第21話
高い塀に囲われた広々とした庭園の中央に美しい男がひとり、目を瞑瞑って静かに立っている。
神楽舞を披露するのは外がいい、という寧琅の要望により、その場が用意された。紅で塗られた東屋には、先に話し合いを行っていた面々だけでなく、臣下の姿も多くあった。これもまた寧琅が、多数の目に見せたほうが後腐れがないだろう、と意見したことによる。
告は両手首を縄で拘束された状態で、王の横に立っていた。背後には兵が二人控えていて逃げるのは難しいだろう。
臣下達は怪訝に寧琅を見ていた。
告は両手を握りしめながら、じっと寧琅を見ていた。胸になにかがぎゅっと詰まっているような感覚がずっとしていた。歓喜、興奮、緊張……そういったものがひっきりなしに告の全身を巡っていて、頭や指が少し痺れる感覚さえする。
寧琅の手には蓮生王が持ってきた神楽鈴がある。胡桃ほどの大きさの鈴がいくつも連なるそれは、日に照らされて金に輝いている。
やがて、寧琅の白い瞼がおもむろに持ち上がる。
そして、寧琅は鈴を鳴らした。
庭園にはいくつもの花や木が植わり、綺麗な池があった。
しゃん、と。
寧琅の鈴を聞いた花は歓喜するように、花弁をみずみずしく鮮やかに開かせた。
しゃん、と。
寧琅の鈴を聞いた木は、踊るようにその身につけた緑の葉を振るわせ、木の実をつけた。
しゃん、と。
寧琅の鈴を聞いた湖は波紋を打ち、細い筋を作るように舞い上がった。それは寧琅を囲み、寧琅の鈴に合わせて、眩く飛沫く。
しゃん、しゃん、しゃん。
鈴の音もひとつひとつがとても清らかだった。
そして不思議なことに、鈴以外の弦楽などの音までもどこからか聞こえてくるように感じる。見惚れた観客が観客が息を呑む声さえ、その旋律の一部になっていた。
寧琅は舞う。最初は小さくゆるやかだった振りが、次第に大きく華やかになっていく。全身をしなやかに動し、どこか厳然としながら、とても穏やかで、激しくて、やさしい。一度目に捉えるとそらすことができなくなる流麗。見惚れながら、鈴がなるごとに、寧琅の装束が変わっていっていることに気づいた。
袖にも裾にも布が増えていき、寧琅の舞に合わせてふんわりと靡く。肩にかかった羽衣は陽光に透け、角度によって青や緑の色を浮かべた。
どこからともなく、花びらが舞う。小さい桃色のそれは、桜のようだった。雨のように降り注ぐそれをひとひら、手に乗せたときだった。
寧琅の顔に、薄絹が掛かった。
——あ。
告は一瞬、時が止まったように感じた。
告の人生で、なによりもやさしくて大切な記憶が、そこにあった。
薄絹越しに、寧琅と目が合った、気がした。
告はたまらず口元を両手で覆い隠す。
ひらりと靡いた薄絹の下に、弧を描いた寧琅の唇が見えた。
涙が溢れそうになるけれど、しゃくりあげてしまいそうになるけれど、ぐっと堪えた。この美しい舞を少したりとも邪魔したくなかった、見逃したくなかった。
不思議で、神秘的で、どうしようもなく美しい。
やがて寧琅のふりはまた少しずつゆるやかに小さくなっていった。それは、めいっぱい命を輝かせた花の終わりを彷彿とさせた。
寧琅が最初にいた立ち位置で静止し、鈴の音は止む。
しばらく間をおいて、あたりから鳴り響いた激しい拍手の音で、告はようやく終焉を迎えたことに気付いた。
瞬間、たまっていた涙がはらはらと溢れ出した。
「あの方は、何者なのですか」
隣にいる蓮生王が、呆然と寧琅を見つめたまま尋ねてくる。
「神様です。花・水・木を司る、寧琅様です」
蓮生王が告を見てぱちりと瞬く。彼は、それ以上の追求も、疑いの言葉も紡がなかった。ただ。
「人生で、はじめてみました」
と、呟いた。
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