神話(著女神)

 それは。それは、気にならなかったと言ったら、嘘になる。

 お金を稼ぐため。それはあると思う。魔物の素材は高く取引されるもの、だと思うから。そこまで詳しく調べたわけじゃないけどね。

 でもそれなら、奥へ奥へと進む必要はないわけで。それこそ一層目だけでもいい、となりかねない。お金の効率が、となってもほどほどでいいと思うから。

 でも今もダンジョンの攻略は続けられてるらしい。どこまで続くのか分からないのに、最奥を目指して。その、理由。


「最深層のボスを倒すと、精霊が現れてどんな願いも叶えてくれる。そんな伝承が残されています。残しました」

「なるほど……。ん? のこしました?」

「残しました! 本を書いて、それっぽい内容にして……。楽しかったです!」

「それ絶対聞いちゃいけないやつだったと思うなあ!」


『草』

『そうか、神話は神様によって綴られていたのか』

『いやまあ正しい神話の成り立ちかもしれないけどw』


 なんだろう。神話として間違ってないはずなのに……。


「アスティが自分で書いたって言ったら、それだけで一気に陳腐に感じる……!」

「なんでですか!?」


『ごめん女神様、多分みんなおんなじこと思ってる』

『だって……なあ?』

『ありがたみも何もないよね!』


 正直、子供が書いたお話みたいになってそう。


「ともかく! どんな願いも叶えます! 私が!」

「あ、アスティが精霊の役なのか」

「ですです!」

「…………。アスティが精霊かあ……」

「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうですか!?」

「頼りない」

「ひどい!」


 はっきり言えって言うから言ったのに。

 とりあえずアスティが言いたいことは分かった。つまり、ボクにこのダンジョンを攻略しろと、そう言いたいんだ。

 そしてわざわざそれを言うということは、これまであったアスティの加護もきっとなくなるということで……。


「あ、ちなみに、ちゃんと死なない保証はしますし、その杖も使い続けて構いませんよ」

「あ、そこはいいんだ……。え? じゃあ、結局クリアは確定してない?」

「時間はかかると思いますけどね」

「…………。もう、よくない?」

「だーめーでーすー!」


 こだわりか何か知らないけど、アスティはボクにダンジョンを攻略させたいらしい。正直、その意図はよく分からないけど……。でも、それでクレハちゃんたちを保護できるなら、頑張ってみてもいいかもしれない。


「わかった。ダンジョンに潜るよ」

「はい!」

「でも、その間、クレハちゃんたちを自宅で保護するぐらいはしてもいい?」

「む……」


 もしも。もしも、それがだめでこの世界の宿に戻して、クレハちゃんたちの身に何かあれば、ボクはちょっと立ち直れないかもしれない。

 あとは、それこそもうダンジョンに潜り続ける意味がなくなる。それはアスティも思い至ったようで、少し悩んでいたけど最終的には頷いてくれた。


「分かりました。それぐらいなら許可しましょう。でも、なあなあはだめですよ? ちゃんとダンジョンに潜ってくださいね」

「わかった」


 まあこの階層みたいに綺麗な場所も多そうだし、観光がてら潜り続けるのもいいかもしれない。楽しそうだしね。




 アスティとの話し合いを終えて自宅に戻ると、すでにクレハちゃんたちは戻ってきていた。


「あ、おかえり、リオンちゃん」


 にっこり笑うクレハちゃんが出迎えてくれた。

 クレハちゃんは、赤いパーカーに黒いスカートという出で立ち。わりとラフな格好だけど、動きやすそうだ。動きやすさ重視、なのかもしれない。忍者っこだしね。

 バーバラさんは、ちょっと大人っぽい格好。女性向けの雑誌に載っていてもおかしくない。全体的に格好良くまとめられていて、スタイルもいいからかよく似合ってる。


『ほーん。いいじゃん』

『何目線だよw』

『クレハちゃんは活発な印象でとてもいい。健康的』

『バーバラさん、なんかできる女って感じやな。上司にいそう』


 上司にいそう、とかはちょっと分からないけど、できる女っていうのはなんとなく分かる。


「うん……。すごく似合ってる」

「そう、かな?」

「かわいい」

「え、えへへ……」


 てれてれとはにかむクレハちゃん。なんだこの子。天使か?


