第20話

 蓮生王に導かれ、客間に通される。四方は白の壁紙に囲われ、戸の向かいには木枠のついてた大きな丸窓がある。風通しのよい、広々とした空間だ。

 床には畳が敷かれており、もともと四つ敷かれていた座布団に、蓮生王自ら部屋奥に積み重なっていた座布団を一枚引っ張り出し追加した。

 告、寧琅、弥生が三人横並び、その向かいに蓮生王と蓮樹が座る。間もなくして茶を出しにきた給仕が去ると、蓮生王は美しく拱手した。

「改めまして、私は茗蓉の国王を務めております、蓮生と申します。あのときはお世話になったにもかかわらず、ろくにご挨拶ができず申し訳ありませんでした」

「お忍びだとは思っていたが、王族だったか」

「時折、家で過ごすのに飽きた蓮樹の息抜きもかねて街の様子を見にいくのですが、素の様子を見たいと思うとどうしても身分を隠さなくてはならなくて」

「なるほど。で、そいつも同席するのか」

 寧琅の視線が蓮樹に向く。この会合の一番小さな参加者は寧琅を見上げて、ぱちぱちと瞬いている。

「この子もいずれ国事に携わる機会はあるでしょうから、見せられる仕事は見せるようにしているんです……それに、この子は〝告さん〟を気に入っているようですから」

 蓮生王に微笑みかけられ、蓮樹の視線も告の方に向く。まろく白い頬をぽっと染めた蓮樹は小さな手のひらをちらちらと告の方に振った。告もそれに応えて小さく手を振る。

「どこにいってもガキに慕われるな、お前。ちんちくりんだからか?」

 ちんちくりんはさておき。幼い子と親しくする機会などこれまでになかったから、未助や蓮樹が慕ってくれているのは、新鮮だし嬉しく思う。

「あなたがに聞きたいことはいくつかありますが……まずは、侵入経路。書庫に現れた、ということは、芙佳の祖の塚にある地下経路を使われたということでしょうか」

 蓮生王に視線を向けられた弥生が、ぴたりと畳に額をつける。

「村長の、弥生と申します。蓮生王の仰る通りでざいます。国王と直に話したいと思ったものの、王宮に入れそうな方法がそれしかなく……申し訳ござません」

「たしかに、御三方は正面から訪ねていただいても通されなかったでしょう。最悪私のところまで話が来なかったかもしれません。ですが、あそこは互いの長のみが知る機密。今後の使用には注意いただけますと助かります」

「承知いたしました」

「では続いて、侵入経緯について。つまるところ、本題となりますね。このまま、芙佳の件から伺っても」

「御国に多大なるご迷惑をおかけしたこと、我が同胞に代わり、謝罪させていただきます。誠に申し訳ございません」

 頭を下げたまま、弥生が言う。蓮生王は何も言わず、変わらない表情で弥生を見下ろす。

「あの事件の顛末は、あなた方が寄越してくださった伝令通りだったのでしょう。私の同胞……ヤオから、淡竹あわたけに絡んだこと。揉み合いになった末に、運悪く、ことが起こってしまったこと。ですが、芙佳は同胞を何よりも重んじる村。それを受け入れることができませんでした」

「親しげですが、淡竹殿とは知り合いでしたか」

「恋仲にありました」

「恋人のいる国と絶交状態でありたくないから、声を上げたと? それにしても、どうして今頃と思いますが」

「同胞を重んじるばかりに真実から目を背けるあり方に、私は疑問を持っていました。相手が茗蓉で、恋人への想いが少しもないといえば、きっと嘘になってしまうでしょう。ですが、それ以上に、このまま、目を曇らせたまま意地を張り続けていると、御国と絶交状態にあると、この村は衰退していくと恐れました……けれど、私には声を上げる勇気はありませんでした」

