第22話
王宮の多くを魅了した神楽舞により、神楽鈴は寧琅に返還された。
臣下の多くは寧琅に近づきたいけれど近づけないといった様子で熱っぽい視線を向けていた。中には、上擦った声でこのまま国の役者として働かないかと声をかける者もいたが、寧琅はすげなく断った。
ただ一人が誘ったことに勇気をもらったように、次第に寧琅に声をかけるものが増えていくのを、蓮生王が制してくれた。
神楽舞の終わりに、告は蓮生王に寧琅が神であることを明かしたが、彼はそれ以上に触れることはなかった。
王宮の表門まで送り届けてもらった別れ際、蓮生王は尋ねてきた。
「お二方はこれからも旅を続けるのですか」
「えっと、旅は……しばらく、おやすみすることになると思います」
「お団子」
と、蓮樹が言った。
「食べるって、約束した。次は、いつくるの」
告と寧琅は弥生を送り届けたらすぐに天界に帰らなくてはいけなかった。表門に向かうまでの道すがらに、寧琅から神楽鈴を変換された瞬間に天界からの帰還命令の通信が入ったと聞いていた。
試練を達成した二人は罪を免れたが、それ故に、告は一刻も早く輪廻の天課に戻らなくてはいけないらしい。
それでも弥生を送り届ける時間だけはと寧琅は交渉してくれていたという。
だから寄り道する時間はなく、そして輪廻すればここで過ごした記憶は失われる。蓮樹との約束は果たせなくなってしまう。
胸がきゅっと絞まる。果たせないと言ってしまったら、この子は悲しんでしまうだろうか——。
「俺たちは行かなくちゃいけないところがある」
惑っているうちに、寧琅が先に口を開いた。
「そこでやらなくちゃいけないことがある。それを果たすにはとても時間がかかる。だが、お前との約束は忘れることはない。俺が覚えておく」
目を見開いた告が寧琅を見ると、彼は告の手を掴んだ。
「ずっと先の、もしかしたらここじゃないどこかになるかもしれないし、お前の見た目も変わってるかもしれないが。それでもちゃんとこいつを連れて行ってやるから。一緒に団子食ってやるから。お前はのんびり待ってろ」
蓮樹はぱちぱちと瞬いた。寧琅の言っていることが理解できているのか、いないのか、分からない。けれど、蓮樹はその表情に不満を乗せることなく、むしろ、嬉しそうに笑って答えた。
「わかった。待ってる」
それから、告と寧琅は弥生を村の入り口まで送り届けた。弥生もまた「しばらく旅はされないとのことですが、それでもまたこの近くを通ることがあったら、ご挨拶させてください」と言ってくれた。村長や未助の姿も見たかったが、このた旅に残された時間は……もう、ない。
ここで出会った人たちと、この思い出について語れることは、きっとないのだろうと思う。けれど、もしかしたら、いつかどこかで再会できるかもしれない。
告が今その只中にあるように、命は尽きても、天に課されただけ、魂は巡る。
再会できたとき、告は覚えていないけれど、それでも先にそう言ってくれたように、寧琅が覚えていてくれるかもしれない。
弥生が村の中に入っていくのを見届けてすぐ、寧琅は手を一振りした。すると、村の入り口で枯れていた草葉は元気を取り戻し、森の中も緑が瑞々しさを取り戻した。
それから告と寧琅は人目のつかない森の中に入り、寧琅の力で天界に転移した。
下天の光景に懐かしさを覚えたのは束の間、何者かに後ろから抱きしめられた。
「告! 無事でよかった!」
顔だけで振り返れば、告を抱きしめていたのは愁眠だった。その後ろには菁と霜天の姿もあった。
「ただいま戻りました!」
久々に再会に万感の思いを抱きながら、配達の仕事から帰還した時のように告げれば、三人は笑顔を浮かべてくれた。
「戻ったところで、もういっちまうんだよな」
「せっかく試練を果たしたのに、悠長にしてまた天課を放棄したと看做されたら大変なことになるでしょう」
告の体から愁眠を剥がしながら言う菁の眉尻はわずかに下がっている。それは愁眠に呆れて物のかもしれないが……もしかしたら少しは告との別れを惜しんでくれているのだとしたら、申し訳ないけれど、少し嬉しい気がした。
「輪廻の輪まで、案内しますよ」
「あ、あの! 少しだけ時間をいただくことはできませんか!」
菁が少し困ったように眉を寄せた。
「先にも愁眠様に言いましたが——」
「天課を放棄したと思われるのは、困るんですけど、でも……どうしても、寧琅様とお話ししたいことがあるんです」
「寧琅から交渉され現世で過ごす時間を延長した。これ以上は、なぁ」
白い髭を撫でた霜天が、少し申し訳なさそうに言う。告は胸の前できゅっとこぶしを握った。
寧琅に言いたいことはたくさんある。なのに、そのどれも伝えられずに別れることになるのは嫌だった。ならばせめて、今ここで一つだけでも叫ぼうか。でも、どれも、選べない。全部、寧琅に伝えたい——。
「あんたの権限なら、もう少しくらいどうにかなるだろ——天帝」
告の前に出た寧琅が、そのまま霜天に頭を下げた。
「頼む。雑用でも、面倒なことでも、なんでも引き受ける」
頭を下げている寧琅を見るのははじめてだった。どうして寧琅がここまでしてくれているのか。寧琅も告とまだ話したいと思ってくれているのだろうか。
きゅっと胸が詰まるのに押されるままに、告も咄嗟に寧琅の隣に並んで頭を下げた。
「僕はできることがあるかわかりませんが、でも、お願いします。霜天様」
「……寧琅は今、言ったことを忘れぬように」
ため息混じりに霜天が言った。
「私が鐘を鳴らすまでの間だけだ」
顔を上げれば、そこにはやわらく、それでいて悪戯っぽく微笑む老爺がいた。
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