ダンジョンに行く前に


 これはもう、ちょっとした耐久配信だと思う。

 クレハちゃんは、それはもうどっぷりとゲームにはまってしまった。将棋、かなり好きだったらしい。しかも予想以上に強い相手と戦えることが多いみたいで、かなり楽しいのだとか。

 朝から始めた将棋配信は、お昼ご飯の休憩を挟んだとはいえ、もう八時間以上続いてる。


「えっと……クレハちゃん……」

「もうちょっと……!」

「はいはい」


 まあ、楽しんでくれているならいっか。とてもいいことだと思うから。

 集中してるクレハちゃんを邪魔しないように部屋を出る。ボクは明日の準備でもしようかな。


「リオンさーん!」

「甘い!」

「ぐべえ!」


 後ろから抱きついてきたアスティを避けると、見事に壁に激突した。何やってんだこいつ。かわいそうだから口に出しては言わないけど。


「何やってんだこいつ」

「ひどい!?」

「あ、ごめん。思ったことが口から出ちゃった」

「悪びれもしない!?」


 悪びれる必要がないからね。


「さてさてリオンさん」

「立ち直り早いなあ」

「そろそろダンジョン、行きましょう?」

「分かってるよ……」


 クレハちゃんとバーバラさんがなじめるようにと思って数日休んだからね。そろそろダンジョンに行こうと思う。そのための準備をしよう。


「というわけで、アスティ」

「はい!」

「お昼ご飯を持っていこうと思うから、ちょっとカロリーバーとかいろいろ買ってくるよ」

「お昼ご飯……」


 うん? なんだろう。アスティの目が輝いた気がする。いや気じゃないこれ。めちゃくちゃ笑顔になってる。にこーって、そんな音が聞こえてきそうなほどに。

 そしてアスティは言った。


「お昼ご飯なら任せてください!」

「え……。な、何する気?」

「任せてください!」

「はあ……」


 これは、絶対に譲らないやつだ。正直不安しかないけど……。何を言っても無駄だと思う。


「お弁当とか用意しないよね? ピクニックじゃないよ?」

「任せてください!」

「…………。わかった。任せる……」

「わーい」


 うん。いや、いいけどね。でもやっぱり、不安だなあ……。

 そうして、お茶を飲んで、リビングで少しテレビを見てからアスティと一緒に部屋に戻って。


「リオンちゃん」


 クレハちゃんが正座して待っていた。何故正座。


「え、どうしたの?」

「あのね……。この、文字の人たちに聞いたんだけど」


 文字の人たち……。ああ、視聴者さんたちのことか。なんだろう。何か余計なことを言ったのかな。


「リオンちゃん、ダンジョンの情報を配信でみんなに見せてるって本当?」

「え? あー……」


 もしかしてこれ、怒ってるやつかな。いや、改めて思うと、怒られて当然の気もする。

 いろんなお話であるけど、ダンジョンの情報はそれだけで財産だ。調べ尽くされた階層ならともかく、これから調べていく場所はどこに何があるかを秘密にしておきたい探索者もいると思う。

 ボクは、あとから潜ってくる地球の人の被害をできるだけ減らしたい。だから得た情報は配信で全部流してしまおうと思ってたけど……。クレハちゃんたちが反対なら、どうしよう……。


「すごい……!」


 ボクの心配は杞憂だった。


「情報を出し渋る探索者ってすごい多いんだよ! それを売ってお金にすることだってできるから! でもリオンちゃんは、それをみんなに無償で提供しようとしてる……。リオンちゃん、すごい!」

「え? えっと……。そう?」

「うん! すごく優しい子!」

「え、えへへ……」


 なんだろう。なんだかすごく嬉しい。あとものすごく照れ臭い。

 情報の提供についてはボクが原因でダンジョンが出現したから、そのお詫びっていう面があったんだけど……。こう、褒められると、なんだか、いいな……。


『めちゃくちゃ照れてる』

『てれりてれり』

『てれてれリオンちゃんかわええ』

『く……っ! 落ち着け俺! こいつは男! こいつは男!』

『もう諦めてこっちにこようぜ』


 変な勧誘はしないでほしい。ボクは男だ。


「ふふふ。そうでしょうそうでしょう! リオンさんはとってもやさしわひゃあ!」

「ちっ」


『流れるようなナイフの投擲、俺でなきゃ見逃しちゃうね』

『ついに口でのツッコミすらなくなったw』

『殺意やべえw』


 こいつには振り回されてるから当然だと思う。もう少し何か考えないと。


「えっと……。じゃあ、クレハちゃん。ダンジョンに潜ってる間、配信を続けてもいい?」

「もちろん!」


 そういうことになった。内緒でやろうかなと思ってたから、こうしてちゃんと許可が取れたのはちょっと嬉しい。


「じゃあ、クレハちゃん。明日からダンジョンに潜ろうと思うけど……。一緒に来てくれる?」


 そう聞いてみると、クレハちゃんは少しだけ驚いたみたいに目を瞠って、そして笑顔で頷いてくれた。

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