 おもむろに顔を上げた弥生が告と寧琅に目を向けた。

「そんな折に、彼らに出会いました。思うことをはっきりと主張し、希薄な可能性にも躊躇わず手を伸ばし、自分たちの求めるものに手を伸ばす彼らに、憧れました。背中を押されました」

「なるほど。その求めるものとは噂の国宝のことでしょうか……いえ、順に話していきましょうか」

 顎に手を当てた蓮生王は続ける。

「たしかに、あなたの同胞により、我が国が苦汁を飲んでいるのは事実。そして、我が国の民があなた方の同胞を殺したのもまた事実です。それが、不運な事故だったとしても。あれからそれなりに月日も経過した今、言葉だけ交わしてはい仲直り、というのはお互いに難しいでしょう」

「ですから、取引をお願いしたいのです」

 弥生は懐を探り、深緑の巾着を取り出す。口を開けたそれを逆さにして、手のひらに真紅の実を取り出す。

「これまで、私たちの村には花化症に対する知識はあっても、対策はありませんでした。私たちは花化症にかかることはありませんから、不要だったのです。ですが、村の禁書に、花化症に回復に必要となる先達の書き残しを見つけたのです」

「そちらの実がそうだと?」

「はい。本当は村長……前村長はかねてからこの存在を知っていて、私も……花化症を治す方法を探していた際に、その禁書を見つけていました。ですが、これが成る地には獰猛な獣がいて、採取ができない状態となっておりました。それもまた、旅の御仁に多大なご尽力をいただいて、解決に至りました」

「またずいぶんな活躍があったようですね。一時的な客人にずいぶんとおんぶでだっこだったと」

 棘のある言い方だった。だが、弥生は怯むことなく、まっすぐに蓮生王に応える。

「おっしゃる通りです。培ってきた主義、強大な力、あらゆるものを前にして屈していた私たちは、きっと、外から来た彼らの声がなければ頑ななままでした。彼らが新しい風を吹かせてくれたからこそ、村を変えていかなくてはいけないと思いました。歴史は重んじながらもとらわれず、強大なものに立ち向かう術を自分たちの頭で思考し行動できるようにならなくてはいけない。その一歩目として、私は村長の座につきました」

 緊張感のある無言の中、弥生と蓮生王が見つめ合う。

「……芙佳がこの実をもとに我々に要望することは?」

「交流の再開です」

「それだけでよいのですか」

「それだけが失われるだけで、我が国は乏しくなり、生活が苦しくなります」

「ふたつ、尋ねさせていただきます」

「なんでしょうか」

「ひとつ。その実は本当に効果があるのでしょうか。芙佳の皆様では検証できず、根拠は古い書き残しのみ。我が国民を被験者とした場合、万が一があったら、私たちの歴史に確実に暗澹が刻まれることでしょう」

 弥生は、ぐ、と言葉に詰まる。

 告は寧琅の力によって確信を持っていた。だが、それを蓮生王に伝えたところで、寧琅が花水木に通ずる神様であることを話したとしても、信じてくれるとは限らないと思った。そういう冷静さを彼は常に携えていた。

 蓮生王は続けて指を立てる。

「ふたつ。交流さえ再開させれば、芙佳の民が我が国で売買をする際の税は跳ね上げても構わないですか?」

「それは……」

「強かな王だな」

 揶揄の響きがない、滑らかな声で寧琅が言う。蓮生王はそれに微笑みだけを返す。

 しばし黙り込んでいた弥生がおず、と唇を開いた。

「前者は……申し訳ございません。おっしゃる通りです。実際に試せたわけではなく、言い伝えのみです。後者においては……できれば、税は以前と同様にしていただきたいです」

