どう考えても事案です

 なんというか……。忍者と聞いて受ける印象と全然違う気がする。もっと感情を押し殺した人を想像するんだけど、クレハちゃんは表情豊かだ。喜怒哀楽がはっきりしてるというか、そんな感じ。


「その辺りどうなんです?」


 気になったことは聞いてみよう。幸いクレハちゃんは唐揚げに夢中みたいだから、バーバラさんに。バーバラさんも唐揚げに舌鼓を打っていたけど、ボクが聞くとすぐに教えてくれた。


「そうね。忍者には市井に溶け込んでの任務とかもあるらしいのだけど、無表情の人間がいたら浮くと思わない?」

「あー……。なるほど?」

「実際に潜入する任務ならともかく、わりと多くの忍者がこんな感じよ。ちゃんと感情を出せる」


 言われてみれば納得だ。引っ越してきた隣人がずっと無表情の人だったら、かなり怪しい。優秀な忍者は、ちゃんと溶け込める人ってことだね。

 晩ご飯の後は、お風呂。なお山盛りの唐揚げの半分ぐらいはクレハちゃんが食べてしまいました。顔を真っ赤にしていて、その点もかわいかったです。あれ、これバーバラさんのこと言えなくなってない? いや大丈夫だ。鼻血を出していたバーバラさんよりはましなはずだ。

 ボクの家のお風呂はそこまで広くない。二人で入るとぎりぎりなぐらい。だからバーバラさんとクレハちゃんで入ってもらおうと思っていたんだけど……。それをすると、シャワーとかの使い方が分からないのではとアスティに言われてはっとした。


「アスティが……有能だと……!?」

「いくら私でも怒りますよ!? 怒りませんけど!」


 どっちだよ。

 ともかく……問題発生だ。バーバラさんは姉さんと一緒に入ってもらえばいいと思う。気が合いそうだし。ただあの二人を一緒にするとろくなことになりそうにないけど……。大丈夫だと信じよう。

 問題は、クレハちゃんだ。弟は、さすがにだめだ。だったら、アスティ……? それはそれで不安というかなんというか……。

 どうしようと思っていたら、クレハちゃんに袖を引っ張られた。


「リオンちゃんは……だめ?」

「う……」


 クレハちゃんたちにボクのことを説明する時に、男だったということだけは、言えなかった。軽蔑されるのが怖かったから。

 だから、クレハちゃんの提案は当たり前のものなんだけど……。ボクにとっては、かなりまずい。

 クレハちゃんは結構な美少女だ。つまり女の子だ。そしてボクは体はこれでも男だ。問題しかないどうしよう。


「あ、アスティ……」

「いってらっしゃい、リオンさん」


 にこにこと、それはもう楽しそうに、手を振られた。ボク知ってる、これは避けられないやつだ。


「くそ……。神様、恨むよ……」

「えー」


 そういえばこいつが神様だった。やっぱりこいつ邪神だ……!




 えー……。シャワーに驚く様子とか、お風呂で寛ぐクレハちゃんはとてもかわいかったです。


「誰かボクを殺せえぇぇ……」


『どうした急に』

『いきなり配信始まったと思ったらリオンが自己嫌悪してる件について』

『わからん』


 いや、うん……。言っておいてなんだけど、あまり気にしないでほしい。社会的に死にたいわけじゃないし。


「いろいろあったんだよ……。とりあえず、クレハちゃんとバーバラさんにはたっぷり晩ご飯を食べてもらって、お風呂にも入ってもらった。二人とも今はすごくリラックスしてる」


 言いながら、カメラを室内に向ける。そこではクレハちゃんとバーバラさんがテレビに釘付けになっていた。テレビも二人にとっては未知の道具。すぐに遠い場所を写してると理解してくれたけど、アニメは衝撃だったみたい。絵が動いてる、と騒いでた。


「それより、明日からの配信だけど」


『それが本題か』

『ちょっと気になってた。二人のことがあるし』

『やっぱりちょっとお休み?』


「だね。実際どうするかは分からないけど……。またお休みしても怒らないでね」


『ういー』

『事情が事情だからしゃーない』

『再開直後に休止する配信者がいると聞いて』


「ごめんて」


 ちょっと悪いとは思ってるけど、さすがに今回は許してほしい。

 配信を切って、さて。

 部屋を見回す。床に置いてあったものは隅に置いて、今は二人分の布団が並んでる。もちろんクレハちゃんとバーバラさんの布団だ。二人ともここで寝ることになった。ボクの側の方が安心できるらしい。嬉しいけど、複雑だ。一緒の部屋って、だめなやつだと思う。


「まだ起きてる?」


 ふと、そんな声。姉が部屋に入ってきた。


「うん? どうしたの?」

「愛しの弟に注意をね」


 あれ? この姿になってから弟扱いなんて、珍しい。ボクが姿勢を正すと、姉が言った。


「間違っても手を出しちゃだめだよ。ま、モノがないんじゃ出しようがないだろうけど!」

「うるさい帰れ!」


 こいつ絶対それを言いたかっただけだ!

 姉はけらけら笑いながら部屋を出ていった。本当にそれだけだったらしい。あの姉、どうしてくれようか。


「リオンちゃん? どうかしたの?」


 クレハちゃんが首を傾げて聞いてくる。ボクはいや、と手を振った。


「気にしないで。そろそろ寝る?」

「うん」


 そうして、三人で布団に潜る。ちなみにボクはベッドです。いや、二人に使ってもらおうと思ったけど、さすがに遠慮されてしまった。気にしなくていいのに。


「ふかふか……」

「寝心地いいわね……」


 お布団を気に入ってもらえて、日本人としてとても嬉しい。今のボクが日本人かは意見が分かれそうだけど。


「ここには二人を狙うやつらなんていないから。安心して眠ってね」

「うん……。ありがとう、リオンちゃん」

「いえいえ。おやすみ、クレハちゃん」


 二人にそう告げて、部屋の電気を消した。

 せめてここでは、ゆっくり休んでもらえるといいな。

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