涙ぐましい努力の成果
「どうにゃ! 毎日誰が来るかも分からないのにメンテナンスを続けてきた温泉にゃ!」
「う……。かわいいのに、涙ぐましい努力で泣きそう……」
「にゃ!?」
『六層からの難易度を考えたらほぼ間違い無くリオン専用だしな』
『リオンが来るまでずっと待ってたのか……』
『がんばったんだなあ』
なんか、そう言われると、すごく申し訳ない気持ちが……! ごめんね! いや悪いのは全面的にアスティだと思うけど!
「温泉を楽しんだ後は旅館にゃ!」
「旅館!? あるの!?」
「もちろんにゃー!」
温泉の後に案内されたのは、日本でも見るような、そして少し大きい旅館。ボクたちの貸し切りらしい。自由に使っていいのだとか。
「自由に使っていいのにゃけど、壊すのはだめにゃ」
「いや、壊さないよ。どうしてそう思ったの?」
「…………」
猫たちの視線がアスティの方へ。アスティは首を傾げて、何か? なんて言ってる。ちょっと怖いんだけど。あいつ何をやらかしたんだ。
「気に入らない、とかで一度旅館を壊されたにゃ」
「ギルティ」
『壊すって……鬼か?』
『最低だな女神様』
『着実にリオンからの好感度を落としていく! さすがだぜ女神様!』
「そんなつもりありませんが!?」
むしろない方が悪いと思うんだけど。何が悪いって分かってないってことだから。
まあ、多分アスティにとっては、ボクのためだしいいでしょ、みたいな感覚なんだろうけど。だからこそ怖い。次は何をやらかすか分からない。
「ではどうぞですにゃー! あ、靴はぬいでほしいですにゃ!」
猫に指示されて、クレハちゃんたちが靴をぬいでいく。
そうして案内されたのは、とても広い和室。奥に広縁もある。広縁、いいよね。あの狭さがやみつきになる。
「おお……。純和風ってやつだね。なんだかすごくいい」
「これが和風なんだ……。リオンちゃんの家とはまたちょっと違うね」
「日本の家は洋風も取り入れたごちゃ混ぜだからね」
いやあ、それにしても。
「温泉もそうだけど、異世界に来てる実感がかけらもわかないね」
『猫はともかく、日本のどこかの温泉だって言われても疑わないなこれ』
『異世界ってなんだっけ?』
『に、日本にあるダンジョンだから!』
そこで日本ってことにしちゃうと、異世界のダンジョンに行ってみたい、というボクの希望が叶えられてないってことになるんだけどね。それを言ったらアスティが何をするか分からないから黙っておこう。
「ちなみにだけど。ボクは普通の洋風のホテルが好きです」
「なん……ですって……!?」
アスティが固まっちゃった。
いや、和風の宿ももちろんいいと思うよ? 趣があるよね。うん。でも悪いけど、ボクは宿なら洋風のホテルの方が好きかなあ。そっちの方がかなり気楽だと思うから。
「分かりました……次のために、後ほど壊して建て直させます……!」
「にゃあ!?」
「おいばかやめろ。なんでそんな短絡的なんだお前は」
余計なことを言った自覚はあるけど、だから壊すっていうのはさすがに猫たちがかわいそうだよ。あとボクの胃にもダメージがいくからマジでやめろ。
クレハちゃんは広縁に興味があるみたいで、一番奥に行って不思議そうにしてる。二つ置かれている椅子の一つに座って、首を傾げてる。でもなんだか気分が良さそう。
「リオンちゃん。ここってどういう場所なの? すごく狭い部屋だけど」
「部屋じゃないよ。広縁っていう部分」
「ひろえん?」
「詳しくは知らないんだよね……。ごめん」
ここでぱっと答えられたらかっこよかったかもしれないけど、正直ボクはあまり興味がなかったから、広縁については詳しくない。
クレハちゃんはきょとんとしていたけど、薄く笑って、そっかと頷いた。
「知らないものは仕方ないよね。わたしだって、自分の世界の全てを知ってるわけじゃないから」
「あはは……。でも答えたかったなあ……」
幻滅はされてないと思うけど、かっこよくは見せたかったです。
部屋で少しのんびりした後は、晩ご飯。猫たちが持ってきたご飯は、しゃぶしゃぶだった。とっても美味しいお肉を使ってるらしい。
「フロストドラゴンでご用意しましたにゃ!」
「あ、はい……」
どうしよう。ボク、フロストドラゴンのイメージが美味しいお肉しかない。まともに戦ってないから当たり前なんだけど。
つくづく思う。こういう攻略をしたかったわけじゃないんだけどな、と。いや、危険な目に遭いたいとまでは思ってないから、これぐらいでいいと思うけど。
アスティがいなかったら、危険どころか死んでただろうし、ね。
いや……。そもそもアスティのせいでこんなことになって……。忘れよう。
それはそれとして、ドラゴンのしゃぶしゃぶはとても美味しかったです。
晩ご飯のあとは、就寝。宿の部屋に布団を並べて、そこで寝ます。ちなみに家族にはちゃんと連絡したよ。アスティが、だけど。特に反対はされなかったみたい。
アスティが信頼されてるというよりは、何を言っても無駄だろうと思われてるんじゃないかな。アスティだし。
「明日はいよいよ十層だね、リオンちゃん」
「うん。長かった……わけじゃないけど。むしろめちゃくちゃ短かったけど」
「あはは……。普通なら何年もかけて少しずつ進んでいくはずだったからね……」
一ヶ月もかかってないからね。ボクとか結局全然戦ってないよ。アスティに渡された杖は主にアスティに使ってるし。ダメージを与えられてないけど。
それにしても……十層か……。
「いやあ……」
「うん……」
「実感わかないね……!」
「わたしも何もしてないからね……!」
それもこれも、アスティが全部悪いんだ。そういうことにしておこう。
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