はなしあい
翌日。昨日ゆっくり休んでもらったところで、今日はちょっと話し合いだ。今後どうするか、だね。
会議場はボクの部屋。メンバーはボクとアスティ、クレハちゃん、バーバラさんの四人。
小さいテーブルにあるのはトースト四枚とオレンジジュース。一階で作って持ってきた。これを食べながら話し合いをするつもり。
「バターとジャム、何がいい?」
「えっと……。バターで……」
「はい、どうぞ」
小さいキューブになってる使い切りのバターをクレハちゃんに渡してあげる。クレハちゃんは不思議そうにそれを眺めていたけど、ボクが自分の分を開封すると同じようにして開封していた。
まだまだ熱いトーストにバターを置く。すると少しずつ溶けて、バターの香りが鼻先をくすぐってくる。さくりと食べれば、いつもの味だ。美味しい。
「クレハちゃん。昨日はよく眠れた?」
「うん……。あんなに寝ちゃったのは初めて……」
「寝坊してたしね」
「言わないで……!」
クレハちゃんとバーバラさんはそれはもうよく眠っていて、昨日は結構早く寝たはずなのに起きたのは十時頃だった。それだけ疲れていたってことかな。
「それで、この後のことだけど……。クレハちゃんはどうしたい?」
「うん……。そろそろ帰った方がいいと思うから……」
「別にいいよ?」
「え?」
「クレハちゃんがここに住みたいなら、住んでくれても大丈夫」
これは今朝のうちに両親にも確認しておいた。もし二人がここに住みたいというなら、そうしてくれてもいいらしい。
その代わりのボクへの条件が、こういうのは今回が最初で最後にするように、ということだったけど。かなり好き放題やらせてもらってるからね……。
「で、でも……」
「むしろクレハちゃんたちの事情を聞いちゃった後だと、知らないところで何かあったりしたら夢見が悪くなるというか……。ボクがいないと戻れないっていう不便はあるけど、それを許容してくれるならここにいてほしいかな」
まだたった一日。その一日だけでも、ボクはこの子を気に入ってる。もしも。もしも今までの言動がボクを騙すための演技だとしても、それならもうそれでいいかと思えるほどに情が芽生えてしまった。
「でも、その……。お金、とか……」
「それこそダンジョンを探索すればよさそうね」
そう言ったのはバーバラさん。バーバラさんが綺麗な宝石をテーブルに置いた。薄い赤色の宝石だ。こんなに綺麗なものは初めて見るけど、なんとなく、雰囲気がスライムの魔石に似てる。
そう思ったことは正解だったらしい。
「これは、今よりもう少し下の階層に生息する魔物の魔石。何に使うのかは知らないけれど、この世界の人はこれに興味があるのでしょう?」
「うん」
未だ研究中のはずだけど、アスティが言うにはこれで電力とかを作ることもできるらしい。それがうまくいってエネルギーとして使えるようになれば、多分政府主導で魔石の買い取りを始めると思う。
そこまでいけば、お金については直接ダンジョンに転移して魔石を集めれば工面できるはず。どれぐらいで買い取ってくれるかはまだ分からないけど。
クレハちゃんは、まだ考えてる。やっぱり知らない人の家でお世話になる、というのは迷うものなんだと思う。むしろ昨日はよく素直に寝てくれたものだよね。それだけ信用してくれてると思いたい。
んー……。よし。
「クレハちゃん」
「うん……」
「友達に、家族になろうよ」
赤の他人としてじゃなくて、家族として。それなら、助け合いは当然だから。
ボクがそう言うと、クレハちゃんははっと視線を上げて、なんだか泣きそうな顔になった。
「その言い方、ずるいよ」
「そうかな?」
「うん……。じゃあ、お世話になります」
ぺこりとクレハちゃんが頭を下げる。これで解決、だね。これでクレハちゃんたちはもう家族だ。
それじゃあ、次の問題。問題、というより、お買い物だね。
「今の服のままだと出歩けないから、日本らしい服を買いにいこう」
「服……」
二人が膝立ちになって窓からの景色を見る。多分、外を歩いてる人の服装を見てるんだと思う。
二人はなるほどと頷いた。
「確かにこの服装は目立つわね」
「そういうこと。だから一緒に服を買いに行こう、と思うけど……」
お金は、ある。まだまだあるはず。ないのは、ボクのセンスだ。悲しいことに。
「アスティ。服、頼める?」
「構いませんけど……。適任がいますよ」
「え?」
アスティのトーストを食べながらの言葉にボクが首を傾げた、その直後。
「話は聞かせてもらった! 人類は滅亡する!」
そう言って扉を勢いよく開けて姉が乱入してきた。
「いや何やってんの? ここボクの部屋なんだけど? 部屋なんだけど!?」
「気にしちゃだめだ妹! 心は広く持とう!」
「それ姉さんが言うことじゃないよね!?」
どうしてこう、ボクの周りはプライバシーを守ろうという意識がないのかなあ!? いや鍵をかけてないボクも悪いんだろうけど……! それでも! それでもノックぐらいはしてほしい!
「え、あの、滅亡するって……」
「リオンちゃん、もしかしてこの世界、かなりまずい状況なの?」
「違う! おいこら姉さん! 変な冗談のせいでクレハちゃんたちが混乱してるじゃないか!」
「いやあ、新鮮な反応だね! 楽しい!」
「はっ倒すぞクソ姉!」
姉を怒るのは後回しにして、とりあえず二人にはちょっとした冗談の一つだと説明。聞き流してほしい、とも。二人は苦笑しなら、この世界の冗談だと納得してくれた。
「で、姉さん。何か用?」
「いや、だから話は聞かせてもらったって。服、買いにつれていくよ。どうせ暇だし」
「学校は?」
「単位は問題ない!」
それはだめなやつだと思う。後で後悔するタイプの。姉さんがいいのなら、頼みたいけど。
せっかくなので、二人には姉さんと一緒にデパートに行ってもらうことにした。いろいろ知りたいことも姉さんが教えてくれるはず。
「ついでに妹の服も買ってくるね!」
「好きにして……いや待って、ボクがいなくてもサイズ分かるの?」
「メモしてもらった! アスティに!」
「おいこらクソ女神ぃ!」
「え? 見れば分かるものですし、よくないです?」
「…………。え、どうしよう。素の返しがそれだと普通に怖い」
「え」
え、じゃないよ。見ればサイズが分かるとか、普通に怖いに決まってるだろ。あの姉ですら微妙に引いてるのが答えだよ。
「じゃあ、姉さん。そっちは頼んでいい?」
「もちろん。それじゃ、クレハちゃんにバーバラさん! 服を買いに行こう!」
クレハちゃんたちは戸惑ってる、というより少し不安そうだったけど、ここは姉と一緒に行ってもらうことにした。まだこの世界に慣れてないだろうから不安だと思うけど、この世界、というよりこの国はかなり平和な方だ。安心して出かけてほしい。
三人を送り出して、パソコンに向き直る。何をするかと言えば、久しぶりにただパソコンを触りたいだけ。最近は動画サイトもあまり見れてなかったから、そっちも見たい。
それに、そろそろ他の人もダンジョンに入って、ボクみたいに配信をし始める人もいるかもしれない。それも是非見てみたいな。
そうしてパソコンの電源を入れたところで。
「リオンさん」
とても楽しそうなアスティの声に、ボクは頬を引きつらせた。
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