『あああクレハちゃんかわいいよおおおくんかくんかしたいよおおお!』

『まずいぞ錯乱兵だ! 衛生兵! 衛生兵!』

『任せろ! ふむ……、手遅れですな』

『諦めるなw』


 そんな暴走する人はさっさと諦める方がいいと思う。


「でもいいのかな……? わたし、何も返せるものがないのに……」

「子供がそんなこと気にしなくてもいいんだよ?」

「リオンちゃんも子供だよね?」

「あー……。うん。だから、気にしない……」


 そう、だよね。クレハちゃんからすれば、ボクは同年代の子供だ。本当にちょっと気をつけないといけないと思う。


「あとは……クレハちゃんの学校とかも考えないと……」


 大変な思いをしてきたクレハちゃんには、この世界で平和に暮らしてほしいと思う。もちろんボクの勝手な望みで、それがクレハちゃんの望みではないかもしれない。

 でも、あんな危ない場所よりも、ここで暮らした方がきっといいはず。

 そう、思っていたんだけど。


「リオンちゃん」


 気付けば、クレハちゃんがボクの服の袖を掴んでいた。


「なに?」

「ダンジョンに行こう」


 そう、クレハちゃんは言った。


「えっと……。それは、必要?」


 ボクはアスティが助けてくれる。でも、クレハちゃんとバーバラさんはそうではない。何かあれば、あそこで死んでしまう。あの世界、あのダンジョンはそういう場所で。そしてもし何かあっても、誰かに知られることもほとんどない。

 もしも知らない場所でクレハちゃんたちが死んでしまったら。ボクはそれが、とても怖い。


「あのね、リオンちゃん」

「うん」

「わたしは……それしか、できないから」


 忍びの里で生まれ育った者として、自分は戦うことしかできない。それが、クレハちゃんの言葉だった。

 そんなことはないと思う。それは、押しつけられただけだ。きっと、この世界で生活をすれば、平和になじめるはずだと思う。

 でも。それすらも、ボクの押しつけなのかもしれない。だってそれは、クレハちゃんの今までの努力を否定することに他ならないから。


『難しい問題だよなあ』

『でもこの年で仕事を任されていたんなら、クレハちゃんには忍者の才能があるってことでは?』

『わからん』

『しばらくこの家で寝泊まりしてもらって、ダンジョンには一緒に行く、ぐらいでいいんじゃない?』


 そう、だね。それが落とし所だと思う。それならクレハちゃんも納得するだろうから。

 懸念としては、しばらくダンジョンの奥の攻略はできないことだけど……。

 アスティへと振り返る。にっこり笑ってる。好きにしろ、ということらしい。


「初めてアスティが女神らしいと思ったけど騙されないようにしないと」

「リオンさん? せめて口に出さないようにしませんか? ねえ?」

「あ、ごめん。わざと口に出しちゃった」

「わざと!?」


『恐れ知らずかこの幼女w』

『女神様の機嫌を損ねたら条件増えちゃうぞ?』

『一日も待ちません、とかなったり』


 いや、それはない。断言する。アスティとはまだ短い付き合いだけど、そんな裏切るようなことはしないはずだ。

 そうボクが思っていたら、アスティがにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべた。触れないようにしよう。


「じゃあ、クレハちゃん。改めて、ボクと一緒にダンジョンに入ろう」

「うん! よろしくね、リオンちゃん!」

「う、うん……」


 ああ、やっぱり、この子と一緒なら楽しくなりそうだ。

 でも、とりあえず。


「まずはゆっくり休んで、疲れを取ってから、だよ」

「う……。疲れなんて、ないよ?」

「せめて目の下の隈を取ってから言いなさい」

「はーい……」


 やっぱりそれが最低限だからね。こればっかりは譲れません。

 ふと。こっちをにやにや見ているバーバラさんが視界に入った。


「お姉ちゃんみたいね」

「バーバラさん。ボクも怒る時は怒るよ?」

「ごめんなさい」


 分かればよろしい。

 さて……。それじゃあ、のんびりしよう。クレハちゃんの体調が万全になるまではお休みだ。せっかくだし、みんなで映画鑑賞とかもいいかもね。何しようかな。


『めちゃくちゃうきうきしてる』

『わかる、わかるぞ……! 趣味の布教だな!』

『ろくでもないことのように聞こえるw』


 確かにその言い方はろくでもないものになりそうだからやめてほしいな!

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