おとなしい子は怒らせてはいけない


 改めて。ログハウスの中もなかなか快適そうだ。暖炉にはもう火がつけられているからか、室内もほどよく暖まってる。外はとても寒いから、この暖かさがちょうどいい。


「あれ? そういえば、このログハウスの周り、本来の雪原エリアより寒さがましだったような……」

「どうせアスティさんが何かしてるんだと思う」

「なるほど」


『クレハちゃんですら微妙に邪神への物言いがきつくなってる気がする』

『そりゃあんな女神様を見ていたらね……』

『おいたわしやwww女神さまwww』

『そう思うなら草を生やすなw』


 暖炉の側にはソファがあって、ここでうたた寝なんてしたらきっと気持ちいいと思う。その後ろ側にはテーブルと椅子。晩ご飯とかここで食べたいね。

 階段を上がると、部屋が四つ。そのうちの一つに入ると、テーブルにベッド、それに外が見える窓という簡素な部屋になっていた。簡素だけど、むしろそれがいいと思う。

 使う人が自由に物を置けるし、何も置かなくてもこの落ち着いた雰囲気も悪くない。一人で読書をしたりと、趣味に没頭するにはいい部屋だと思う。


「うん。とてもいい部屋だと思う」

「いい部屋だよね。本当にわたしももらっちゃっていいのかな?」

「ふふふぅ……いいのですよぉ……」


 そんな、どこかくぐもったアスティの声。ボクとクレハちゃんは顔を見合わせ、そして声のする方、窓を見た。

 髪の長い女がべったりと張り付いていた。


「みぎゃあああ!?」


 なにあれこわい。おんな! ゆうれい! べったり! こわい!


「あばばばばば」


 思わずクレハちゃんに抱きついたら、なんだか優しい笑顔で頭を撫でてくれた。気持ちいいです。

 そして、クレハちゃんは、ボクをひっつけたまま窓へと向かって。


「なにやってるんですか、アスティさん」


 なんか、めちゃくちゃ底冷えのする声だった。


『ヒェッ』

『てえてえ、と思ってたのに急なホラーやめてください』

『どこかのクソ女神ですら凍り付いてるんだけどw』


 アスティは引きつった笑顔でクレハちゃんを見てる。クレハちゃんはため息をついて、窓を開けた。


「女神様」

「あ、はい……。あの、ですね……。これは、ですね……」

「何やってるんですか、と聞いています。聞こえていますよね? 虫じゃないんですから。ああ、光に集まるという意味では虫でしたね。虫に失礼でしたごめんなさい」

「…………」


 そんな泣きそうな顔でボクを見られても困ります。自分でまいた種なんだから自分でどうにかしてください。


「あの、ですね。クレハちゃん。これは、違うんです……」

「はあ」

「ぴぃ……」


 アスティは泣きそうな顔で部屋に入ってくると、そっと窓を閉めてその場で正座した。ふるふると震えるアスティ。かわいそう、とは思えないのは今までの言動の結果なのかな。

 ただクレハちゃんはちょっと怖いと思いました。


『クレハちゃんってキレると地味に怖いんだな』

『これ画面越しだからいいけど、直で見たら多分絶対めちゃくちゃ怖いやつだと思う』

『女神様wwwかわいそうにwwwお腹いたいwww』

『せめてもう少し笑いを隠せよw』


 まあ、アスティにはいい薬かな?

 正座で震えるアスティを残して、ボクたちは一階に戻った。そういえばバーバラさんがいない、と思って探そうかなと……。


「ここに住みたい」


 暖炉の前のソファで毛布にくるまるバーバラさんがいた。ほふう、とお茶を飲んで……。あ、いや違うココアだ。インスタントのココア。しれっと日本から持ち込んだんだと思う。馴染みずぎでは?


「バーバラさん、なにやってるの?」

「ココアは至高の飲み物ね……。飲む?」

「飲む」


 どうやって入れるのかなと思ったら、お鍋に魔法で水を入れて、さらに魔法で熱して沸騰させて、マグカップに注いだ。


『魔法便利すぎでは?』

『コンロいらず』

『バーバラさんはコンロだった……?』

『コンロさん!』


「それはさすがにひどいと思うのだけど!?」


 それぐらい便利だということで。褒め言葉にはちょっと聞こえないけど。

 バーバラさんはぷりぷりと怒っていたけど、ちゃんとココアを用意してくれた。クレハちゃんと一緒に受け取って、少し飲む。甘くて美味しい。


「ところでクレハ、ちょっと機嫌悪い?」

「大丈夫」

「…………。なるほど」


『あれだけで察した、だと?』

『察せられるバーバラさんがすごいのか、常習犯となってるクソ女神がクソなのか』


「多分後者だと思うなあ」


『ですよねー』


 三人でココアを飲んで、のんびりとした時間を過ごす。うん、こういうのも、悪くないね。

 そうして三人で落ち着いていたら、アスティが下りてきた。なおすでにテンションが戻ってる。こいつに反省の二文字はないらしい。知ってた。


「そろそろいい時間です! お昼ご飯にしましょう!」

「はいはい。お昼ご飯ね。お弁当?」

「ちっちっちっ。甘いですねえ、リオンさん。そんな平凡なもの、私が用意するわけないじゃないですか!」

「うっぜ」

「シンプルにひどい」


『うっぜ』

『うざい』

『ウザ女神』


「女神だって傷つくんですよ!?」


 嘘だぞ。絶対こいつに傷つく心なんてないぞ。むしろ人の心がない。

 気を取り直したようにこほんと咳払い。そうしてアスティが言った。


「注文してきますので待っていてください!」

「はい?」


 次の瞬間にはアスティが消えてしまった。いや、多分地球に戻ったんだと思うけど。


『なあ、これふと思ったんだけど』

『邪神が帰ってこなかったら、リオンちゃんたち帰れないのでは?』


 その言葉に。ボクもクレハちゃんもバーバラさんも息を呑んで、慌ててギルドカードを取り出していた。転移できるカードなら、と。

 結論としては、カードでの転移はできるみたい。つまりダンジョン都市には戻れるってこと。とりあえずは安心だ。

 三人で安堵のため息をついて、ココアにもう一度口をつけた。

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