第13話 同居
*
「ここが、私の家」
「……結構、近いんだな」
ドロティアの店から徒歩十五分の距離に、ミラムが暮らしている家はあった。
外装は――普通の二階建ての一軒家。彼女のそのドイツの貴族のような名前から、どんな豪邸が待ち受けているのかと思ったら、案外庶民的で、スミスは少し拍子抜けしてしまった。
「今、しょぼい家とか思った?」
「……いや」
「顔見れば分かるわ! 言っとくけど、中は結構広いんだからな! 舐めんな!」
再びスミスに蹴りを入れて、ミラムは家の扉を開けた。
「……確かに、悪くはないな」
ミラム邸に足を踏み入れたスミスはその認識を改める。
外観は質素だと感じられたが、内装はかなり費用がかけられている。古城の広間を彷彿とさせる開放的な広いリビング。ご丁寧に小型のシャンデリアも設置されている。家具も高価な骨董品と思わしきものが並んでいた。
しかし、その一方で、やけに埃が溜まっている。どうやら、相当の期間、掃除を行ってないらしい。
「ここに荷物置いていいから。風呂とトイレの場所教えるから、ついてきて」
「……今、家族はどこにいるんだ?」
一瞬、悩んだが――スミスはミラムに家族の件について尋ねることにした。
やはり、大の男が勝手に転がり込むわけにはいかないだろう。最低でも、彼女の父親には挨拶をしておく必要がある。
「母親は病弱だったらしくて、私を産んですぐに死んだ。父親も、ちょっと前に死んだよ」
「…………っ」
――地雷を踏んでしまった。
スミスは自らの愚行を後悔する。そう、察するべきだった。なぜ、ドロティアが彼女の母親のことを語らなかったのか。なぜ、父親を無視して、自分を招き入れたのか。なぜ、埃が溜まっていたのか。判断材料は残されていたはずなのに、気づけなかった。
「……その、すまない」
「いいよ。別に。パッ――父親とも、あんま仲良くなかったし。むしろ、死んで家が広くなったから、すっきりしたくらい」
「……そうか」
それが強がりだというのはスミスも察した。
いくら吸血鬼でも、ミラムはまだ十五歳の少女。唯一の肉親である父を亡くしたことに対する精神的ダメージは計り知れない。彼女もまた、孤独を恐れているのだ。だからこそ、自分を受け入れたのではないだろうか。徐々にではあるが、ミラムの目的が分かってきた。
その後、一通りの案内が終わる頃にはもう陽が傾いており、夕食の時間帯になっていた。
「ん、もうこんな時間か。そろそろご飯にしよっか。ハゲ、お前って料理できる?」
「簡単なものなら」
「じゃあ、作って。できるまで私はゴロゴロしてるから」
そう言うと、ミラムはリビングのソファに寝転がってしまった。
その態度に、スミスは若干の思うところはあったが、最初から家事手伝いとして呼ばれたのだから、文句は言えないだろうと、彼女の指示に従い、調理を始めた。
*
「できたぞ」
「遅い! どんだけかかってんだ!」
「……ファストフードじゃないんだから、このぐらいはかかるだろう」
一時間後、調理を終えたスミスはミラムを呼び出す。この言動だけで、彼女が短気な性格だというのは容易に想像がつく。いや、まだ〝おこちゃま〟なだけか。
それにしても、この家の冷蔵庫にはろくな食材がなかった。まず、野菜が存在しない。あるのは加工された肉と冷凍食品とアイスクリームのみ。しかも、飲料に関しては炭酸しかない。まさしく、不健康を極めているとしか言いようがない光景だった。
仕方なく、スミスは手元にある材料を使って、ステーキもどきとポテトを用意したが、圧倒的に緑が足りない。このような偏った栄養バランスでは成長期の子どもに悪影響を及ばしてもおかしくはない。まあ、相手は人間ではなく、吸血鬼ではあるのだが。
「へぇ、見た目はおいしそうじゃん」
席に着くなり、ミラムはスミスが作ったステーキを頬張る。
「……なんか、味濃くない?」
「……そうか?」
「いや、絶対濃いって。これ、味見したの?」
「……したが」
「うーん。これなら、デリバリーでピザ頼めばよかったな。失敗したわ」
ドロティアに引き続き、まさかのミラムにも料理の味を指摘されてしまった。さすがに二人に苦言を呈されると、自信を失ってしまう。態度には出さなかったが、スミスは若干傷ついてしまった。
一方で、料理の味に文句を言っていたミラムであったが、結局は完食していた。
「ふぅ。食った。食った。じゃ、私は寝るから」
「もう寝るのか?」
現在時刻は午後七時前。就寝には早すぎる時間帯である。
「仮眠するだけ。ほら、吸血鬼って夜型の生活だから、どうも日中起きてると眠くなるんだよね。あ、私が寝てる間に、洗濯もしておいてね。下着は見たら殺すから。んじゃ、おやすみ~」
そう言うと、ミラムは自室に戻ってしまった。どうやら、ただ昼夜が逆転しているだけらしい。吸血鬼と言えば聞こえはいいが、実際はだいぶだらしがない生活を送っているようだ。
「……勝手なやつだ」
ミラムが去り、リビングに一人残されたスミスは呟く。
一体、どうやって下着を見ずに洗濯をするというのか。こっちが聞きたいくらいだ。それに加えて、風呂は自分のシャンプーを使うなだの、二階のトイレは自分専用だから立ち入り禁止だの、年頃の娘相応に、注文が多い。
いや、そのわがままぶりは並み大抵ではないだろう。そんな少女とこれから共同生活を送ると考えると、頭痛がしてくる。しかし、住居を提供してもらっている以上、文句は言えない。二人分の食器を洗いながら、スミスは次の工程を考えていた。
皿洗いを終えたあとは洗濯。その後は家の掃除。冷蔵庫に食材を補充もしなくてはならない。問題は山積みだ。すべてを片付けるには丸二日はかかるだろう。
「……これでは、本当にメイドと変わらんな」
思えば、ドロティアの店でも、ずっと本の整理と掃除をしていた。今の彼の職業は完全に召使いと言える。
しかし、中々どうして、スミス自身はその手の地味な作業は嫌いではなかった。むしろ、掃除という作業は性に合っているとさえ感じる。汚れを拭きとり、綺麗になった光景を眺めるのは悪くない。
「一体、昔の俺は……どこで、何をしていたんだろうな」
ドロティアの店を離れ、吸血鬼少女ミラムの元で暮らすことになったスミス。まだ、彼の過去の手掛かりは何も見つかることはなかった。
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