第11話 似ている二人

 *


「……ということがあったんだが」

「へぇ、あのミラムちゃんがねぇ」


 再び、夕食時、スミスはドロティアに今日の出来事を話す。


「結構、可愛いところあったのね。私の前だと、一度もそんな態度は見せたことなかったのに」

「あいつは、今までずっと独りだったのか?」

「ん~……まあ、そうね。学校になんて行けるわけがないし、身内も父親だけ。あんまり仲がいいってわけでもなかったみたいだし、それに……」


 その時、ドロティアは明らかに何かを口走ろうとしていたが、寸前のところで思いとどまったかのように見えた。


「とにかく、あんまり人と関わる生活はしていなかったことは確かね。吸血鬼は基本的に夜型の生活だし、人との交流の機会なんてめったにあるもんじゃないわ。それこそ、この仕事くらいかしら。というか、そもそもその吸血鬼自体の今だと少数の血統しか残っていないみたいだし、親戚との交流もほぼ皆無に近いと思うわ」

「……そうか」


 やはり、ミラムは孤独を感じていた。

 彼女の行動は子ども特有の〝構ってほしい〟という感情が漏れていたとスミスは感じていたが、その予想は的中していたらしい。


「まあ、仕方ないわよね。あの子と同世代って言ったら、一番血に脂が乗ってる時期だもん。ミラムちゃんっていい子だから、そこら辺の分別は弁えてるし、自分から距離を取っているんでしょうね」


 中途半端な善性ゆえの孤独。何とも不憫な子。

 すべての人間を餌と割り切れるような性格ならば、気楽に生きられるだろうに、彼女にとっては餌とそうでない者の境界線があるらしい。


「……しかし、そんなやつが、なぜ俺にちょっかいをかけてきたんだ?」

「さぁ? スミスくん、顔は男前だし、もしかしたら惚れられたのかもね」

「…………」

「冗談よ。本気にしないで」


 顔の影が濃くなったスミスを見かねて、ドロティアは訂正する。


「まあ、考えられるのは……似てるからじゃないかしら」

「……似てる? 俺と、あいつが?」


 耳を疑う一言だった。

 スミスとミラム。二人は性別も、身長も、体重も、容姿も、種族も、生死すらも違う。唯一の共通点があるとすれば、二足歩行というくらいだろう。一体、これのどこが似ているのか、スミスにはさっぱり理解できなかった。


「――えぇ。似てるわよ。は、ね」

「…………そうか」


 ふと、スミスの脳裏に「孤独」の二文字が浮き上がる。自分とミラムの共通点。それはこの孤独という環境ではないだろうか。


「……そう、だな。すべての記憶を失い、何も寄り添うものがなくなってしまった俺と、あいつは……少し、似ているかもしれん」


 なぜ、ミラムに「寂しいのか」と、問いかけてしまったのか。

 それは無意識のうちに、彼女と自分にどこか重なるところを感じてしまったのかもしれない。だからこそ、心中を言い当てることができた。納得できる部分はある。


「え? スミスくんには私がいるじゃない」

「…………」


 一方で、ドロティアはきょとんとした顔で、何を言っているんだといいたげな表情を浮かべていた。

 どうやら、彼女が想像した二人の共通点は違うものだったらしい。


「……お前には借りがあるし、恩は返そうと思っている。だが、これ以上は深い関係になるつもりはない。はっきり言うと、なるべくかかわりたくない」

「ひどくない?」


 *


 スミスとミラムが出会ってから、数週間が経過した。

 あれから毎日、ミラムは古本屋に顔を出し、スミスと交流を重ねるようになっていた。


「この前、ぶっ殺した半魚人野郎は中々強かったなぁ。だって、表皮がツルツルで、直接血が吸えなかったんだよ? まあ、それでも苦戦はしなかったけど」

「……その、半魚人も、実在するのか」

「当たり前じゃん。半分魚の人間だよ。他にも狼男とか、透明人間とかもいるぞ。そんくらい常識でしょ」

「……それを世間では非常識というんだがな」


 彼女との雑談の内容は過去に殺害した相手の話題が大半であり、大抵は低俗なものだったが――不思議と、スミスも退屈はせず、その話に耳を傾けていた。


「そのような輩を殺すのに、抵抗はないのか。一応、同じ人ではない種族同士だろ」

「はぁ? んなのあるわけないじゃん。種族も思想も違うやつに仲間意識なんて持たないし、そもそも、一般人殺しまくってくるゴミクズ野郎どもだよ。むしろ、ぶっ殺してせいせいするわ」

「……まあ、それもそうか」


 その時、ガチャリ――と、店の扉が開く。


「帰ったわよ~って。ミラムちゃん、またいるの?」

「げっ」


 帰宅したドロティアの顔を見るなり、ミラムは苦い顔をする。


「ここ最近は毎日じゃない。そんなに通うなら、何か買って行ってくれてもいいのに」

「誰がお前に金なんて落とすか! ファッキュー!」

「あら、お下品」


 中指を突き立てるミラムに対して、ドロティアは口元を掌で隠し、笑みを零す。


「けっ。んじゃ私は帰るわ。またな、ハゲ」

「……あぁ」

「え? もう帰っちゃうの? どうせなら、一緒に夕飯ディナーでもいかが?」

「誰がお前の作った飯なんて食えるか! 絶対変な薬品とか入れてるだろ!」

「失礼ね。たまにしか入れてないわよ」


 その言葉に、思わずスミスはドロティアに向けて怪訝な表情を向ける。そのままミラムは店の扉を開け、帰ってしまった。


「あーあ、帰っちゃった。じゃ、ご飯にしましょうか。今日は私が作るわ」

「……いや、いい。今日は俺が作る」

「え? どうして? 交代制ってこの前に決めたじゃない」

「当分、調理は俺がする。お前は休んでろ」

「えー……でも、スミスくんの作るご飯って、あんまおいしくな――」

「絶対に俺が作る」


 その日以来、スミスはドロティアが調理した料理に口を付けなくなった。

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