頃になると、今度は昼食代わりの夜食を食べ、その後は再びぐうたらタイム。そして、朝日が昇る五時頃になると、夕食代わりの朝食を食べて、ご機嫌な気分で就寝。


 何と不健康な生活だろうか。これではただのニートと変わらない。しかも、ここ数日はゲームの対戦相手にスミスも付き合わされているせいで、彼も寝不足になってしまった。


「だからさぁ。何度も言ってるじゃん。朝起きて夜寝るってのは人間の生活基盤なの。吸血鬼はこれが普通なんだから」

「……そうは思えんが」


 黙々と、ミラムはスミスが用意した料理を食べ進める。

 何となくではあるが、これが吸血鬼の習性というわけではなく、ただ彼女がおかしいだけではないかと、スミスは感じていた。


「っていうか、この一週間、お前が作ったご飯食べて、分かったことあるわ」

「なんだ」

「何か、最初の一口は悪くないんだよね、これ。でも、半分くらい食べた段階で、ちょっと飽きが来る。んで、最後の方はもういいやってなるの」

「つまり、何が言いたいんだ?」

「やっぱ味が濃いんだよ、ハゲ。次からもっと自分の頭みたいに薄くしろ」

「…………」


 これでもスミスの舌では薄口の味付けにしたつもりだったが、どうやらまだ濃いらしい。これからは自分の料理にだけ、仕上げの調味料を振りかけて味を調整するしかない。


「ふぅ。ご馳走様。ほら、トマトはお前にやる」


 なんだかんだ言いながら、ミラムはサラダの付け合わせのトマト以外はすべての料理を完食していた。


「おい。ちゃんとトマトも食え」

「やだ。トマト嫌い。生のトマトって老婆の血みたいな酸味がするんだもん」

「……食欲が失せるたとえはやめろ」


 吸血鬼の言うことだ。恐らく、本当にそのような味がするのだろう。若干、抵抗感を覚えながら、スミスはミラムが残したトマトを口に放り込む。


「というか、ハゲ。最後にシャワー浴びたのいつ?」

「昼だが」

「もう臭くなってるぞ。また洗っとけ」

「……そうか? あの店にいた頃はそんなに指摘されなかったんだが」

「あいつは性根が腐ってるから、ついでに鼻もひん曲がってるんだろ」


 性格の件はともかく、確かにあの店とミラム邸とは少し環境が違うかもしれない。

 何しろ、あれだけ大量の死体を地下に保管していたのだ。自然とドロティアの嗅覚が、腐敗臭に慣れてしまったという可能性は大いにあり得る。これまでは日に二回はシャワーを浴びていたが、更に増やした方がいいだろう。


「さて、今日は仕事があるから、あのビッチのところに行くかぁ」


 。その一言に、スミスは反応する。

 まともな就労を彼女がするとは思えない。仕事というのは十中八九、ドロティアからの殺人依頼だろう。


「……また、殺しをするのか」

「そうだけど」

「……どうしても、やるのか」

「どうしてもって、別に相手は犯罪者だし、どうでもよくない? それに、吸血鬼だってお金稼がなきゃいけないしね。一般人相手に、強盗でもなんでもするってなら、話は別だけど」


 相手は犯罪者。殺しても何も問題はない。その点に関してはスミスも同意見だった。しかし――重要なのはそこではなく、それから〝先〟のことが、気がかりだった。


「あ、もしかして、私が返り討ちに遭うんじゃないかとか、そういう心配してるの?」

「……あぁ」


 図星だった。スミスが懸念している事態。それはいつか何らかの報復に遭い、ミラムの身に危険が及ぶのではないかということだった。

 完全犯罪を行っているつもりでも、僅かに痕跡を残してしまう可能性は充分にあり得る。その痕跡がいくつも重なれば――身元が特定される可能性がある。標的ターゲットの中には裏社会に属している人間もいたはず。その同胞たちが所持しているコネクションを活用すれば、警察組織以上の捜査能力を所持していても、何もおかしくはないのだ。


「大丈夫だって。はっきり言って、どんなやつらが束になってかかってきても、負ける気しないもん。こっちは無敵の吸血鬼なんだよ?」


 ミラムの自信。恐らくそれは虚勢ではなく、確固たる実績から来ているものだろう。そうでなければ、彼女のような年端のいかない少女がこのような職に就いているわけがない。

 その力を認めているからこそ、ドロティアも依頼を渡しているのだろう。さすがに、あの蛇のような女でも、報復で命を失う程度の持ち主、しかも未成年には仕事をよこさない――はず。

 察するに、ミラムが持つ吸血鬼の力というのはそれだけ並外れているのだろう。報復なんて気にも留める必要がないほどに。


「じゃ、行ってくるね。多分、一時間ちょっとで帰ってくるから」

「ま、待て」


 立ち去るミラムの背中を見送ろうとしていたスミスだが、その時、衝動的に静止の声が出てしまった。


「なに?」


 くるりと、ミラムは振り返る。


「…………っ」


 を言おうとして、スミスの言葉が詰まる。

 なぜ、だろうか。なぜ、そのような感情が湧き出てしまったのか。原因は彼自身にも分からない。しかし、確かに彼は――それを望んでいた。


「――――」

「……え?」


 数秒悩んだのちに、彼は正直に、ミラムに話すことにした。

 理屈ではない、本能が、を言えと告げていたのだ。

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