女神様は空気が読めない

 ぐんにゃりと視界が歪んでいく。ほんの十秒ほどで落ち着いたかと思うと、見慣れない、けれど雰囲気はよく知ってる洞窟にたどり着いた。

 ここは、間違い無くダンジョンだ。スライムもいるし。魔石回収しよっと。


『転移したと思ったらいきなりスライムが処分されてる』

『かわいそうなスライムさん』

『こうして見るとスライムってかわいいよね』


 それは分かる。テイムとかできるならテイムしてみたいぐらいに。

 クレハちゃんとバーバラさん、そしてアスティが続けて入ってくる。クレハちゃんは周囲を見回して、ほう、と短く息を吐いた。


「すごい……一気に変わった……本当にこんな簡単に転移できるんだ……」

「すごいわね。もう魔力で満ちてる洞窟に来ちゃった。これを作れるなんて……本当に神様なのね」

「えっへん」


 あまり調子に乗らせないでほしい。面倒なことになりそうだよ。

 それにしても、魔力で満ちてるっていうのは、ちょっと気になった。ボクには全然分からないけど、魔女には分かるものらしい。地球の人が魔法を使えるのもそれが理由かな。


「それでは、ボス部屋に転移しましょうか。今更スライム討伐なんて面倒なだけでしょうし」

「うい」


『そんな!?』

『配信で道を記録するつもりだったのに!』

『それがあるから転移なんだろうなw』


 さすがにそれはボクも思う。ちゃんとみんなでダンジョンを探索してほしいんだと思うよ。なおそのみんなにボクは含まれない。悲しい。

 アスティが指を鳴らすと、一瞬でボクたちはボス部屋の中にいた。


「指ぱっちん!? アスティ指ぱっちんできるの!?」

「え? まあできますけど……。簡単ですよ?」

「マジで!?」

「マジです。難しいと思う人は原理を分かってない人ですね。親指と人差し指で鳴らそうとしてませんか? 違いますからね」

「むしろなんで神様が指ぱっちんに詳しいのか意味が分からないんだけど」

「ひどくないです!?」


『俺できないんだけど、仕組みってなんだ』

『仕組みが分かっててもできない俺みたいなやつもいるから気にすんな』

『できたところでなんだ、という話だしな』

『でもちょっと憧れるw』


 なんかこう、かっこいいよね! 練習してみたいかも!

 それはともかく、ボス戦だ。ヒュージスライムだね。


「本当にヒュージスライムがいる……」

「このダンジョンにもいたのね……」

「ダンジョンの外にならいるの?」

「スライムの生息地ならたまに見かけるよ」


 スライムの親玉みたいなやつなのかな。ボス、だからね。


「それじゃ、リオンさん! やっちゃってください!」

「いや、やらないよ。危ないよ。クレハちゃんたちを巻き込むよ」

「結界ぐらい張りますよ!」

「なんでもありか」


 なんでもありなんだろうけど。まあここで時間をかけたいわけでもないし、さくっとやろう。

 杖を構えて、魔法を放つ。前回と同じように業火が部屋を満たして、そしてヒュージスライムは消滅した。

 クレハちゃんたちにはどん引きされた。知ってた。


「うわあ……」

「リオンちゃん、すごい……!」

「でも魔石まで燃え尽きてるから、本当に緊急用ね……」


 そうなんだよ。思い出してみれば、前回もヒュージスライムの魔石は回収してない。どうやらボクのファイアは威力がありすぎて、魔石ごと燃やし尽くしてしまってるらしい。

 ただダンジョンを攻略する。本当にそれだけだったら問題ないかもしれない。でもどうせダンジョンに潜るなら、魔石の回収をちゃんとやって、異世界のご飯も食べてみたい。

 つまりやっぱりこのファイアは使い物にならないってことだ。

 アスティを見る。さっと視線を逸らされた。まあ、調整されたマイナファイアがあるからいいんだけど。


 ボス部屋を抜けて、ダンジョン都市へ。ダンジョン都市は変わらない様子で、なんだかちょっぴり安心する。

 でもクレハちゃんたちは違ったみたいで、明らかに警戒度が上がっていた。狙われてる、というのはこういうところにも出てくるみたい。

 うん……。これは早くダンジョンの奥に行った方がよさそうだ。


「早く行こう」

「うん……」


『あれ? リオンちゃんなんか急いでない?』

『クレハちゃんたち、狙われてるからな。ここじゃ安心できないんだろ』


 探索者が多いから手を出されることはほとんどないかもだけど、捨て身で来るやつはいそうだからね。警戒はやっぱり大事だ。

 ダンジョン都市の中央、ギルドに入ってその地下へ。下層に続く階段を抜けると、そこはもうダンジョンの第一層だ。

 ゴブリンは前回戦ったから、早めに次の階層に行きたいところだね。


「リオンちゃん、ゴブリンはもういい?」

「うん。次の階層を見てみたい」

「じゃあ、さくっといくね」


 ここから先は、まさにクレハちゃんの独壇場。素早く移動してゴブリンを瞬殺、魔石を回収していく。改めて思うけど、やっぱりクレハちゃんはとても強い。

 ボクもマイナファイアで援護みたいなことをしてみるけど、ボクが一匹倒す間にクレハちゃんは三匹以上倒してる。ボクの弱点は殲滅速度が遅いこと、かな?

 奥に入ると亜種というのも出てきた。弓を使うゴブリンだったり、魔法を使うゴブリンだったり。まあ漏れなくクレハちゃんが瞬殺したけど。速さは力、だね。


 そうして、ボス部屋。出てきたのはゴブリンキング。王冠を被ったゴブリンで、なんと中級魔法を使うらしい。

 お供は大きな体に巨大な剣の、ゴブリンエースという魔物。それが二体。この三匹は今までのゴブリンとは格が違うんだとか。クレハちゃんも少しだけ緊張してる。


「強いの?」

「うん……。油断しなければ負けないけど……」

「ちょっとでも油断すると危ないってことだね」


 なるほど、ゴブリンキング。かなり強い魔物みたい。これはボクも気合いを入れて、いざという時はいつでもあのファイアを放てるように……。


「リオンさーん。次いきましょー」


 なんか、気付いたらアスティが三匹とも切り捨ててました。アスティの手には血でべったりの大剣。

 うん。うん。おい。


「おおおおい!?」

「え、え? なんです?」

「なんです、じゃないが!? せっかく気合いを入れたのに!」


『やりやがった! あいつやりやがった!』

『お前が動いたらそれはもうだめだろ! いろいろだめだろ!』

『確かにパーティ入ってるけどさあ! お前はだめだろ!』


 クレハちゃんとバーバラさんを見てほしい! なんかもう、口をあんぐりと開けてぽかんとしてる! このバカが本当に申し訳ない!


「は! そうですね、ごめんなさい! 忘れてました!」

「うん」

「薄い本にはゴブリンものもありましたし、観察が……」

「うにゃあああああ!」


『定期的に暴露されるリオンの趣味w』

『もうこれ狙ってやってんじゃないのかなw』

『しかし……。よくも悪くもいい趣味してんなw』


 言いたいことがあるならはっきり言えよちくしょう……!

 いややっぱり言わないで。クレハちゃんに軽蔑されたら泣くかも。


「なんというか……。色んな意味ですごいわね、女神様」

「本当に申し訳ない……」

「楽ができたし、いいんじゃないかしら」


 バーバラさんに苦笑と共に肩を叩かれたけど、ボクも苦笑いするしかなかった。

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