第9話 少女

 歳は十四、十五歳ほどだろうか。金髪の長髪を束ね、瞳は宝石のように紅色に輝いている。黒のトレンチワンピースを身に纏うその姿は貴族のような気品を感じさせられた。

 なぜ、こんな場所に子どもがいるのか。それが、最初に浮かんだ疑問だった。しかし、そんなものは思考するまでもなく、決まっている。こんなオンボロ古本屋に来る目的は一つしかない。


 少女は本に目をくれずに、一直線に地下室の扉へと向かって行った。


 これで、決定的だ。あの少女も……ドロティアの仲間。つまり、人を殺める職に就いている、殺し屋。

 スミスは無意識のうちに、奥歯を嚙み締めていた。あくまで自分は無関係。ドロティアの仕事には干渉しない。それは自分が提言したものではあったのだが――あのような子どもが、殺しを生業としていると思うと、胃の辺りから何とも言えない不快感が襲ってくる。


 一体、あの子はどのような事情があって、ドロティアとの関係を持ったのか。この仕事をどの程度続け、何人殺したのか。自分と同じ、死者なのだろうか。尽きることのない疑問が、スミスの中で渦巻いていた。

 それから数分も経たないうちに、例の少女は再び地下から姿を現した。その表情はどこか、不機嫌そうに見える。 別に、何かやましいことがあったわけでもないのだが、自然とスミスは隠れるように、本棚の陰から少女を観察していた。


 ここで、スミスはあることに気が付いた。少女の手元には……これまでの来客者が持っていた〝死体袋〟が見当たらなかったのだ。一瞬、彼女がドロティアと無関係なのではないかという線を疑ったが、すぐにその可能性は地下室の存在を知っていたことから、否定された。

 では、一体、何の目的がこの店に来たのか。一番可能性が高いのはドロティア本人に用があったといったところだろうか。

 現在、彼女は外出中であり、留守なことから、不機嫌なことも説明がつく。少女はそのまま退店するように、外へ繋がる扉へと向かって行ったのだが、ふと、本棚の前で立ち止まった。


 何か、気になる本でも見つけたのだろうか。じっと、一点を見つめている。そして、人差し指を突き出し、本を手に取った。そして、ぱらぱらとページを捲り、そのまま――扉に向かって再び歩き始めた。


「なっ……」


 その行動に、スミスは驚愕する。今、目の前で行われたのは紛れもなく、万引き、窃盗だ。あまりに自然な動作で見逃しそうになったが、間違いなく、少女は店の品を無断で持ち去ろうとしている。


 どうするべきだろうか。スミスは迷った。


 一応、店番を任されている以上、窃盗を見逃すわけにはいかない。しかし、相手は少女の姿をしているが、何人も殺めている殺人鬼の可能性が非常に高い。そのような人物を咎めるのは――危険性リスクがある。できることなら、かかわりたくない。

 数秒にも満たない時間で、スミスは様々な可能性を試考シミュレーションする。そして、ついに、決断した。


「……おい。待て」


 悩んだ末に、スミスは彼女に声をかけることにした。

 やはり、相手がどのような者であれ、目の前で行われた犯罪行為を見逃すわけにはいかない。というのが、彼が下した結論である。


「お前、まだ料金を払ってないだろ」

「……は? 誰に向かってもの言って……」


 店の扉に手をかけていた少女はその突然の声に苛立ちを感じさせる口調で、くるりと振り返った。


「――ッ⁉」


 ここで、スミスと少女は初めて対面する。

 少女はスミスを見て目を丸くし、まるで幽霊を見るような唖然とした表情で彼を眺めていた。


「……おい。聞いているのか。会計を済ませてくれ」


 固まる少女に対して、スミスは再度、声をかける。確かに、急に姿を現したことにより、多少は驚くのも無理はないが、そこまで動揺するものかと、疑問に思うほど、少女の態度はどこか奇妙だった。


「…………ハゲ」


 そして、ようやく少女は第一声を発する。しかし、その言葉は――スミスの頭部を蔑む意味合いを持つ単語だった。


「…………は?」


 さすがのスミスも、困惑の声を漏らさずにはいられなかった。

 一体、なんなんだ。この少女ガキは。初対面の人物に対して「ハゲ」だと? どんな教育を受けているんだ――と、その非常識な発言に対して、スミスは若干の怒りを覚えたが、相手はまだ子どもだ。

 そんな相手に、感情を露わにするほど、彼も非常識ではない。ここは冷静に、大人として、諭すべきだろう。


「……とにかく、お前の持っているその本は店の商品だ。持ち出すなら、金を払え」

「ハァ? なんで怪物風情が私に命令してんの。私を誰だと思ってるんだ」


 少女から発せられた〝怪物〟という単語に、スミスは僅かに動揺する。彼女は一目で、スミスが死者であるということを見抜いたのだ。


「……分かるのか。俺が怪物だと」

「んなもん、その腐った目を見たら一瞬で分かるわ。で、お前は誰。あのビッチの知り合い?」


 〝あのビッチ〟に該当する人物はドロティアしかいないだろう。これで、確定した。この少女は間違いなく、彼女の同業者、殺し屋の一人だ。


「……あぁ、そうだ。今は訳があって、この店に居候させてもらっている」

「それってセフ――」

「違う」


 あらぬ疑いを即座にスミスは否定する。


「反応はっや。まあ、いいや。そっか。そういうことね」


 くるりと背を少女は背を向ける。


「じゃ、私は急いでるから。またな、ハゲ」

「おい。だから、金を払えと言っているだろう」

「買うんじゃないの。これは借りるだけ。ま、返す気はないけど。んじゃ、そういうことで~」


 手を軽く左右に振りながら、別れの挨拶をして、少女は店を去ってしまった。


「な、なんだ。あいつは……」


 その容姿からはとても想像できない傍若無人な態度に、スミスは呆気に取られ、そのまま彼女を逃してしまった。

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