「根拠の薄い薬を種に、重税も課明すことなく、交流を再開して欲しいと」

 弥生の顔は真っ白になる。何かを返したげに唇が震えるが、何も紡げない様は痛々しい。胸がそわつくも、旅人である自分が口を出していい場面でもないことはわかっていた。

「芙佳の民は一人命を落としています。茗蓉は花化症により痛苦を味わっていますが、それでも人死は出ていません。生き物にとって最も尊い命を奪っておいて、自国の流行病を治せるかもしれない薬の被検には誰ひとり出す覚悟はないのか……と、反駁される覚悟をしていたのですが」

「へ……」

「まだ手札はあるのに、できればなどと申しては、得られるのは最低限の安寧。豊かさは得られません。上に立つものは堂々としながらも、民のために少しでも良い条件を結ぶために最後まで水面下で足掻くのも大事だと私は思っています」

 口を開けたままぽかんとする弥生に、蓮生王は顎に当てていた手をそっと外し、眦をわずかに緩めた。

「花化症の薬を元に、芙佳との以前通りの交流再開。私は賛成します。国民が納得し、互いの地に利益がもたらせるよう、尽力いたしましょう」

 弥生はまだ呆然としているようだった。だが、次第に蓮生王の言葉を飲み込めたように、瞳を見開ききらめかせた。

「どうぞ、よろしくお願いします!」

 勢いよく頭を下げる弥生を、蓮生王は微笑ましげに見ていた。

「さて、続いてはあなた方の話を伺いましょう。あなた方が私への謁見を望んだのは、我が国宝の神楽鈴を望んでのことですか」

「ああ、そうだ」

「どういう事情で欲しているのですか」

「それは、もともと寧琅様の所有物だったものなんです」

 ふむ、と蓮生王は顎に手を当て首をわずかに傾ける。

「あれは遠征に行っていた臣下が拾い持ってきたものです。目利きに頼んで鑑定してもらったところ、非常に価値があると判断されたので、国宝として保管しておりました。いざというときのための財にになれば、ぐらいの思い入れですが……」

「国宝をはいどうぞと手放すわけにもいかないと」

「左様です」

 やっぱり、一筋縄ではいかないらしい。

「所有物だった明確な証でもあればまた、話は別ですが」

「その神楽鈴についているのと同じ印のついたものを持っている、じゃあ、だめでしょうか」

 告の体には寧琅の所有物である印が入っている。神楽鈴にも同じものが入っていると寧琅が話していたが。

「残念ながら、薄いですね。観光を売りにしているのもあり、国宝をの展示も一定の頻度で行っていますから。真似ようと思えば、できてしまいます」

「じゃあ、そいつを使って神楽舞をするのは」

 寧琅の言葉に告は瞬いた。

 落神になる前、人間の世界で暮らしていた寧琅は路銀を稼ぐために神楽舞をよくやっていたと言っていた——そしてその神楽舞は、かの国主とも縁深いものだったとも。

「俺が一度手に持ち舞えば、それが俺のものであると明白になる」

「……一度手に持たせてとんずらこかれてしまったら、私はどうすればよいのでしょうか?」

「そんときは、こいつを切っていい」

「えっ」

 まさかこの状況で差し出されると思っていなかった告は、ぎょっと肩を跳ねさせた。

「俺はこいつを絶対に死なせないし、裏切らない。こいつがいなけりゃ、俺の生きている意味がないからな」

 寧琅は躊躇も淀みも一切なく、そう宣う。

 それを聞いていた弥生は顔を真っ赤にし、蓮生王もこれまでに見たことがないほどにぽかんとした顔をしていた。蓮樹はまたぱちまちと瞬きながら、寧琅を見ている。

 そして告はといえば——胸が痛いほど鳴りながらも、感じたことがないほどあたたかな熱を全身に感じていた。

「寧琅様が……神楽舞をするのが嫌じゃなければ。僕はそれで構いません。僕の命じゃあ、神楽鈴が寧琅様の所有物であるか、試す価値はないでしょうか」

 蓮生王をまっすぐに見据えれば、彼は少しだけ困ったような顔をした。それからやがて、短く息を吐き、了承の意を口にしてれた。

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