第7話 食えない女

 そのスミスの返答に、ドロティアはぽかんと口を開け、呆気に取られたかのような表情を浮かべていた。彼女にとっても、予想外の反応だったらしい。


「なんだ。その反応は」


 ドロティアが初めて見せた表情に、逆にスミスは困惑してしまった。

 これまでの彼女はどこか常に余裕を持ち、人を見下し、心まで見透かしているような、まるで魔女のような態度を取っていたのだが、今はまさに〝一泡吹かせられた〟といった顔をしている。

 一体、先ほどの発言のどこにそんな意外性があるのか。それは張本人であるスミスでさえも、分からなかった。


「ちょ、ちょっと意外だなぁって。だって、スミスくんってこういうのは許せないタイプなんじゃない?」


 この二週間、スミスと共に生活し、ドロティアは彼を清廉潔白な人物だと分析していた。善か悪、この二つに分類するならば、間違いなく善人。それも、かなり偏っている。

 恐らく、生前は一度も犯罪行為に手を染めたことはなかったのだろう。それどころか、信号無視でさえもしたことがあるのか怪しい。よく言えば真面目、悪く言えば頭が堅い。そんな超が付くほどの堅物だと思っていた。

 自慢ではないが、自分の人を見る目は確かだとドロティアは自負している。つまり、彼女の経験上、この店の事実を知ったスミスは――まず間違いなく、激怒するか、否定的な意見を述べるはず。しかし、現実はまさかの「見逃すスルー」という発言。その意外性に、柄にもなく、ドロティアは驚いてしまったのだ。


「……勝手に俺をお前の物差しで測るな。確かに、この空間も、お前もイカレているのは間違いない。法を遵守するなら、今すぐにでもお前も豚箱に放り込まれるべきだろう。だが……」


 スミスは視線を背後の死体へと移す。


「……そこに転がっているのは皆、犯罪者なんだろ。なら……見逃してやる」

「えっと、それって……つまり、スミスくんは犯罪者なら死んでもいいって思ってるの?」


 ドロティアのその言葉に、スミスは数秒黙り込む。


「……あぁ、そう思って構わない。この世界には死んだ方がいい人間というのは存在すると、俺は考えている。そのような人間だけを処分しているというのなら……こちらからは何もしない。もっとも、お前たちが手当たり次第に殺戮を行っているというのなら、話は変わってくるがな」


 ドロティアから真相を告げられた時、スミスは――心の奥底で、どこか安堵していた。

 彼女たちに殺されたのは善良な人間ではない。むしろ、その逆。これまで多くの人々を不幸にし、貶めてきた悪党。現状、本当にそれが真実なのか確かめる術はなかったが、不思議と彼は事実であると確信していた。

 ならば、同情する価値もない。そのような屑は殺されて当然だろう。少々、過激な思想であるということは重々承知の上で、スミスは最終的にそう判断した。


「ふーん……そう」


 ドロティアは興味深そうに、スミスを見つめる。その視線はどこか身体を舐め回し、締め付けるような、粘着性を持っており、蛇を想起させるものだった。


「……なんだ」

「私も人のこと言えないけど、どうやらスミスくんも相当ぶっ飛んだ思想を持っているみたいね」

「そうか?」

「えぇ。だって、こんなの見たら、普通はいくら悪人でも受け入れられないわよ」


 一瞬、ドロティアは蔑んだ目で、死体の方へと視線を移す。


「もしかしたら、記憶がないのもそれが原因なのかもね。いや、これはアッチ系の……」

「……何か、心当たりがあるのか」


 ドロティアの意味深な発言に、スミスは反応する。


「ううん、何でもないわ。とにかく、スミスくんが敵に回らなくてよかった。せっかく会えたのに、もう殺し合うなんて……勿体ないですもんね。さっ、ディナーに戻りましょうか」


 にっこりと、少女のような笑みをドロティアは見せる。

 その発言で、この地下の真実を知り、彼女と対立してしまったら……どうなっていたのかをスミスは察してしまった。


「……食えない女だ」


 ぼそりと、彼女に聴こえない程度の音量で、スミスは呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る